生霊殺人事件 3-②

 男の言う通り、ブリジッタの銃の腕前はかなりのものだ。撃った弾がことごとく、的の中央に当たっていく。


(ふむ。あの体格に、銃の腕前。これならテーザー銃も造作なく使えるな)


 そんなことを思ううち、約束の二時になる。


 アメデオは早足でブリジッタに近付き、背後から声をかけた。


「失礼。ブリジッタ・カランドラさんですね? 二時に約束した、アメデオ・アッカルディ大佐です」


 ブリジッタが振り返る。


 年齢は三十そこそこだろうか。化粧っ気はなく、鋭い目つきをしていた。


「あら。その服装は本物の大佐さんなのね。こんなお偉いさんが出てくるなんて、イレネオも出世したものだわ」


 ブリジッタは、アメデオの全身を舐めるように見ながら言った。アメデオには少々、不謹慎に聞こえる口ぶりだ。


(余程、腹が据わった性格か、自分の犯罪はバレないと高をくくっているんだろう)


 アメデオはしかめ面で咳払いをした。


「何処か静かに話せる場所へ行こう」


「分かったわ。そこの木陰のベンチはどう?」


「いいだろう」


 ブリジッタが手早く荷物を纏め、二人は揃ってベンチに向かった。


「私が何の用で来たのかは、分かっているな」


「ええ。イレネオの件でしょう?」


「当然それもあるが、その前に一つ質問だ。君はキエーザ大臣とプライベートで会ったり、付き合ったりしたことがあるか?」


 アメデオは鎌をかけるように訊ねた。


「は? あるわけないでしょ。何なの、急に」


 ブリジッタは大袈裟に肩を竦めた。その表情は本当のことを言っているようにも、おどけた芝居をしているようにも見える。


「じゃあ、マリーノ・ダニエリを知っているか?」


「さあ。聞いたこともない名前だわ」


 ブリジッタはどっかりとベンチに座り、足を組んだ。


 とぼけているのか、舐めているのか、不遜で反抗的な態度には違いない。


 アメデオがその正面に仁王立ちする。


「君はロンキの元彼女だそうだな」


「ええ。もっとも恋人関係だったのは、四年も前の話だけど」


「だが君は、二日前にも面会に行っているだろう」


「私、今年の十二月に結婚するの。それをイレネオに伝えに行ったのよ」


「何年も前の彼氏に、わざわざ結婚を伝えにか?」


 アメデオは懐疑的に問い返した。


「そうよ。私達は育った家が近くで、幼馴染みだったの。そして彼が十八、私が十六の年に恋人関係になった。ちなみにお互い、初めての相手だったわ。だから恋人としては別れていても、大切な報告はしておこうと思ったのよ」


 ブリジッタは顔色一つ変えずに答えた。


 だが、いくら幼馴染みとはいえ、ロンキのような男と恋仲になったり、恋人関係を解消しても面会に行たりするなど不可解だと、アメデオは思った。


「君はロンキの何処が好きだったんだ?」


「優しかったからかな……。でも半分は、彼の境遇に同情したからかもね」


「境遇というと?」


「彼の両親は州議会議員で、慈善家として有名だったわ。養子を四人も引き取っていたしね。イレネオもその一人よ。

 だけどそれは表の顔で、彼らは家の中で養子達を虐待していた。気分次第で暴力を振るったり、気に入らないことがあると、食事を抜いたりね。とんだ偽善者よ。

 勿論、イレネオ達は家の秘密を外で話すことを禁じられていたし、ロンキの家名に泥を塗るなと厳しく躾けられていた。

 そんな彼が私に自分の身体の痣を見せて、本当のことを話してくれた日のことは、今も忘れられない……。

 結局、彼の両親は彼が二十歳の時、交通事故で亡くなった。

 イレネオはその時、『裁きが下ったんだ』って、安堵したような顔で呟いたわ。『僕は善人面した悪党が大嫌いだ』とも言っていたっけ」


 ブリジッタは遠くを見るように目を細めた。


「ロンキが釘男となって連続殺人を犯した動機はそれだったと?」


「恐らくね。本当のことは本人にしか分からないけど」


「四年前まで君達が付き合っていたなら、その間にもロンキは殺人を犯していたわけだ。君はそれを知っていたのか?」


「まさか! 知っていたら止めたわよ。彼とは真剣な付き合いで、結婚も考えていたんですもの」


 ブリジッタは目を見開き、両腕を広げるポーズをした。


「だが君はロンキに同情していたと言っただろう。彼の行いを正当なものだとは思わなかったのか?」


「思わない。何にしても、人殺しはいけないことよ」


 ブリジッタは当然と言わんばかりに語気を強めた。


「だが、君はロンキが殺人犯と分かった後も面会を続けている。それは何故だ?」


 アメデオの問いに、ブリジッタは眉根を寄せ、数秒考え込んだ。


「そうね……道を違えちゃった弟を心配してる、そんな気持ちはあるかしら。それに、彼の心の傷がそれほど深かったことに、側にいた私は気付いてあげられなかった。その贖罪のようなもの……かも知れないわ」


「贖罪ねぇ……。で、ロンキと最後に会った時、どんな話をしたんだ?」


「あの日の彼は、少しおかしかったわ。その時は、私の結婚話がそんなにショックだったのかしらとも思ったんだけど」


「どんな風におかしかったんだ?」


「いつもは寡黙で、私が話しかけたことにポツポツ答えるって感じなんだけど、あの日はやたらと上機嫌で、饒舌だった。

 私達が付き合っていた頃の思い出を熱心に話し出したり、かと思うと、自分には凄いパワーがあるんだって言い出したり……」


「どんなパワーだと言っていた?」


「えっと、神から特別な力を授かっただとか何とか……」


「生霊になって、人殺しが出来る力だと言っていたか?」


「ああ、そんなようなことを言ってた気もするわ」


 ブリジッタは曖昧に答えた。


「その時、君もロンキにそんな力があると思ったか?」


 アメデオが真顔で問うと、ブリジッタは吹き出し笑いをした。


「まさか、止してよ。私はオカルトは嫌いなの。刑務所にいる人間が、外にいる人を殺せるわけないじゃない」


「確かにそうだ。全くその通りだ」


 アメデオは大きく頷き、腕組みをすると、鋭い目でブリジッタを見詰めた。


「つまりだな、ブリジッタさん。大臣殺しの犯人は他にいるんだ。その真犯人はロンキと密に連絡が取れる人物で、刑務所の外にいなくちゃならん。

 アンタ、事件の夜は、何をしていた?」


「はあ!? 貴方、私を疑ってるの? とんだお門違いよ。私はあの夜、婚約者のオネストとずっと一緒だったわ」


 そう言うと、ブリジッタは射撃場にいる男を大声で呼んだ。

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