ウエイブスタンの怪物 8ー②
7
二日後、警察はこの奇々怪々な事件に対して、捜査も行き詰まる中、公的発表をしなければならない状況に立たされたようだ。
事件は、ウエイブスタン家に侵入した野生動物が起こした事故であり、招待客達は帰ってもいいという結論に達した。
人々はウエイブスタン家を後にした。
勿論平賀やロベルト、そしてビルとエリザベートもその中には入っていたが、四人は邸を引き上げたかに見せかけて、密かにウエイブスタン家の近くにある簡易ホテルに泊まった。
四人はホテルで、エリザベートが邸に仕掛けた盗聴器の音声に交代で耳を傾けていた。
そして事件はその三日後に動いた。
「どうやら事件が動きそうですね」
盗聴器の音声を聞いていたビルが言った。
「ええ、今日の深夜一時に、温室で待ち合わせですね」
平賀が頷いた。
ロベルトが時計を見ると、午後四時だった。
「今から行って、準備をするには丁度いいね」
「私は麻酔銃を撃つ係でいいのよね」
エリザベートが銃を取り出しながら言った。
「では、ウイリアムと連絡を取り合って、段取りの相談をします」
ビルはそう言うと、早速、携帯電話を取り出した。
十二時にウエイブスタン邸の裏門に到着すると、ウイリアムが待機していた。
ビルの姿を見たウイリアムが駆け寄ってくる。
「指示通りに準備したけれど、本当に大丈夫なのか?」
そう言いながらウイリアムは、ビルに自分の背広と帽子を手渡した。
「大丈夫だ。私の腕っぷしの強さは、よく知っているだろう?」
ビルの返しに、ウイリアムは、ああと頷いた。
四人はウイリアムと別れて、温室へと向かった。
温室の照明を付け、平賀とロベルトは、温室の外に隠れて待機。
エリザベートは、麻酔銃を持った状態で、温室の中で植物の棚の陰に隠れた。
ビルは、ウイリアムの背広と帽子を身に着けると、戸口に背を向けた状態で立った。
十二時三十分だった。
息を殺しながら四人が身構えていると、異様な雰囲気が近づいてくるのが分かった。
はぁはぁ、という荒い息の音。ひたひたと近づく足音。
やがて気付かぬふりをして立っているビルの背後に、そっと戸口から音も立てずに、不気味な黒い怪物が姿を現した。
怪物はビルの姿を見つけると、一目散に腕を振りかぶり、ビルへと走っていった。
「危ない!」
「危ないです!」
平賀とロベルトが声をかけるや否や、ビルは振り返った。
怪物が少し躊躇したように見えた。
ビルは怪物の振りかざした腕を掴むと、背負い投げで怪物を地面に打ち付けた。
そこにすかさず出てきたエリザベートが怪物の腹に向かって麻酔銃を撃つ。
怪物は暫くもがいたが、ビルに押さえつけられた上、麻酔銃の効き目もあり、やがて動かなくなった。
「意外と軽かったな……」
ビルが呟いた。
平賀とロベルト、エリザベートの三人は倒れ込んでいる怪物の傍に駆け寄った。
平賀が、ごそごそと怪物の体を調べ始める。
「あった。ここですね」
平賀はそう言うと、探り当てたファスナーを開いた。
怪物の着ぐるみの中から出てきたのは、執事であるエイベルの顔だった。
「予想とは違わないかい?」
ロベルトが言うと、平賀は首を振った。
「いえ、これでいいんです。詳しい事情はエイベルさんに聞きましょう。それにしてもこの着ぐるみ、よく出来ていますね。爪は鋭い刃物になっていて、手足の関節もよく工夫されていて滑らかに動く仕組みに出来ています。
犯罪としては賢いやり方です。指紋も髪の毛が落ちたりして証拠が残ることもありませんし、万が一、目撃されたとしても怪物の仕業と思われるでしょう。本当にリアルで見事な出来です。一見しただけでは、とても偽物には見えません。本当の怪物に見えました」
平賀がつくづくと呟いた。
ビルは怪物を見ながら頷くと、エイベルを肩に担ぎ上げた。
「ところで、外に繋がれているアレはどうするんだい?」
「アレ?」
エリザベートは首を捻った。
「真っ黒なアイリッシュ・ウルフハウンドです。世界最大の犬の一つで、体長は二メートル以上あるでしょうか」
平賀の言葉と共に四人が温室の外に出ると、そこには花壇の柵に鎖で繋がれた真っ黒なアイリッシュ・ウルフハウンドが、酷く警戒して牙を剥きながら睨んでいた。
興奮していて、とても触れるような状態ではない。
はぁ、とエリザベートは溜息を漏らし、躊躇なく犬に麻酔銃を打ち込んだ。
犬は暫くすると、ごろりと横倒れになり、眠り始めた。
「これで、どうにでも出来るわよ」
エリザベートがクールに言った。
「じゃあ、僕と平賀が犬を邸に運びましょう」
ロベルトの声にビルは頷くと、「では、私がこのままエイベル執事を運んでいきます」と答えた。
四人はそうして、ウエイブスタン邸のドアを叩いた。
待機していたウイリアムとアドレイドに招き入れられ、邸の一室に入ると、エイベルの逃走を阻止する為に手足を縛り、犬の口と手足も縛った。
ぐったりしている犬の様子を観察していた平賀が、顔を曇らせた。
「唸り声も上げないからおかしいと思っていたのですが、この犬さんは声帯を切除されていますね」
「どうしてそんなことを?」
「犯行に使う為でしょう。吠えたりして気配を察知されないようにしていたのだと思われます」
「じゃあ、死体を食い荒らしたのは……」
「恐らくこの犬です」
「何てことだ……」
四人は沈黙した。
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