ウエイブスタンの怪物 1-②
※ ※ ※
ロンドン経由で、車で二時間ほどかかるウエイブスタンに到着する。
「死の森」がある土地ということで、いかに忌まわしい場所かとロベルトは身構えていたが、そこは小綺麗な田舎町であった。
青々とした小麦畑が風に揺られている。
ウエイブスタン子爵家は、流石はイギリス貴族という大邸宅であった。
大きな門扉の前には、結婚式の出席者達が、車を乗りつけている。
門扉の前に立つ執事らしき男が、車の中から差し出される招待状を確認すると、門扉が開かれ、車が中へと入って行く。
平賀とロベルトもその列にならんで、ようやく門扉の中へと入れられた。
向こうに見える邸宅まではかなり距離がある。
庭には数々の彫像が飾られていて、薔薇園のような様々な品種の薔薇が、香り高く咲き誇っていた。
大きな温室もある。
車はゆっくりと坂を上って行き、やがて邸宅の前で停まった。
両端に二つの尖塔を持つ石造りの城のような建物である。
人々の列に混じって中へと案内されて行くと、邸宅の中はペルシャ
まず、驚くほどに玄関ホールが広い。
天井から吊るされている大シャンデリアも、今の時代にはなかなか作れない代物であろう。
客達は接客係に案内されて、ぞろぞろと廊下を歩いて行った。
廊下には年代ものの
こういう物はロベルトの大好物だ。
一つ一つ、作られた時代や場所、作者などを吟味しながら歩く。
そういう美術品の数々にも目を奪われるが、招待客の服装や装飾品にも驚かされる。
流石に社交界に顔を出すような人々は、やはり別格である。
神父服という、何処にでも通用する制服を持っていることを、ロベルトは心から良かったと思っていた。
そんな時である。
「ロベルト神父、平賀神父じゃありませんか?」
聞き覚えのある声が響き、平賀とロベルトが振り向くと、そこにはタキシード姿のビル・サスキンスと、青いドレスを着たエリザベートがいた。
二人が人の波を縫いながら、平賀とロベルトに近づいてくる。
「こんなところでお会いできるとは奇遇です」
ビルの言葉に、平賀とロベルトは会釈した。
「貴方も招かれたのですか?」
平賀が訊ねると、ビルは明るい笑顔になった。
「ええ、学生時代の親友の結婚式です」
「新郎、新婦どちらがご友人なのです?」
「勿論、私に貴族の友人なんていませんよ。新郎のウイリアムです。彼とは学生時代、同じラグビーチームでタッグを組んでいた仲なんです」
その言葉に平賀は目を丸くした。
「そうなんですか。私はウイリアムの従兄弟なんです。驚きました。サスキンス捜査官とこんなつながりがあったなんて」
「嬉しいですね」
「貴方の席番は?」
「私達は、四六番ですね」
「僕達は四一番だから、きっと席が近いね」
ロベルトは座席表を確認した。
「それにしても豪華な御屋敷ね。ウイリアムは一寸した逆玉の輿じゃない?」
エリザベートが周囲を見回しながら言った。
「あいつは誠実な男だから、そんなこと狙った訳じゃないと思うよ」
ビルが切り返す。
「ウイリアムと奥方になるアドレイド嬢は、そもそもアメリカの大学時代に同じ学部で出会って、七年間交際していたんだ。とても仲睦まじくって、結婚が遅かったくらいだよ」
ビルは親友の結婚を心から祝福している様子である。
四人はそのまま、邸宅の宴会場へと入って行った。
大広間である宴会場には、左右に丸テーブルが並んでいる。
人々は次々と自分の席番を確認しながら、着席して行った。
その間を、給仕やメイド達が歩き回り、ドリンクの注文を聞き回っている。
奇跡的なことに、席の並びの関係上、平賀とロベルトの真後ろに、ビルとエリザベートの席が設けられていた。
宴会場の奥には、祭壇が築かれている。
そこに英国国教会の司祭が現れた。
ウイリアムが慌てた様子で、祭壇へと上がって行く。
そして花嫁の登場だ。
宴会場の扉が開くと、純白のドレスの裾を長く引きずりながら、花嫁が女性に腕を組まれて登場した。
二人の顔立ちが非常によく似ているところから、新婦の母親と思われた。
パイプオルガンの音に合わせながら、ゆっくりと花嫁は祭壇の方へと歩いて行く。
英国王室の戴冠式や結婚式ほどではないが、十分に貴族としての気品が感じられる。
「どうして、花嫁の隣は父親ではないのでしょう?」
平賀が小声で言った。
「ウイリアムから聞いていませんか? アドレイド嬢の父上は、亡くなっているんです」
ビルが小声で平賀とロベルトに伝えた。
「そうでしたか、全く知りませんでした」
平賀は驚いた様子だ。
「そんなことも知らなかったのかい?」
ロベルトが呆れて言うと、ビルはしっと唇に指を当てた。
「その話は、ウエイブスタン家では、タブー視されているそうですので、ウイリアムも殆ど口にしません。だから黙っていた方がいいですよ」
父親の死がタブー視?
ロベルトは首を傾げた。
(続く)
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