スパイダーマンの謎 3-②
ボニートとは店で別れ、二人はアンニョロと共に、カフェの駐車場に停められていたアンニョロのジープに乗り込んだ。
駅前を離れて、牧歌的な畑や牧草地の広がる道を進む。
「宜しければ伺っておきたいのですが、そのご姉妹の特殊な事情とは?」
ロベルトが訊ねた。
「ええ、余り大っぴらに言う話じゃないんですが、神父様方にならお話ししていいでしょう。
実はエレナとエンマの両親は三年前、大喧嘩の末に別居してしまいましてね、姉のエレナは母親に、妹のエンマは父親に引き取られたんですよ」
「それは辛い話ですね」
平賀が呟く。
「ええ。しかも二人は仲の良い姉妹だっていうのに、父親と母親からお互いに会うことを止められているんです。
駅前のカフェなんかで二人で居る所を見られると、その話が両親に伝わって、面倒になるでしょう?」
「それは随分、エゴイステックな話ですね」
ロベルトが顔を
「まあ、仕方ないんですよ。父親の方は、妹のエンマは妻の不倫で出来た子供だと言い張っているし、母親の方は、そんな夫に愛想をつかして縁を持ちたくないと言っているそうで……。本当の所は誰も分からないんですがね」
「そうですか……」
平賀とロベルトは複雑な顔を見合わせた。
アンニョロの家は十五分程、走った所にあった。
辺りを染め尽くすような夕日を背景に、白い漆喰で塗られた角砂糖のように四角い家が立っている。
壁と同じく白く塗られたドアを開けて入っていくと、細い廊下の先のリビングのソファに、エレナとエンマは、仲睦まじく片手を握り合って腰かけて待っていた。
カールした真っ黒な髪と、まつ毛の長い大きな瞳がよく似た姉妹である。
姉のエレナと思われる少女は、恐らく十八か十九といった所だろう。妹のエンマは、十五、六に見えた。
「やぁ、エレナ、エンマ、待たせたね。こちらがバチカンの神父様だよ」
アンニョロがそう言うと、姉妹は同時に深く会釈した。
「初めまして神父様」
「初めまして神父様」
挨拶も同時で、声もそっくりだ。
「初めまして、僕はロベルト・ニコラスと言うんだ。こちらは平賀・ヨゼフ・庚神父。二人とも、今日は宜しくね」
ロベルトは姉妹を威圧しないように、優しく微笑みかけた。
姉妹は同時に、ほっとした様な顔付きになった。
ロベルトと平賀は姉妹と向かい合ってソファに座り、アンニョロは食卓の椅子を持ってきて、ソファの近くに座った。
「蜘蛛男を見たとお聞きしたのですが」
平賀が話を切り出すと、姉のエレナは伏し目がちに、「ええ……」と頷いた。
「エレナ、エンマ。ここで話したことは誰にも言わないから、見たままの事を神父様方に伝えるんだ」
アンニョロは二人を励ます様に言った。
すると、姉のエレナは大きく息を吐き、話し始めた。
「あれは、二月の終わりでした。確か、二十七日だったと思います。私達、夜に雑木林の中で会っていたんです」
「夜というと、どのくらいの時刻ですか?」
平賀が訊ねた。
「二時過ぎです」
「随分遅い時間ですね。何故、そんな時間に?」
「両親に見つからないようにです。私は父と住んでいて、この近くの家にいます。妹のエンマは母と暮らしていて、雑木林の中に家があるんです。私達には秘密の相談があって、車を運転できる私が、こっそり車を運転して、エンマの家の近くまで通っていました」
「秘密の相談と仰いますと?」
平賀の問いに、エレナは遠慮するかのように、アンニョロの顔をチラリと見た。
「大丈夫だよ。神父様方には、君らの事情は話しているから」
アンニョロの言葉にエレナは思いつめた顔で頷き、話の続きを始めた。
「私達、一緒に家を出ようって相談をしていたんです。私はもう大人として働ける年になったし、エンマを養うくらいのことは出来ます。もう両親のことは、二人ともうんざりしていたんです。だから一緒にこの村を出て、暮らしていく為の算段をしていたんです」
「つまり家出というわけだね」
ロベルトの言葉にエレナは、こくりと頷いた。
「それでその日、何があったんですか?」
「あの日、私は車で雑木林の待ち合わせ場所へ向かったんです。私達が小さい頃からとても気に入っていた場所で、言うなれば秘密基地のようなものでしょうか……」
エレナが言うと、エンマが頷いた。
「そこはね、秋になると白くて香りのいい花が沢山咲く綺麗な所なの。周りには大きな木が茂っていて、その中にいると、外からは見つかりにくいの」
妹のエンマは、可愛い説明を付け足した。
「ともかく、私は秘密基地から一番近い、車が入れる道まで行ってから、徒歩で妹の所に向かいました。そして二人で、いつ家を出るのか、どんな準備をしておけばいいのか、思いつく限りのことを話し合っていたんです。
そうしたら急に、頭上の方で、がさがさと葉の揺れる大きな音がしたんです。見上げると、私達の前にあった木の、とても高い場所に、人影が立っているのが見えたんです」
「人影ですか? どんな姿形をしていましたか? 顔立ちなどは分かりましたか?」
平賀が訊ねると、エレナとエンマは同時に首を振った。
「暗かったので、詳しくは分かりません。でも、あれは確かに人のシルエットでした。それが木の梢に立っていたんです。
私達は驚いて、それから怖くなりました。
まさかあんな夜中に人と会うとは思っていませんでしたし、悪い人なら、危険な目に遭うかも知れません。両親に私達のことをバラされるかも……。
色んなことが頭を駆け巡り、とにかく逃げようと、私はエンマの手を引いて、車を停めた場所へ走ったんです。
そうしたら、その人影は私達を追ってきました」
「追ってきた?」
「はい。私達が逃げていると、木の上の方でバサバサと、葉や枝の音がして、気配が近づいてくるんです。パニックになった私達は、悲鳴をあげながら逃げました。
そしてようやく停めてあった車に辿り着いて、乗り込んだんです。
その時です。車の天井から、バーンと大きな音と振動がしました。あの人影が、屋根に飛び乗ったんです。
私は無我夢中でエンジンをかけ、車を急発進させました。
しばらく走ると、静かになって……。
落ち着いた所で私はエンジンを止めて、車から出てみました。すると、車の屋根には誰もいませんでした。
ほっとしましたけれど、屋根をよく見ると少し凹んでいて、気づかない間に右側のサイドミラーが、ぐんにゃりと曲がっていたんです」
「ええ、とても怖かったわ。だって頭の上から追いかけてくるんですもの」
エンマはその時のことを思い出した様子で、ぶるりと震えた。
「その後、お二人は?」
ロベルトは訊ねた。
「私はエンマを家の近くまで送っていき、それから自分の家に戻りました。翌朝、車を見て、父は驚いた様子でしたが、私は何のことか分からないと白を切り通しました」
エレナは軽い溜息をついた。
「車はその後、修理に?」
平賀が訊ねる。
「いいえ、まだです。お金がないし、この村では多少、車が壊れていても、問題にはされませんから」
「その車、見せて貰うことは出来ませんか?」
「ええ、出来ます。私は町に買い出しに行くと言って、その車を運転してきましたから」
するとアンニョロが、口を挟んだ。
「エレナの車なら、うちの車庫に停まっていますよ。見に行きますか?」
「是非」と、平賀は答えた。
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