ウエイブスタンの怪物 5ー①

 警察はその後、監視室から戻ってきて、使用人達からも詳しい話を聞いた後、防犯カメラの映像を持ち帰っていった。


 屋敷にいたものは、事故か事件か結論が出るまで、暫く逗留とうりゅうするようにということであった。


 平賀とロベルトは、一つ疑問に感じていたことがあったので、ロード・クリフの婚約者であるダリア・マクファーソン嬢に面会を求めた。


 彼女は赤く泣きはらした顔で、部屋のドアを開けた。


「何でしょうか?」


 その声は震え、手にはきつくハンカチを握っている。


「一寸お聞きしたいのですが、何故クリフ氏は、真夜中に温室なんかに行ったのか見当がつきますか?」


 平賀の問いに、婚約者は怠そうに頷いた。


「彼は大の植物好きで、この温室で夜にしか花が咲かない珍しい植物を見つけたらしいんです。それを見に行っていたと思います」


「成る程……」


「警察の方が話をしていましたが、二十五年前にも、アドレイドのお父様が、真夜中出かけた温室で、全く同じ亡くなり方をしているそうです。そんないわくつきのところに送り出すんじゃありませんでした」


「同じ死に方をしていたんですか?」


 平賀の問いにクリフの婚約者は「ええ……」と力無く頷いた。


 クリフの婚約者の部屋を出た平賀とロベルトは、不可解に感じていることを話しあった。


「野生動物があの温室に入った割には、花壇はどこも荒らされていませんでしたよね」


「ふむ。目当てはロード・クリフに絞られていたのかな」


「まるでそんな感じです」


「それにしても、アドレイドの父親が、全く同じシチュエーションで亡くなっているのも不思議だ。邸の者がコソコソと呪いだとか言っていたけれど、確かにそう疑いたくはなるよね」


「野生動物は人を呪ったりしませんが、確かに呪いだと思われるかもしれません。とにかく明日、怪物のことをよく知っているトム・ホワイトなる人物に会って、色々と聞いてみましょう」


「そうだね」


 翌日、昼食を取った二人はビルとエリザベートを伴って、トム・ホワイトなる人物が森を見張る為に仮住まいをしているキャンピングカーへと向かった。


 キャンピングカーの側面には大きく「未確認生物研究会」という文字が書かれていた。


 平賀がドアを叩くと、小太りで眼鏡をかけた四十代くらいの男が顔を出した。


「トム・ホワイトさんですか? 予約した平賀といいます」


「ああ、準備は出来ていますよ。まずは中にお入りください」


 トムは、ほくほくとした笑顔で言った。


 キャンピングカーの中は意外に広く、四人がかけられるテーブルがあった。


 そこに座った四人を前に、トムはホワイトボードの脇に立った。


 ホワイトボードには、ピンでいくつもの印をつけた地図が貼られている。


「皆さんには、これから『死の森』のツアーに出て頂くわけですが、この地図は森の詳細な地形を表したものです。ピンが刺さっている場所は、過去、このツアーで、怪物が姿を表したところです」


 すると平賀が手を上げた。


「何ですか?」


「結構目撃者がいるようですが、襲われた人はいないんですか?」


「怪物は夜行性のようで、昼間には人を襲うことがないようです。とはいえ、安心して散策するにはこれが必要です」


 トムは散弾銃を取り出した。


「怪物の特徴はどんな感じですか?」


 ロベルトが訊ねた。


「よく聞いてくれました。目撃者によっては、三メートルだとか、四メートルの巨体だったというものもいますが、大体は二メートル強の体格をしていると思われます。それから、一頭ではないようなんです」


「複数いるということですか?」


 平賀は目をぱちくりと見開いた。


「ええ、人によっては、複数個体を目撃しています」


「それって、動画だとか写真だとかで撮られてはいないんでしょうか?」


「それが、この怪物は非常に俊敏らしく、中々、映像が撮れないようなんですよ。ですが、私はとっておきの写真を持っています」


 そう言うと、トムは、テーブルの引き出しから一枚の写真を取り出した。


 そこには、あの防犯カメラで捉えられた怪物が、森の中で立っている姿が写っていた。


 おぞましい姿だ。


「これは、貴方が撮影したものですか?」


 平賀の問いかけにトムは首を振った。


「私がこの怪物のことを専門的に追い始めたのは十八年前からでしたね。それまでは他にも未確認生物がいると聞けば、あっちこっちに探索に行っていました。ですが、ここに来て、確かにこの森には怪物がいるだろうと確信したんです。そうしてここで、この場所を構えて腰を据えて探索することにしました。それからすぐに、この写真が届いたんです。 アルフレッド・ケイマーという差出人からね。

 私はすぐに写真の専門家を訊ねて、この写真が偽物ではないか、加工はされていないか調べてもらいました。答えは、偽物でも加工品でもなくて、本物だと言う結論でした。それからしばしば、私自身『死の森』に入って、怪物の正体を追いました。そして何度か、その怪物を目撃したんですよ。それですっかり、怪物に夢中になりましてね、こんなツアーをして生計を立てています。ツアーに参加した殆どの人が、怪物らしきものを目撃しているんです。興味をそそられる話でしょう? 貴方方も高確率で怪物を見る可能性がありますよ」


「トムさんはこの怪物のことを何だと思っているのですか?」


 平賀の問いに、トムは大真面目な顔をして答えた。


「熊の体に山羊の顔。つまりキマイラですよ。おとぎ話の中だけでなく、キマイラは存在しているんです」


「キマイラですか」


「ええ、あっ失礼、飲み物も出さず」


 トムはそう言うと、キッチンに立ち、ハーブティーを入れて四人に出した。


「気を引き締めていかなければならないな」


 ビル・サスキンスが言うとエリザベートは笑った。


「そんなにびくびくすることはないわ。リラックスよ」


「トムさん、この地図は買えるんですか?」


 平賀が、ホワイトボードの地図を指さした。


「大丈夫です。ツアーの詳しいパンフレットに含まれていますから」


 トムはそう言うと、四人に次々とパンフレットを手渡した。


「森の中は車は通れませんので、徒歩で行くことになります。着いてきてください」


 トムは散弾銃を肩に抱えると、そう言ったのだった。

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