スパイダーマンの謎 9-③


  11


 平賀とロベルトは、再びメトロポリタン・シティに建つカラビニエリ支部を訪ねた。


 先日と同じ部屋に通され、フェルモとジャンに向かい合って座る。


「こうして又、来られたということは、新たな事実が判明したのですか? ベニッツェ村の聞き込みで、被害者の身元が判明したとか?」


 フェルモは半信半疑といった顔で、腕組みをした。


「ええ、まずはこれを見て下さい。貴方がたから頂いた復顔写真の男が、もし痩せていたらどんな顔だったかと、作成したものです」


 ロベルトは、ノートパソコンの復顔画の画面を二人に向けた。


「この顔……チェーリオじゃないか」


 フェルモは画面を見詰め、不思議そうに呟いた。


「ああ、チェーリオによく似ている……」


 ジャンは視線を交互に画面と取調室に向けながら言った。


「つまりチェーリオ・シモネッティは、自分とよく似た男を殺したという訳か。事件の被害者は彼の血縁者で、従兄弟か何かだったんだな?」


「畜生、胸糞悪い話だぜ」


 顔をしかめた二人に、平賀はキッパリと答えた。


「違います。殺された被害者こそ、チェーリオ・シモネッティ氏本人だったんです」


「何だって?」


 フェルモがテーブルに身を乗り出す。


「どういうことだ? じゃあ、あの男は一体、何者なんだ?!」


 ジャンは取調室の男を指差して叫んだ。


「彼の名はパルミーロ・ラッジ。二十五歳。約三年前までローマにある芸能プロダクションに所属していた、役者の卵です」


 平賀の答えに、ジャンは大きく手を打った。


「そうか、分かったぞ! 成りすまし殺人だ。自分とそっくりな相手を殺して、その人物に成りすますって奴だよ。ほら、前にドラマで見ただろう?」


 ジャンが肘でフェルモを突いた。


「いいえ、そうではないと思います」


 平賀はゆっくりと首を横に振り、話を継いだ。


「パルミーロ氏がチェーリオさんを殺したと考える根拠は何ですか? 遺体遺棄現場にあった運転免許証が、チェーリオさんのものだったから、ですよね。

 そして肥満体型だと判定されたご遺体と、免許証の顔写真のイメージが余りにも違い過ぎていたからです。

 しかしイタリアの免許証の写真は、若い頃の写真をそのまま用いることが出来ますし、チェーリオさんもそうしていたんです。


 貴方がたはチェーリオさんを重要参考人として追い始め、彼が免許証の虚偽報告をしていた事実を知った。だからこそ、チェーリオさんが何者かを殺害し、死体遺棄現場に免許証をうっかり落とした後、祖母の家へ逃げ込んだと考えました。


 ところが死体遺棄現場に落ちていた免許証は、被害者のチェーリオさん本人のものでした。あれはただの遺留品だったんです。


 本物のチェーリオさんが殺された理由は、私には分かりません。しかし、二年間で七度も住所登録を変更していたことや、その全ての住所が虚偽のものだったことから考えて、何らかのトラブルに巻き込まれていた可能性や、しつこい追っ手から逃走し続けていた可能性が強く考えられます。


 そうして彼は、残念ながら殺されてしまった。

 ですが、その事件とパルミーロ氏は無関係なんです。

 そしてクラーラさんの証言も又、正しかったんですよ。

 今から二年八カ月前、パルミーロ氏は偶々、バチカンにいた。そこへやってきたクラーラさんが彼に声をかけ、家に連れ帰ったんです」


「ハッ、そんないい加減な話があるものかね」


「何だって、そんなことが断言出来るんだ」


 フェルモは鼻を鳴らし、ジャンは呆れ顔をした。


「これが証拠です」


 平賀は鞄からノートパソコンとVRゴーグルとDVDを取り出し、ロベルトにやってみせたように、フェルモとジャンにも映像を見せた。そして左端の人物に注目するよう呼びかけた。


 映像を見終わった二人は、呆然と顔を見合わせた。


「なあ、今のはチェーリオだったぞ」


「そうだな、チェーリオだ……」


 そんな二人に、ロベルトがおだやかに話しかける。


「貴方がたが今、ご覧になった映像は、トリノ大学の研究チームが行政機関と協力して制作したVR動画だそうです。


 どのように使われるかと申しますと、例えば高齢化問題が進行するイタリアの地方都市などには、家族と離ればなれになった独居老人が大勢いらっしゃいます。そして、寂しさや孤独から来るストレスの影響で、食欲が減退したり、生きる意欲が低下したりされていることが社会問題になっています。


 そんな時、この映像を見て貰い、少しでも心を癒やして貰おうというのです。

 実際、認知症が進行しつつあったクラーラ・シモネッティさんも、行政に提供されたこのサービスを利用していました」


 ロベルトの言葉を受けて、平賀が話を継いだ。


「ええ、そうです。VR技術は医療や介護の分野でも活用され始めています。独居老人の孤独を和らげ、認知症を改善する効果なども期待されているんです。

 お二人がご覧になったのは平日の食卓バージョンですが、他にもクリスマスの食卓や、誕生日パーティなどの映像も作られているんですよ。


 そして、これらの動画に出演していたのが、役者のパルミーロ・ラッジ氏でした。私は映像制作会社に連絡を取って、彼の氏名とプロフィールを確認したんです」


 平賀はDVDケースの裏面にある、制作会社のクレジットを指差した。


 フェルモは難しい顔で、取調室の男をじっと見詰めた。


「つまり、彼はただの役者で、事件とは無関係だと言う訳か?」


「はい。クラーラさんは毎日のようにこの映像を見ていました。認知症が進行しつつあった彼女にとって、VRの世界は一層、現実と判別し難いものだったでしょう。

 そこに登場していたパルミーロ氏の髪や目の色、顔立ちの漠然とした印象などが、孫のチェーリオさんに似ていたことから、クラーラさんはあたかも孫と暮らしているような気持ちになり、気力や食欲が回復したと考えられます。

 そうして出掛けていったバチカンで、パルミーロ氏と出会ったクラーラさんは、彼をすんなり孫だと思い、家に連れ帰ったんです」


「ふむ……。クラーラ・シモネッティの方の事情は分かった。しかし、パルミーロ・ラッジがチェーリオを装った理由とは?」


 フェルモが訊ねる。


「それは彼本人から聞くのが一番良いのではないでしょうか。

 ただ、考えてもみて下さい。もし万が一、パルミーロ氏が何らかの罪を犯していたとしても、逃亡先として、他人であるクラーラさんをターゲットに定めるのは不自然です。

 クラーラさんが行政から受けていたVRサービスのことを知り、その映像に出演するというのも、更に無理がある話です。

 パルミーロ氏に、そのような画策は不可能だったでしょう」


 平賀の言葉に、フェルモとジャンは「確かにそうだ」と頷いた。


「フェルモさん、ジャンさん。もし宜しければ僕達に、パルミーロさんと話をさせて貰えませんか? 貴方がたにはこの部屋で、僕達の会話を聞いて頂ければと思うのですが」


 ロベルトの提案に、フェルモは小さく肩をすくめて頷いた。


「いいだろう。君達になら、奴も何かを語るかも知れない。署長命令もあることだしな」


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