スパイダーマンの謎 9-④

 平賀とロベルトが取調室に入っていくと、パルミーロは驚きに目を丸くした。


「神父様がた、何故此処に……」


「君の話が聞きたくてね。安心していい、僕達は君の味方だ。君は殺人犯なんかじゃない。カラビニエリの捜査官にも、そのことは証明してきたよ」


 ロベルトが優しく微笑んで言った。


「……」


 まだ戸惑っている様子のパルミーロに、平賀が真摯に語りかける。


「パルミーロ・ラッジさん。それが貴方のお名前ですね? 貴方はクラーラさんの孫ではありません。その事実は、DNA検査をすれば簡単に分かってしまうことです。

 ですが、そんな貴方が何故、クラーラさんの許に身を寄せたのか、そして何故、サクションリフターを使って、蜘蛛男を演じたのか、聞かせて貰えませんか?」


 するとパルミーロの顔色はみるみる変わり、細い溜息が口元から漏れた。


「全て知られてしまったのですね……」


「僕達に嘘は通用しないよ。正直に話してくれたまえ」


 ロベルトの言葉に、パルミーロは、こくりと頷いた。


「僕は施設育ちなんです。家族はおらず、義務教育が終わるとすぐ、世の中に出ていかなければなりませんでした。教養も無く、手に職も無かった僕は、役者の世界でなら成功出来るんじゃないかと、夢を見ました。


 それで小さなプロダクションに入り、バイトをしながらカツカツの生活を送っていたんです。けれど今から約三年前、プロダクションをクビになり、不況でバイト先も倒産し、どうしようもなくなって、僕はホームレスになりました。


 毎日惨めな、食うや食わずの生活を続けていた、そんな時です。クラーラ御祖母ちゃんが僕に話しかけてきたんです。


 御祖母ちゃんが僕を孫だと勘違いしていることは、すぐに分かりました。

 でも、行く当ても無く、構ってくれる人もいない心細さから、僕は御祖母ちゃんの話に乗って、相槌を打ってしまったんです。


 御祖母ちゃんは、僕に仕事も家も無いと知ると、暫く自分の家にいればいいと言ってくれました。老人を騙すなんて、悪いことだと分かっています。でも、その時は、まともな食事や寝床が欲しかった……。酷く疲れていて……。


 御祖母ちゃんは僕に食事を作り、温かなベッドで眠らせてくれました。そして昔のアルバムを見ながら、家族や村の色んな思い出話を語ってくれました。


 それで僕は、チェーリオさんに成りきれたんです。


 最初はほんの数日、世話になるだけのつもりでした。でも、御祖母ちゃんは今よりずっと弱っていて、いつか倒れるんじゃないかと、放っておけなかったんです。

 数日のつもりが、数週間になり、数カ月になり……。


 いつの間にか僕は御祖母ちゃんのことを、本当の祖母だと感じてしまったんです。

 あの暖かい村で、本当の家族のような御祖母ちゃんと一緒に、出来る限り暮らしていけたらどんなに良いだろうと……。


 でもある日、ごみ処理場の建設の話が持ち上がり、御祖母ちゃんの家にも買い取りの話が来ました。

 御祖母ちゃんは乗り気でした。若い僕にもっとチャンスを与えたいから、家を売ったお金で都会に引っ越そうと言ってくれたんです。


 でも……そうなると、いつか御祖母ちゃんの本当の家族が訪ねて来た時、御祖母ちゃんは村にいなくて、二度と会えなくなるかも知れない。

 そんなこと、僕は望んでいません。御祖母ちゃんは、本当のチェーリオさんと会うべきだし、その時には、僕はこっそり出ていこうと思っていました」


「本当の家族がクラーラさんと会う機会を無くしたくない。それが、君がごみ処理場建設に反対した理由だったんだね」


 ロベルトが柔らかく言った。


「はい。人の注目を集める特別な方法をと考えたんです。正義のヒーローが現れれば、反対運動が盛り上がると……」


「それで顔を隠して、蜘蛛男になった訳か」


「はい。スパイダーマンなら、話題になると思いました」


「成る程。素直に話をしてくれて有り難う。

 パルミーロさん、今の話をクラーラさんにすることは出来るかい? 君の口からクラーラさんに真実を告げて、今までの過ちを正して貰いたいんだ。

 どのみち君がチェーリオさんでないことは、すぐに分かってしまうからね」


「殺された被害者が、チェーリオ・シモネッティさんだったんですよ」


 平賀が横から言った言葉に、パルミーロは目を見張って絶句した。



※  ※



 釈放されたパルミーロ、フェルモとジャン、平賀とロベルトの一行は、クラーラに真実を告げる為、ベニッツェ村を訪れた。


 全てを知らされたクラーラは、ショックで口も利けない有様であった。


 パルミーロは涙ながらにクラーラに謝罪し、村を去ると告げた。


 平賀とロベルトは、そんな二人にかける言葉も見つからず、気まずい顔でシモネッティ家を後にしたのだった。



 それから四日後の日曜日。


 平賀とロベルトは、バチカンのサン・ピエトロ広場で人を待っていた。


 すると行き交う観光客の中から、ワンピース姿の小柄な老婦人と、彼女を支えるようにしてゆっくり歩く優しい顔立ちの青年が現れる。


「クラーラさん! パルミーロさん!」


 平賀が叫んで駆け出した。ロベルトもその後を追う。


「神父様がたに、又お会い出来て嬉しいわ」


 クラーラは微笑み、二人にハグをした。


「お二人には本当にお世話になりました」


 パルミーロが深々と礼をする。


「僕達の方こそ、お二人に再会出来て嬉しいです。それにしても思い切ったものですね。ベニッツェ村を出て、ローマに引っ越しされるなんて」


 ロベルトの言葉に、クラーラはうふふと笑った。


「パルミーロが村を去ると言った時、この子と離れちゃ駄目だと思ったの。

 そりゃあ、パルミーロの正体には驚いたけれど、この子と一緒に暮らした年月や、この子が私にかけてくれた愛情に嘘は無かったわ。

 この子は神様が引き合わせてくれた運命だと、心から思えたの。

 パルミーロの将来を考えても、ベニッツェ村で噂の的になるより、ローマなら何処にでもいる御祖母ちゃんと孫として、暮らしていけそうでしょう?」


 するとパルミーロが照れたように笑った。


「僕は御祖母ちゃんに無理をして欲しくないと思ったけど、御祖母ちゃんの行動は大胆で素早くて。すぐに引っ越しの準備を始めたし、新しいアパルタメントも、夕べのうちに決めてしまったんです」


「ええ。そして貴方を正式な養子に迎えたのよね」


「養子に、ですか」


「それはお目出度うございます」


 ロベルトと平賀が口々に言った。


「こっちでの生活が落ち着いたら、今度こそ、神父様がたに手料理をご馳走したいわ」


 クラーラは悩みが吹っ切れたような爽やかな顔をしている。


 平賀とロベルトも胸のつかえが取れたように、微笑み合った。


「ええ、その日を心から楽しみにしています」




(終)

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