ウエイブスタンの怪物 4ー③

「これは……何と恐ろしい……」


「このような怪物が庭に侵入する方法はありますか?」


 ビルが訊ねる。


 エイベルはゆっくりと頷いた。


「はい……。この邸の正面には門扉がございますが、商人や使用人が使う勝手口には、簡単な扉があるだけです。それに、古くなった塀には、崩れている部分がございます。見付ければ修理をしますが、暫くすると又、別の部分に穴が見付かるようなこともございます。

 ですから、庭への侵入は無理ではないと言わざるを得ません。

 勿論、邸の扉は頑丈なものですし、二階までの窓には鉄格子がはめられておりますので、邸内に不審者が入ることは、考え辛いことでございます」


「よく分かりました。その勝手口の付近や、塀の穴から現場の温室に至る何処かに、不審な足跡などはありませんでしたか?」


 ビルの問いに、エイベルは困り顔をした。


「当家では毎朝六時に、メイド達が最初の仕事として、庭掃除をする決まりがございます。

 ですので、温室であのような事件があったことに気付く迄に、庭は掃き清められておりました」


「そうですか。それなら、足跡は残っていそうにありませんね」


「はい、真に申し訳ありません」


「いえ、何も貴方が謝ることではありませんよ」


 ビルがそう言った時、平賀が弾んだ足取りで窓辺から戻ってきた。


「皆さん! 予約が取れましたよ」


「予約……と仰いますと?」


 エイベルが不思議そうに訊ね返す。


「『ウエイブスタンの怪物ツアー』の予約です」


 平賀は元気よく答えた。


「なっ……。皆様はあの怪物について、調べるおつもりなのですか?」


「ええ、勿論です」


「怪物ツアーといいますと、死の森を回るツアーだという話を聞いたことがございます。おぞしい怪物が潜んでいる森に入るなど、危険です。どうかお止め下さい」


 エイベルは真摯に訴えた。


「大丈夫です。私達には主がついておられます」


 平賀が取り付く島も無いほど堂々と答えたので、エイベルは彼を説得する言葉などないと悟ったようだ。


「……それでは、くれぐれもお気をつけて下さいませ。又、何かご不自由がありましたら、ご遠慮無く、メイドか私にお声がけ下さいませ」


「はい。何かあったら遠慮無く言いますね」


 曇りのない平賀の笑顔を見ながら、エイベルは細い溜息を吐き、一礼をして部屋を去って行った。


 彼を扉まで見送ったロベルトが、くるりと平賀を振り返る。


「ところで平賀。サスキンス捜査官の伝手で、マギー・ウオーカー博士がDNA鑑定を引き受けて下さったよ」


「本当ですか! ウオーカー博士なら誰より信頼できますね」


「ああ、そうだね。トム・ホワイト氏との話はどうだったんだい?」


「上手くいきましたよ。明日の十四時に面談の約束を取りました。怪物について色々教えて下さるそうです。その後、ツアーに参加します」


「明日とは急だな」


「ええ。早く予約が取れて良かったです。今は繁忙期じゃないんですって」


 二人の会話を聞いていたエリザベートは、手を打って喜んだ。


「怪物ツアー、楽しみだわ」


「お化け屋敷にでも遊びに行くみたいに言うんじゃない」


 ビルが緊張の面持ちで彼女を咎めた。


「あら、どうして? 面白そうじゃない」


「ロード・クリフを虐殺した怪物に、我々が遭遇したり、襲われたりする可能性は低くないんだぞ。私に銃があれば良かったが、今はプライベートの海外旅行ということで、所持もしていない。

 平賀神父、ツアーの予約は少し先に取り直して頂いて、まずは私が銃の用意を」


 言いかけたビルの言葉を、エリザベートは遮った。


「あるわよ。貴方の分も、私の分も」


「えっ、どうやって持ち込んだんだ」


「それは内緒よ。でも、準備なら整っているわ」


「全く君という女性は……」


 ビルは目を剥いて、天井を仰いだ。


「頼りになるでしょ」


 エリザベートがウインクをする。


「では、明日の予約はキャンセル無しでいいですね?」


 平賀は喜んでいる。


 ロベルトは、これは長丁場になるぞと覚悟したのであった。


(続く)

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