ウエイブスタンの怪物 8-①


    6


「だから、こんな辺鄙へんぴなところで実験をしていたわけね」


 エリザベートが納得したように呟く。


 ロベルトは珍紛漢紛ちんぷんかんぷんだ。だから訊ねた。


「その5P-42フィリンというのは何なんだい?」


「簡単に言ってしまえば、冷戦時代から研究されている兵器の一種です。

 特殊な光の点滅と、音によって、敵兵士に混乱と恐怖、果ては幻覚を見せたり、気絶させたりして戦闘意欲を戦う前に喪失させてしまうというものです」


「そんなものがあるのか」


「ええ、携帯をフロントカメラに切り替えると、近赤外線や赤外線が映ります。この映像に映っているのは、恐らく近赤外線でしょう。近赤外線は透過力が高くて、目に見えません。しかし、その光に当たると、皮膚や頭蓋骨も透過して、脳神経や細胞に直接刺激を与えるのです。その理論で近赤外線を使って脳手術なども行われています。恐らくスピーカーからも可聴音ぎりぎりの高周波が発生している筈です。

 私達はそれらのせいで、異常な恐怖を感じたり、怪物の幻覚を見たりしたのです。森から動物が消えたのも、恐らくこの異常な環境に耐えられなかったからでしょう」


「しかしそれが植物にまでこんな影響を与えてしまったりするものなのかな?」


「ロベルト、貴方は植物を何だと思っているのですか。植物というのは細胞の一つ一つから様々な化学物質を出して互いにやりとりしていて、植物全体が人間の脳神経にも引けを取らない情報ネットワークを作っているのですよ。

 植物同士は地中の根で情報を交換し合い、互いに生える位置を決めたり、敵が近寄ってきたことも分かったりしますし、自分の葉っぱが食べられていることも分かっているのです。そうした情報をもとに、害虫が来ると、その害虫の天敵となるような虫に信号を出して、呼び寄せたりもするんです。そんなデリケートな生命が、こんな光源にさらされていたら、成長もおかしくなるでしょう」


「成る程、そうなのか……」


「ええ、これであの建物から周囲にほぼ円形に怪物の目撃情報が出ている理由が分かりました。こっちは幻覚ですので、問題はありません。しかし、ウエイブスタン家で起こった事件二件は、実害があった。つまり実体のあるものが引き起こしたということになります」


「二十五年前と今回の事件は、時刻も場所も同じです。ということは同一犯ということでしょうか?」


 ビルが言った。


「ええ、その可能性が高いでしょう。しかし、ここでは私達の頭も平常に働いているとは思えません。一旦、屋敷に戻ってこれまでの経緯を考えなおしてみましょう」


 平賀の言葉に三人は頷き、屋敷へと戻ることにしたのだった。


 改めてウエイブスタン家で、テーブルに座り、四人は審議を始めた。


「少なくとも犯人は、二十五年前と現在に殺人をする動機を持った人物だと言えますね」


 平賀が神妙な面持ちで言う。


「普通の殺人ではありません。こういう殺人を青少年がやることは、普通考えられない。二十五年前に既に成人している男性の仕業ではないでしょうか?」


 ビルが意見を述べた。


「そうね。大胆に成人男性を襲っているところから見て、犯人は女性ではなさそうね」


 エリザベートが頷いた。


「僕は、なんというか、この殺人犯には、ウエイブスタン家への奇妙な愛憎を感じるよ」


 そう言ったのはロベルトだ。


「どうしてですか?」


 平賀が問いかけた。


「君も言っていただろう? 温室には動物が荒らしたような痕が無かったと。

 僕も庭を見てみたけれど、庭にも異変はなかった。犯人はここの屋敷に危害を加えようと思っていない。犯行に気を付けているという感じがする。これはウエイブスタン邸に愛着があるものの仕業のような気がする。

 それとは別に二十五年前と現在の犯行はウエイブスタン邸で起きているものだし、最初に殺されたのは当主の夫だったという話だ。

 ともかく犯人はこの家に並々ならぬ執着を持っているんじゃないだろうか」


「確かに貴方の直感通りかもしれません。しかし、何故犯人は以前のようにウエイブスタン家の婿ではなく、結婚式の招待客等を襲ったのでしょうか……」


 平賀が呟いた。


「それはよく分かりませんね」


 ビルが首を捻った。


 平賀はじっと考えていたが、何か思いついたように手を叩いた。


「もしかして、犯人は間違えたのかも」


「どういうことだい?」


「犯人は自動的に二十五年前の行動を再現していて、殺害人物を間違えてしまったということです」


「何だいそれは?」


「そういうことが起こりえる人物。そしてウエイブスタン家の人手がいなくなる時間帯を知り、庭にやすやすと潜入でき、怪しまれず夜に人を呼び出すことが出来る人物。それもウエイブスタン家に強い愛憎を持つ人物となれば、犯人像は限られてきます。そうなると、事件が再び起こる可能性が高いです」


「これで終わりではないのですか?」


 ビルが驚いた顔をした。


「ええ、今度はアドレイド嬢の夫を襲うでしょう」


「ウイリアムを?」


 ビルがギョッとする。


「そうです。それも近い内です」


「じゃあ、どうするの?」


 エリザベートが訊ねた。


「捕まえて止めるしか方法は無いでしょうね。犯人から動機を聞ければ、私達が疑問に思っていたことも解決する筈です」


 それから四人は、どうやって犯人を捕まえるか、綿密な話し合いをしたのであった。


 話し合いが終わった後、ビルは呟いた。


「まずはウイリアムの協力が必要ですね」


「ええ、そういうことです」


 平賀が頷いた。

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