ウエイブスタンの怪物 3ー①

 怪物の全身は真っ黒な毛で覆われ、鋭い鎌のような爪が指先でギラギラと光っていた。


 周囲の対象物と比較するに、二メートルを優に超える巨体である。

 

 その目は爛々らんらんと輝き、口元には牙が生えているのが確認できた。


 頭部には角が生え、顔は山羊に似ているようだ。だが、実に無気味なことに、顔の半分の骨が剥き出しになっていた。


「まさしく怪物ですね。このような生き物は見たことがありません」


「顔の骨が剥き出しだなんて、まるでゾンビだな」


 平賀とロベルトは、暫く食い入るようにモニタを見ていた。


 そして平賀が再生ボタンをクリックすると、怪物は上半身を前屈みにして、ティラノサウルスのような姿勢で歩き出した。


 怪物の背後に伸びた大きな影が、薄気味悪くうごめいている。


 午後十一時〇三秒から〇六秒の僅かな時間で、怪物は防犯カメラの前を通過し、それ以降は朝まで姿を見せていないことを、二人は確認した。


 平賀は早速、怪物の映像をコピーして、自分のスマホとノートパソコンに転送し始めた。


 そうするうちに、物騒がしいパトカーの音が近付いてくる。


 警察が到着すれば、この監視室から追い出されるだろう。


 ロベルトがそう思った時、背後の扉がノックされ、メイドの声が聞こえてきた。


「神父様方。リビングに集まるようにと、警察がお呼びです。邸に宿泊されたお客様方にも、色々と伺いたいことがあるそうです」


「分かりました。すぐに参ります。リビングまで案内をお願いできますか?」


 ロベルトは平賀の作業が終わったことを確認し、扉を開いた。


「はい。ご案内致します」


 メイドは深く頭を下げ、きびすを返して歩き出した。


 長い廊下を歩き、一同がリビングに到着する。


 メイドがその扉をノックして開くと、広々とした天井の高い空間に、どっしりとしたソファセットが幾つも置かれていた。比較的小ぶりなものから、六人掛け、十数人が座れるものまで、大小様々だ。


 天井にはシックな意匠のシャンデリア。壁には大きな暖炉。背の高い窓には、上品な光沢を放つダマスク柄のカーテンが掛かっている。


 まず目に飛び込んできた人影は、部屋の中央にある大きなソファに座り、不快極まりないという顔で腕組みをしたグロスター卿だ。隣に座る妻が、膝枕で眠る娘の頭を撫でている。


 ロード・クリフの婚約者は、窓際の一人掛けソファでうつむき、ハンカチを握りしめていた。


 カール・アンダーソン夫婦と幼い息子は、両者から少し距離を取ったソファに座っていた。カールは退屈そうに欠伸をし、妻がそれをとがめている。


 平賀とロベルトが入り口近くのソファに腰を下ろすと、扉が大きく開き、ビルとエリザベートが入って来た。


 すぐに二人を見付けたビル達が、対面のソファに座る。


「警察の捜査で、何か分かりましたか?」


 平賀の問いに、ビルは不服そうな溜息をき、エリザベートは肩をすくめた。


「一応、鑑識は来たのですがね、どうにも段取りが悪くて、大したことは分かっていません。死因は恐らく頸動脈の深い切り傷で、即死に近かっただろうというぐらいしか」


 ビルの言葉を受け、エリザベートはうんざり顔で口を開いた。


「田舎警察だから仕方がないけれど、こういう事件に慣れていない感じが丸出しだったわ。犯人は『死の森』の怪物か、化け物に違いないなんて言い出したりしてね」


「ふん。怪物だの化け物だの、全く馬鹿馬鹿しい」


 ソファの背もたれに体重を預け、苛立った様子のビルに、平賀は真っ直ぐな目を向けた。


「ところが、サスキンス捜査官。森の怪物とこの事件には、関わりがありそうなんです」


「どういう意味ですか?」


 身を乗り出したビルの前に、平賀はスマホを差し出し、怪物の動画を流した。


「なっ……」


 ビルは絶句して目を見開いた。


「ジーザス! こいつが『死の森』の怪物なの?!」


 エリザベートが小さな悲鳴をあげる。


 平賀は「ええ」と頷いた。


「どうやらそのようです。この怪物が、邸の玄関の防犯カメラに映っていました」


「まさか、こんな怪物が実在するとは……」


「でも、もしこいつの仕業なら、凶器は奴の鋭利な爪よ。傷跡との整合性はある」


「待ってくれ。本当にこの無気味な怪物が殺人犯だというのか? いや、そもそもこいつは一体、何なんだ?」


「分からないわ。未発見の野生動物かしら」


 ビルとエリザベートが口々に呟く。


「その点に関しては、これからしっかり調べませんと」


 平賀が答えた時だ。再び扉が開き、甘い香りと爽やかな芳香が漂ってきた。


 年配のメイド長を筆頭に、数人のメイドが紅茶セットとカラフルなカップケーキを載せたワゴンを運んで来る。


 メイド達は手分けをして、それらを客人達のテーブルに配っていった。


 客達がそれぞれのペースで紅茶を飲んでいると、メイド長が扉の前に移動して、恭しくそれを開いた。

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