エレイン・シーモアの秘密の花園 5-①
※ ※ ※
アダンと別れて、部屋に戻ったエレインは、早速、フェアリー・エージェントという派遣会社のオーナーに、国際電話をかけた。
簡単に言えば、一晩五千ドルの高級コールガールを派遣する会社であり、あらゆるタイプの女性が見つかるのが特徴だ。
特別な接待の場面で、この手のサービスを要求されることは、少なからずある。そこでエレインが最も信頼できる仕事相手と見込んでいるのが、この会社のオーナー、チャーリーである。
「チャーリー、私よ」
『シーモア様、いつもお世話になっております』
「昨日頼んでおいた女性に、目星はついたかしら?」
『はい。シーモア様とよく似ており、フランス語が話せるという条件でしたね』
「ええ。難題だったかしら?」
『とんでもございません。当社はお客様のどのようなご要望にもお応え致します。早速、四人の候補者を選んでおります』
「そう。彼女らのデータを見せて貰える? 最終的には私が選びたいわ」
『勿論でございます。今から彼女らのプロフィールや面接時の動画をお送り致します』
暫くすると、エレインのメールアドレスに、四人の女性の写真、身体のサイズ、略歴とアピールポイント、動画などが送られて来た。
写真をチェックすると、どの女性もエレインと同じ髪色、目の色をしていて、顔立ちや背格好も似ている。照明を落とした室内で、のぼせ上がった男が相手なら、充分騙せるだろう。
短時間でこれだけの人材を揃えるとは、流石はチャーリーである。
更に、彼女らの立ち居振る舞いや声の調子を動画で慎重にチェックしたエレインは、四番目の女性、仕事名をローリーというコールガールに決めた。
エレインは再度、チャーリーに電話をかけ、彼女を明後日の午後四時に、シャングリ・ラ・ホテルのスイートルームに寄越すようにと依頼したのであった。
当日の午後四時。ローリーがやって来た。
髪型もメイクも、エレインに似せる工夫をしてきたローリーは、実の妹と称しても疑われないレベルになっている。
ローリーの容姿に満足したエレインは、彼女をソファに座らせ、その向かいに腰を下ろした。
「よく来てくれたわ、ローリー。段取りを説明するわね」
「はい」
「客がやって来るのは、午後七時頃。そしてこの部屋にはコネクティングルーム、つまり続き部屋があるの」
エレインは立ち上がり、コネクティングドアを開いてみせてから、席に戻った。
「私は客と一時間ほどお酒を飲んで、ベッドルームに彼を誘い込むわ。その間、貴女は扉の向こうで待機していて。
それから私が、シャワールームに入る。
貴女はシャワーの音と共に、隣部屋から出て、私とすり替わって欲しいの。そして客の元に行って頂戴。
行為の最中は、なるべく過剰なサービスは無しで、上品に抱かれて欲しいわね」
「分かりました。もし何か質問されたら、どうします?」
「適当にはぐらかして。もし執拗なようなら、キスでもして口を塞いでやって頂戴」
「はい、お任せ下さい」
「代金は普段通り、会社に振り込むけれど、これは貴女へのチップよ」
エレインは現金の入った封筒をローリーに手渡した。
「有り難うございます」
ローリーがバッグに素早く封筒をしまう。
「他に質問がなければ、仕事の時間まで、隣部屋で自由に寛いで頂戴。ルームサービスを取ってくれてもいいわ」
「はい、分かりました」
ローリーは会釈して、隣部屋へ入って行った。
一方、エレインはアダンを出迎える準備に入った。
まず必要なものは、酒と睡眠薬である。
バッグから取り出した錠剤の睡眠薬を潰し、粉になったものを一口舐める。
少し苦いので、ワインに入れれば気付かれる可能性がある。苦めのビールに溶かすのが良さそうだ。
最初にビール、それからワインという順序で、睡眠薬の効き目が出るまでの一時間程度、時間を稼ぐ必要がある。
エレインは備え付けのバーカウンターに、ティッシュに包んだ睡眠薬を置くと、ルームサービスでビールとワイン、つまみのキャビアとチーズとクラッカー、ロブスターサラダ。自分の夕食用にトマトリゾットを注文した。
次は衣装の選択だ。
大胆なスリットが入った、赤いイブニングドレスを選ぶ。
香水は、甘い香りのプワゾンが良いだろう。
やって来たルームサービスを受け取り、軽く夕食を済ませ、必要なものは冷蔵庫へ入れておく。
キャンドルと小ぶりな花瓶でテーブルの上を飾り、ワインとワイングラスを配置する。
メイクを直し、ドレスに着替え、濃い目のアイラインを引く。
香水をつけ、ベッドのリネンにも軽く香水を振る。
そうしている間に、アダンから連絡が入った。
『エレイン、あと十分ほどで着くんだが、いいかな?』
