ウエイブスタンの怪物 2-③
3
翌朝。
ウエイブスタン家に悲鳴が
最初の悲鳴の主は、食卓に飾る花を温室に摘みに行った、メアリーというメイドである。
左手に籠を持ち、朝露が
不意に異臭を感じて前方に目を遣ると、
その物体は、人間の形をしていた。
衣服はずたずたに裂け、内臓は引きずり出されていた。
「キャ――――!!」
パニックに陥った彼女は、訳の分からない悲鳴をあげながら、一直線にエイベルの許へ走った。
そして要領を得ない彼女の話を聞いたエイベルが温室に行き、その目で確認したのは、青年貴族、ロード・クリフの惨殺死体であった。
この一報はあっという間に邸中を駆け巡り、あちらこちらでメイド達の悲鳴があがった。
のんびりと朝支度をしながら、朝食の呼び出しを待っていた平賀とロベルトも、その異変に気付いて、部屋の扉を開いた。
そして青白い顔で荷物を運んでいたメイドを見付けて、ロベルトが声をかけた。
「すみません、何かあったんですか?」
「それが……私もちらっと聞いただけなんですけど……ロード・クリフ様が温室で死んでおられるというのです」
「死んでいる?」
「どういうことなんです!?」
平賀が横から叫んだが、メイドは青い顔で首を横に振るだけで、今にも泣き出しそうだ。
「ロベルト、行きましょう!」
平賀は言い終わらぬ間に駆け出した。
「待ってくれ。道なら大体、僕が分かるから」
ロベルトもその後を追う。
二人が温室近くまでやって来ると、その入り口に十名ばかりの使用人が円陣を作って立っているのが分かった。
それを掻き分け、中に入ると、ビルとエリザベート、エイベルの後ろ姿が見えてくる。
ロード・クリフの婚約者は地面に泣き崩れていた。
ビルとエリザベートが二人に気付き、軽く黙礼をする。
ロベルトは想定外の死体の無残な状況に、思わず顔を
平賀はといえば、無言で死体の脇に屈み込み、スマホで写真を撮っている。
「これは酷い……」
ロベルトの呟きに、ビルは頷いた。
「ええ。とても人間業とは思えません」
「では、何者の仕業だというの?」
エリザベートが腕組みをする。
「ひとまず警察は呼んでいるのですね?」
「ええ、到着待ちです。私は捜査官として、現場保持の協力を求められました」
ロベルトの問いにビルが答えた時、平賀が三人を振り返った。
「致命傷は恐らく、頸動脈から胸にかけてある、三本の深い切り傷でしょう。その切り傷から、
「つまり平賀神父の考えでは、犯人は獣なのね?」
エリザベートが訊ねる。
「まだ断定は出来ませんが、牙の並びや本数から、犬科の動物の特徴を有しているとは言えます。狼が肉食性であるのはご存知でしょうが、山野で自活している野犬も主に野生生物を食べていますし、狼の子孫である犬にも、この死体に残る
すなわち、上顎には切歯が三、犬歯が一、前臼歯が四、後臼歯が二。下顎には切歯が三、犬歯が一、前臼歯が四、後臼歯が三。
この特徴は、死体の咬傷と矛盾しません。
ただし、ただの犬ではありません。まずとてつもなく大きい。体長二メートルはゆうに超えそうです」
「そんなの、モンスターじゃないの……」
エリザベートが呟いた。
「エイベルさん。こちらのお邸では、大型犬を飼っておられますか?」
無言で立ち
「いいえ……。そもそも犬を飼っておりません。アドレイド様は猫がお好きで、アドレイド様の猫は、余り犬を好みませんもので」
「そうですか。ではこの辺りに最近、大きな野犬が出るという噂や、鶏小屋などが野犬に襲われたといった被害などは?」
するとエイベルは慎重に首を横に振った。
「最近は聞いておりませんでした。ただ……」
「ただ? 何でしょうか」
「アドレイド様がお生まれになった年にも、同じような事件があり、地元の警察に調べてもらったことがありました」
「その答えは?」
「分かりません。何らかの野生生物だろうと……」
ビルとエイベルが会話をしている間に、平賀はビニール袋を
ロベルトは、その行為を誰かに咎められないか、そもそも証拠品を無断で持ち出すのは犯罪ではないのかとハラハラしたが、幸か不幸か、ビルもエイベルも会話に夢中で、平賀の動きには気付かないようである。
調査が終わり次第、証拠を警察に返すようにと、後で平賀に言うしかなさそうだ。
そんなロベルトの動揺をよそに、平賀は平気な顔をエイベルに向けた。
「成る程。以前の警察の調査結果は、野生生物ということだったのですね。確かに、この首から胸への大きな傷は、熊の爪痕のような感じもします。犬の爪にしては深過ぎるかも知れません」
平賀はそこまで言うと、すっくと立ち上がった。
「エイベルさん。この邸に監視カメラはありますか? あれば拝見したいのです」
「えっ……。防犯カメラでしたら、邸の玄関に一台だけございますが……。しかし、それは警察にお見せするもので……」
エイベルは戸惑っている様子だ。
「大丈夫です、エイベルさん。こちらの神父様方も、実は秘密捜査官なのです。とても優秀な方々ですから、頼りになります」
自信たっぷりなビルの言葉に、エリザベートも小声で付け加えた。
「彼らは警察よりも優秀よ」
「そ、そういうことでしたら、是非。
しかし、私やサスキンス捜査官は、警察が来るまでここを離れる訳にはいきません。監視室の場所はメイド達にお訊ね下さい」
エイベルは鍵束の中から一本を取り出し、ロベルトに手渡した。
「データと機材の扱いは、くれぐれも慎重に願います」
「ご安心下さい。一足先に、軽く見せて頂くだけですから」
ロベルトが頷き、鍵を受け取る。
「では行きましょう、ロベルト」
平賀とロベルトは温室を出て、メイド達に訊ねながら、監視室へと辿り着いた。
部屋の壁面に、外部ストレージを積んだ棚があり、机に置かれた大きなパソコンと繋がっている。
平賀はすぐに操作のコツを掴んだようで、キーボードを叩き、マウスをクリックした。
「さて。昨日からの映像を再生してみましょう」
三倍速で映像を見ていくと、午後十一時頃、異様な物体がカメラに映り込んだ。
平賀がすぐに画面を静止させる。
その目がモニタに釘付けになる。
「こ……これは……」
二人が目にしたものは、世にも
(続く)
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