エレイン・シーモアの秘密の花園 5-②


   9


 翌日の午後三時、探偵のジュベールから電話がかかってきた。


『先程、受信機が音声を捉えましたよ。ターゲットの邸内に、盗聴器が仕掛けられたようです』


「全て録音しておいて下さい」


『勿論です。定時連絡は毎日、この時間に。他に特別な動きがあれば、お知らせします』


「お願いします」


 電話を切ったエレインは薄く笑った。


 やはり昨夜のような『特別な接待』の効果は覿面てきめんだ。とりわけ、アダンやルッジェリのような男には……。


 それから四日後、ジュベールが会いたいと言ってきたので、二人は個室のあるレストランで待ち合わせた。


 注文したハーブティーとマドレーヌが運ばれてきた所で、ジュベールは音声データのCDと、音声を自動でテキスト化したプリントの束をテーブルに置き、口を開いた。


「こちらが四日分のデータです。今日、お会いしたいと言ったのは、昨夜、大きな動きがあったからです。まず、こちらを見て下さい」


 ジュベールはプリントの束から一枚を取り出した。



『ジュリア様、今日は毎月の恒例の日でございますね』


『そうですね。例のものの用意は出来ていますか、マクシム?』


『はい。いつも通り一万ユーロ。現金でご用意しております』


『結構。それでは、午後六時に出発します』


『畏まりました。運転手にそのように伝えておきます』



 毎月の恒例の日とは、何だろう。エレインが疑問に思っていると、ジュベールが話を続けた。


「二人の会話から察するに、ジュリアという人物は、毎月一度、一万ユーロもの現金を何処かに運んでいるようです。

 そこで私はスタッフに命じ、三台の車で、ターゲットを尾行させました。

 ターゲットの車にGPSが仕掛けられていたので、追跡は容易でした。

 そしてターゲットが到着したのは、渓谷沿いにあるアルジャーシェという小さな集落です。隣同士の家が数キロ離れているような、辺鄙な村といった所です。

 そしてターゲットは、村外れの一軒家に入って行きました」


「アルジャーシェ? 聞いたことがないわ」


 そんな辺鄙で名も無き場所を、何故、ジュリアのような人物が毎月、訪ねるのだろうか。エレインは首を捻った。


「ええ。私共も知りませんでしたので、ネットで調べたり、今朝から近隣の村でそれとなく聞き込んだりした所、悪い噂がありました」


「どんな噂ですか?」


「アルジャーシェでは、行方不明になる人間が何人もいて、深夜には化け物が出るという噂があるというんです」


「化け物だなんて、馬鹿馬鹿しい」


 エレインは失笑した。


「無論、私もそう思います。迷信深い田舎の村なのでしょう。

 ともあれ、ターゲットが入った家の中を望遠レンズで隠し撮りしたのが、こちらです」


 ジュベールは十数枚の写真をエレインに渡した。


 三十代の夫婦と思しき朴訥ぼくとつとした男女が、ジュリアを家に招き入れている。赤い屋根の二階建て木造家屋だ。


 ジュリアがその男女と共に、二階の部屋のテーブルに向き合って座っているのが、窓越しに見えている。


 窓際にはもう一人、小柄な人物の後ろ姿が、ちらりと見えている。恐らく、少女だろう。緩やかなウエーブのある髪を肩まで伸ばしている。


 ジュリアがテーブルに封筒を置き、男がそれを受け取っている。


 女が少女らしき人物を抱き上げている。


「見張りの証言によれば、男は頭を下げながら、封筒を受け取っていたそうで、恐らく封筒の中身は現金だろうと」


「ええ、そうね」


「ターゲットはその後、一時間ばかりその家に滞在し、元のやしきに帰りました。その後、目立った動きはありませんでした」


「そう……」


 エレインは上の空で相槌を打ちながら、少女と思しき人物に目を奪われていた。


 正確に言えば、その人物の髪にだ。


 雪のように輝くプラチナブロンド。


 ジュリアの髪にそっくりだ。


(まさか……)


 エレインは固唾を呑みながら、全ての写真に目を通した。


「この子どもの写真は、他にないんですか? 顔が写っているものは?」


「今のところは、まだ。すぐに夜更けになり、カーテンが閉じられましたので」


「そうですか。引き続き、この家を見張って下さい」


「はい。私もそう考え、一組のスタッフに家を見張るよう、指示していました。すると、奇妙なことが分かりました」


「奇妙なこと?」


「夜の十時を過ぎる頃、夫婦らしき男女が外に出てきたかと思うと、二人は車に乗って、二つ向こうの村へと向かい、一軒の家に入って行きました」


「子どもを連れずにですか?」


「ええ、そうなんです。そして次の朝、夫婦は再び、子どものいる家へ戻って行ったんです」


「じゃあ、その夫婦は、子どもの世話に通っているのかしら?」


「そう考えられます。夫婦の家の近所で聞き込んだ所、夫婦に子どもはおらず、二人は街で仕事をしているという話でした。

 つまり、ターゲットが彼らに大金を支払い、子どもを世話させているのでしょう」


「そうね……。この家の詳しい場所を教えて貰えるかしら?」


「勿論です」


 ジュベールは鞄からファイルを取り出し、地図に赤線が記入された紙をエレインに渡した。


「この赤線は、スタッフがターゲットを追跡したルートです。家の場所はここです」


「分かったわ。有り難う」


「今日のご報告はこれまでです。今後の調査は、如何しますか?」


「そうね……。ひとまずあと一週間、盗聴を続けて貰うわ。この奇妙な家の見張りも続けて貰って、子どもの顔が撮れ次第、私にデータを送って頂戴。

 その後のことは、一週間後に又、話し合いましょう」


「畏まりました」


 ジュベールとエレインは新たな契約書を交わし、エレインは追加料金を支払って、レストランを出た。


 エレインは興奮していた。


 ジュリアと同じ髪を持つ子ども。その正体を何としてでも掴まなければ。


 その為には、ひとまず探偵の調査結果を待つことだ。


 ジュベールからの続報は、翌日に入った。


 ジュリアとマクシムが民間飛行場へ行き、ジュリアは小型機でそこを発ったというのである。邸には、マクシムだけが戻ったということだ。


 その後、邸には動きがないという。


 子どもの家にも動きはなく、やはり通いの夫婦が朝からやって来たというが、カーテンは閉じられたままで、室内の様子は不明とのことだった。


 その翌日の報告も、異常なしであった。


『如何します? このまま調査を続けますか? それとも……』


 ジュベールの言いたいことは、すぐに分かった。


 子どもの家に動きがあるとすれば、ジュリアが来る来月に違いない。その時を狙った方が、いい写真が撮れるだろう。


 エレインは、邸の盗聴の継続だけを依頼した。


 そしてその足で、レンタカー店に向かった。


 あと一カ月など、とても待てなかった。


 ひと目でいいから、あの子どもの顔が見たい。自分が見れば、ジュリアの子かどうか、分かる自信がある。


 セレブの秘密に今、まさに切り込もうとしているのだと、胸が大きく高鳴っていた。

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