「ええ、待っているわ」
アダンに部屋番号を告げて電話を切り、隣室のドアをノックして、ローリーを呼ぶ。
「客は十分後に到着するわ。これが私の香水よ。シャワーが終わったら、これを付けて頂戴。シャワーの前後で印象が変わると困るから」
「はい、仰せの通りに」
ローリーに香水を手渡すと、エレインは全ての部屋の照明を薄暗くし、テーブルにキャビアとチーズとサラダとクラッカーを綺麗に並べ、キャンドルに火を灯した。
暫くすると玄関から、躊躇いがちなノックの音がする。
「いらっしゃい、アダン」
エレインはドアを開き、だらしなく鼻の下を伸ばして立っていたアダンを部屋に招き入れた。
「おおお……凄い部屋だ。けど、随分、薄暗いんだな」
「ええ、その方がムードが出るでしょう?」
「ああ……そういうものか。その、凄く綺麗だぜ、エレイン」
「有り難う、アダン。さあ、ソファに座って。まずは乾杯しないとね」
エレインは冷蔵庫からビールを取り、バーカウンターで栓を抜き、ビアグラスに注ぎながら、アダンのグラスに睡眠薬を混ぜた。
アダンはそわそわと窓の外を眺めていて、気付いていない様子だ。
「いい眺めよね。まずはパリの街の美しさに乾杯しましょう」
「あんたの方が美しいぜ」
「まあ。御世辞が上手なのね」
「御世辞じゃない。本当だ」
エレインはアダンの手にグラスを持たせ、自分のグラスを軽く当てて乾杯をした。
そして、わざとビールを一気に飲んだ。
それを見たアダンも、グラスを一気に空ける。
「ふうっ、美味いな」
「そうね」
エレインはアダンの手からビールグラスを取り上げ、シンクに置いた。
そして窓辺に行き、ゆっくりとカーテンを閉じた。
アダンが息を呑む気配がする。
「さあ、大人の時間の始まりよ。だけど、慌てるのは禁物ね。最初はお互いの話をしながら、ムードを高め合うの」
エレインがそう言いながら、ワインを開け、二人のグラスに注ぐ。
「あ、あんたがそう言うなら……いいぜ」
二人は再び乾杯し、雑談をしながら、ワインを一本半空けた。
一時間足らずの間に、睡眠薬の効果もあってか、アダンはすっかり酔いが回った顔で、ぼんやりとした目つきになった。
いよいよエレインはアダンの手を取り、ベッドルームへ誘導した。
キャンドルに火を点け、ナイトテーブルに残りのワインを置く。
「アダン。貴方は服を脱いでおいてね。私はシャワーを浴びてくるわ」
「へへっ」
アダンが鼻を膨らませ、にやけ顔をする。
エレインはシャワールームに入り、ドレスを脱ぎ、バスローブを着て、自身に水がかからぬ体勢で、シャワー栓を捻った。
すぐにローリーが裸のままシャワールームに入って来る。
(頼んだわよ)
エレインは目配せでローリーに合図をすると、そっとシャワールームを出て、ローリーのいた隣の部屋へ入った。
それから一時間が経過する頃、ローリーが部屋に戻ってきた。
「客の様子は?」
「今はぐっすり眠っています」
「疑われたりは、しなかった?」
「ええ、完璧です」
「ご苦労様」
エレインはローリーから請求書を受け取り、契約完了の書類にサインした。
ローリーが軽く会釈し、書類をバッグにしまう。
「早速で悪いけれど、貴女は静かに帰って頂戴ね」
「はい」
「いい仕事ぶりだったと、チャーリーに伝えておくわ」
ローリーは「はい」と微笑み、足音も無くホテルの部屋を出て行った。
リビングに戻ったエレインは、忍び足でベッドルームの様子を窺った。
アダンは大きな
睡眠薬の効果は四時間程度だから、まだ暫くは寝ているだろう。
エレインはスーツに着替え、リビングで珈琲を飲みながら、ノートパソコンを開いて時間を潰した。
午前零時。ベッドルームへ行き、アダンの肩を叩いて声を掛ける。
「アダン、起きて。起きなさい」
「ん…………何だい?」
アダンが顰め面で、片目だけを開ける。
「貴方、朝から仕事でしょう? お城に戻らなくていいの?」
その言葉に、アダンは、パチッと両目を開けた。
「今、何時だい?」
「もう夜の十二時よ」
「いけねえ、急いで戻らないと」
アダンはベッドから起き上がり、あたふたと服を着始めた。
そして着終わると、笑顔でエレインを振り返った。
「あんた、最高だったぜ」
「有り難う。ビジネスとして、これで割り切ってね」
「ああ、分かってるよ。じゃあ、俺はこれで」
アダンは大股で部屋を出て行った。
エレインはほっと一息吐き、一晩だけ借りていたスイートルームを出て、エッフェル塔が見えるいつもの部屋に戻った。
そしてシャワーを浴び、ベッドで眠ったのであった。
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