ウエイブスタンの怪物 5-②

 五人が辺りに目を配りながら森へ入って行くと、どうということのない森であった。


「死の森」という印象とはほど遠い緑の深い森だ。


 しかし、暫く歩いていると、森はガラリと雰囲気を変えた。


 周囲に広がる森の木の姿が異様である。


 幹が螺旋を描くように曲がっている物。


 枝が、強い風にでも拭かれたように、一方向にだけ伸びている物。


 折れ曲がったような形をしている物。


 魔女が踊り狂っているような形の物。


 その上に僅かに見える曇った灰色の空。


 まるで森全体が狂気に取りつかれているという感じだった。


 動物や虫の姿もない。


 風の音なのか、何か気味の悪い音が聞こえてくるような気がする。


 ロベルトはこの頃から、奇妙な圧迫感と動悸を感じていた。


 それは他の四人も同じような様子で、トムは散弾銃を構え、やたらと汗をかいていたし、ビルは傍目からも分かるぐらいピリピリとしていた。あれ程出発前には余裕があったエリザベートですら、緊張で顔がひきつっている。


「さて、ここが目撃第一ポイントだ。七人の人間がここで怪物を目撃している。何でもこの辺りの森は、中世の頃、魔女裁判で有罪判決を受けたものが火炙りにされたところだったと言われている」


「そうですか、僕達は、この森では昔奴隷狩りが行われていたと聞きましたよ」


「それは新情報だな。詳しく教えてくれないか?」


「何百年か前か、ここの当主が夜になると、奴隷を放って、人間狩りをしていたということです。しかもその当主も森の中で惨殺死体で発見されたとか」


「ほう。パンフレットにも書いておいたほうがよさそうですね」


 そんな話をしながら、ロベルトの恐怖心がどんどん加速していっている時、平賀は目を見開いて、辺りの様子を窺っていた。


 第二ポイントを過ぎ、次の第三ポイントに向かって五人が、ゆっくりゆっくりと歩いていたその時だった。


 突然、パンと銃声が鳴った。


 エリザベートが銃を出していて、硝煙が上がっている。


「どうしたんです?」


 ロベルトが訊ねると、エリザベートは蒼白い顔で答えた。


「奴よ、怪物がいたわ。この目で確かに見たわ!」


 平賀とロベルトは、エリザベートの見ている先に目をやったが、怪しいものは見えなかった。


 緊張で固まっていると、再び銃声が聞こえた。


 銃を放ったのはビルである。


 さっきエリザベートが撃ったのとは、逆の方向だ。


「こっちにもいましたよ!」


 ロベルトはそう言われた先を見た。


 黒い巨大な影が、やぶの中を素早く通り抜けていく。


 平賀はそんな時、携帯を構えていた。なんとしても怪物の姿を写したい様子だ。


 しかし、いつもの平賀らしい冷静な様子はなく、手あたり次第にフラッシュを焚いている。


 ついにトムの散弾銃の音が響き渡った。


「こいつはいけない。近くに数頭いるのかもだ。皆さん、今日は逃げますよ」


 そう言うと、トムは辺りを窺って散弾銃を構えながら、来た道を戻り始めた。


 四人もそれに従って、銃を構えながら進む。


 そうしてようやく森の外に出た五人は、安堵の溜息を吐いた。


「あんなものが、何頭もいるだなんて、冗談じゃないわ」


 エリザベートは、ハンカチで額の汗を拭っている。


「もっとちゃんと武装して来たほうがよさそうだ」


 ビルは掠れた声で答えた。


 肩で息をしていた平賀が、ロベルトを振り返った。


「ロベルト、貴方は怪物を見ましたか?」


「何か大きな黒い影が、藪の中を走っていくのは見えたよ」


「そうですか、残念ながら私は見ませんでした」


 そう言いながら平賀は携帯で写した写真をチェックしている。


 その額にも汗が流れていた。


「私が言ったことは本当だったでしょう? この森には怪物のねぐらがあるんですよ」


 トムはようやくホッとしたように散弾銃を肩から外し、近くの岩に座った。


「さて、ツアーを続けるかい? もっとも、今日は危険な様子だが」


「そうですね。有り難うございました。又、御用があればお訪ね致します」


 平賀が答えた。


「ああ、それで構わないよ。君達もあの怪物を見たんだろう?」


 トムは少し震えながらそう答え、ツアーの続きは後日に持ち越しになった。


(続く)

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