スパイダーマンの謎 9-②

「今回、私が気になったのは、貴方が仰った『斑惚まだらぼけという感じにまでなっていたというクラーラさんが、バチカンの人混みの中から、十五年も会っていなかった孫を瞬時に見つけ出せるものだろうか』という疑問です。


 言い換えれば、クラーラさんの斑惚けの症状が、あの時、どうして上手く改善していたのか、という疑問でした。


 チェーリオさんが戻って来たからクラーラさんは元気になったのだと、アンニョロさんは仰いましたが、それでは時系列が合いません。


 クラーラさんは、チェーリオさんと出会う前から症状が軽減し、だからこそバチカンに巡礼出来たのではないでしょうか。


 では、それは何故だったのか? ただの偶然でしょうか。それとも特別な施術でも受けたのでしょうか。それが知りたくなったのです。


 そこで思い出したのが、クラーラさんが受けていたという、ボランティアの独居老人サービスなるものの存在です。どういうサービスが行われたのかと、私は昨日、村役場に電話で問い合わせました。


 そして教えられたホームページを辿ってみると、興味深いものが見つかりました。


 トリノ大学の研究チームが行政機関と協力して、実験的に行ったプロジェクトです。


 その目的は、高齢化が進む地方に於ける独居老人の孤独を軽減し、認知症の進行を遅らせるというもので、内容はVRサービスでした」


「VRって? 仮想空間のVRのことかい?」


「はい。VRとはバーチャルリアリティの略です。ゴーグル型やメガネ型のデバイスを使って、人工的に作られた仮想空間を現実かのように体感させる技術で、人間の視覚と聴覚を同時に刺激することで、仮想空間への没入感を与えるものです。


 この技術は若者向けのゲームやバーチャル観光といったコンテンツだけでなく、高齢者を対象とした医療や介護の分野でも、活用され始めているんです。


 例えば、退屈になりがちなリハビリにこの技術を取り入れることで、美しい景色の中を長く歩きたくなるというモチベーションを患者に与えることが出来ます。


 VRは他にも教育関係、スポーツトレーニング、PTSD(心的外傷後ストレス障害)からの回復など、幅広いジャンルに活用されつつあります。


 アメリカでは、九・一一同時多発テロによるPTSDからの回復プログラムが成果をあげたことから、退役軍人の為のPTSD治療用VRプログラムが制作され、既に二千人以上の治療に役立っているとのことです。


 又、失った手足に痛みを感じる幻肢痛の治療において、これまではミラーセラピーというものが活用されてきました。失った右手に痛みを感じている場合、左手を鏡に映しながら動かすことで、右手が上手く機能していると脳を騙し、意図的に錯覚を起こさせる方法ですが、残念ながら、四割の患者には効果がありませんでした。


 それがVRを用いることで、簡単に錯覚を起こさせることが可能になったのです。

 ともあれ、この村に提供されたサービスのうち、クラーラさんが好んで用いていたという映像がこちらです。当時、認知症が進行しつつあり、食欲や体力の低下を懸念されていたクラーラさんに、ボランティア担当者が勧めたものだと聞きました。


 少し無理を言って機材をお借りして来ましたので、是非試して下さい」


 平賀は鞄からVRゴーグルを取り出し、パソコンに繋いだ。ロベルトにゴーグルを装着させ、パソコンにDVDを差し入れて、動画ファイルをクリックする。


「では、始めます」


 平賀の声と共に、ロベルトの目の前に賑やかな食卓シーンが流れ始めた。


 十人余りの大家族がカントリー調のテーブルを囲み、笑い合いながら食事を摂っているという、癒やし系の動画だ。


「ロベルト、左端の人物をよく見て下さい」


 平賀に言われた場所に視線を遣ったロベルトは、思わず息を飲んだ。


「これは……チェーリオさんだ……」


「ええ。彼は私達の知っているチェーリオさんです」


「そういうことか……。わざわざ平日に休みを取って、役場を訪ねた甲斐があった訳だ。平賀、僕達は一刻も早く、彼に会わなければ」


「ええ。行きましょう、ロベルト。彼の無実を証明するんです」


 二人は顔を見合わせ、各々の資料を持って立ち上がった。


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