ウエイブスタンの怪物

ウエイブスタンの怪物 1-①


      1


 そろそろ初夏めいた季節になってきたある日、昼休みに会った平賀から、今夜話があると言われたロベルトは、夕食を作りながら平賀の到来を待っていた。


 料理を作り終わった頃、平賀が訪ねてきた。


「やあ、丁度料理が出来たところだ。椅子に座っていてくれたまえ」


 ロベルトはそう言うと、平賀はこくりと頷いて、ダイニングの指定席に座った。


 ロベルトは料理を皿に盛り付け、配膳をすると、赤ワインを一本とって、向かい合った二人の席の真ん中に置き、グラスを手にとった。


「平和(パーチェ)」


「平和(パーチェ)」


 乾杯の合図をして、ワインを一口飲み、本題を訊ねる。


「ところで何だい、話って?」


 すると平賀は、真剣な顔でロベルトを見詰めた。


「ロベルト、有給がかなり残っていますよね」


「ああ、そうだね」


「私もです。それでですね、その有給を使って、来週末、イギリスに結婚式に行きませんか?」


 唐突な平賀の言葉に、ロベルトは危うくワインを吹き出しそうになったのを、必死で堪えた。少しせながら訊ね返す。


「けっ、結婚式にイギリスにって?」


「あっ、すいません。話を端折はしよりすぎましたね。実は従兄弟が結婚をするんです。その場所がイギリスのウエイブスタンという所なのですが、本来は父と私が行く筈でした。けれど、父が緊急でコンサートに出なければならない状況になって、招待状が一枚余ってしまったのです。それで貴方に一緒に行ってもらえないかと思いまして」


「ああ、そういうことか……。けど、赤の他人の僕が行くのは変じゃないかな?」


「そんなことはありません。それにある程度の人数が新郎側として出席しないとマズいのです。従兄弟は都合のつく友人などを招待してはいますが、親族としては、従兄弟の両親と叔父にあたる私の父と私だけなんです」


「人数が足りないとマズいのかい?」


「実は従兄弟の結婚相手に当たる方が、ウエイブスタンという地名の由来となったウエイブスタン子爵家の次期女当主なのです。相手のお家は社交界の友人達や分家筋の親戚などが大勢出席するようで、新郎側の出席者が極端に少ないというのは、釣り合いがとれないとか何とか」


「成る程、貴族と結婚か……。それは大変そうだね」


「ええ、旅費は新郎側が出してくれますし、宿泊も屋敷に泊まっていいということです」


「そういう事情なら、僕も協力するよ」


「有り難うございます。それにですね、もう一つ、面白そうなことがあるのです」


「面白そうなことって?」


 ロベルトが首を傾げると、平賀の目が、キラリと光った。


「ウエイブスタンに出る未確認生物のことはご存知ですか?」


「未確認生物? 知らないな」


「ある程度、有名な話らしいんですよ。テレビでも世界のミステリースポットとして、何度か取り上げられています。ウエイブスタンには、『死の森』という森林地帯が広がっていて、そこで全身黒い毛で覆われた巨大な生き物が、度々、目撃されているんです。非常に興味深いです」


 平賀の狙いはそっちの方か、とロベルトは軽く微笑んだ。


「何ですか、その反応は。ロベルトは興味が無いのですか?」


「いや、まあ、あるにはあるよ」


 ロベルトは受け流しながら、食事を口に運んだ。


「私の仕入れた情報では、未確認生物の体長は二メートル以上あって、全身が真っ黒で、二足歩行するようです。森に残った足跡から、ひづめのある動物だとも言うのです」


「二足歩行で蹄があるとなると、熊や大型の猿などという線はない訳だね」


「ええ、そんなに簡単な話なら、話題にはなっていません。それにその『死の森』というのが、また奇怪な場所なんです。地元では夜に行くと魔女に魂を抜かれるとかいう噂があるらしく、森の木が普通ではない形状をしているのですよ」


「普通ではない形状というと?」


「幹や枝があらぬ方向にねじれていたり、奇怪な物音が何処かから聞こえてきたり、あとその森は、『死の森』というだけあって、生息する動物が全くいないということなんです」


「ほう。動物が全くいない森とは不思議だね」


「はい。そうでしょう?」


「それで君は、そこを調査したいんだね」


「有り体に言えば、そういう動機もあります」


「それで、具体的には、どの程度、休みを貰ったらいいのかな?」


「従兄弟は屋敷は広いから、いつまで宿泊してくれても構わないと言いますが、そういう訳には行きませんので、一週間程度でしょうか」


「分かったよ。なら、明日にでも有給届を出しておこう」


「有り難うございます」


「じゃあ、喋ってばかりいないで、少しは食べようか」


 ロベルトが促すと、平賀はぼそぼそと野菜スープを口にし始めた。


 翌日、ロベルトは有給届を出し、二人はイギリスへと旅立つことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る