ウエイブスタンの怪物 6ー①

 

 平賀とロベルトの部屋に戻った四人は、トムから渡されたパンフレットを見ながら、今日の出来事を整理することにした。


 まずは怪物を見たと言う者達の証言を読みあさる。


 其処には、怪物の移動速度が極めて俊敏であることや、大きさも中型から大型までまちまちに存在すること。一匹ではなく複数匹同時に見たという内容のものもあった。


 その中で、ひと際異様であったのは、目撃した怪物が口から火を吹いたという証言だった。


 平賀は眉間に険しい皺を刻み、腕を組んで考え込んでいる。


「平賀、そんなにこの証言が気になるのかい?」


 ロベルトが訊ねると、平賀はきりっとした表情で頷いた。


「勿論です。この世界には天敵から身を守る為に、体内で毒を生成したり、強い酸や化学物質を相手に噴霧したりするような動物は数多く存在します。けれど火を吹く動物は一匹もいません。そもそも体の中で火を作ることが出来ないからです」


「ということは、この証言は何かの見間違いだろうか?」


「どうでしょう。一概にそうとは言い切れないとも思いますし」

 その時、少し用を足してくると言って出て行っていたエリザベートが戻ってきた。


「どう? 何か発見はあった?」


「平賀神父が、怪物が火を吹いていたという証言は現実的にありえないと言っているんだ」


 ビルが答える。


「確かに、そんな真似が出来るなら、あの化け物は本当に神話や伝説に出てくるレベルのものだわよね」


「ああ、しかしそういうものがいてもおかしくないような感じだった。あの森の様子を見ただろう? 森の様子が異様な有様になっていく辺りから、妙に冷気を強く感じたし、確かではないけれど、何者かにつけられているような気もした」


「そうね。あんなに恐怖を感じて取り乱したのは初めてよ。この私が撃ち損じるなんてね」


 考え込んでいた平賀が、三人に顔を向けた。


「もう一つおかしな点があります」


「と言うと?」


 ロベルトはまだざわざわしている胸を収めようと、部屋に置かれていたコーヒーを淹れながら問い返した。


「これだけ目撃者がいるというのに、動画も静止画も誰も撮れていないんです。写真はトムさんが持っていたものが一枚だけです」


「私達が森で遭遇した様な目にあったら、取り乱して撮影を忘れたとか、手元が狂ったとしてもおかしくはないわ」


「そうかも知れませんが、一枚の写真もというところが引っかかっているのです」


「ですが、私達は防犯カメラの映像で、あの怪物の存在を確認していますよね」


 ビルがそう言うと、平賀はこくりと頷いたが、どうしても納得がいかない様子で、再び証言者の記事を読み返し始めた。


 その時、ビルの携帯が鳴った。


「はい。ビル・サスキンスです。博士ですか、随分早く結果が出たんですね。ええ、ええ、有難うございます」


 ビルは携帯を切った。


「マギー博士からの電話でした。平賀神父から提出された毛のDNA鑑定の結果ですが、熊であることは間違いないそうです」


「熊ですか。でも、あの怪物は熊ではありませんでした……」


「そうだね。しかし、となるとガイドのトムが言ったように、キマイラという線も出てくるのでは?」


「そんなものが存在するとしたら、人為的に生み出されたものとしか考えられませんが、不自然なことが多すぎるのです。あの時、あの森の中で、私達は異常な程の恐怖にとらわれて、冷静さを失っていませんでしたか? あの時のことを考えると、私は血圧が一気に高くなって、胸がばくばくしていました。それに暑くもないのに汗をかいていました」


「言われてみればそうだわ」


 エリザベートの言葉にビルも頷いた。


「確かに、僕もそんな感じだった。僕達がおかしな状態でいたということは、可能性としてどんなことが考えられるだろう?」


 ロベルトがコーヒーを皆に配りながら訊ねる。


「例えば、幻覚や興奮、恐怖といった感情を与える薬物。ようするに幻覚剤の類いをツアーの前に飲まされていたとしたら?」


「成る程」


「そう言えば、私達、ツアーの前にトムからハーブティーだといって出されたものを飲んだわね」


 エリザベートは手を叩いた。


「ええ、私達に幻覚剤を飲ませておいて、あの怪物の写真を見せ、記憶に刷り込ませるのです。他の観光客にもそうしていたと思われます。そして我々や観光客は幻覚を見た。ならば、写真や動画が一枚もないことも頷けます」


「確かに……。しかし、防犯カメラに映った怪物のことはどうなるんだい?」


「それはまた、別のものとして考えた方がいいのかも知れません」


「成る程。平賀神父の推理でいくと、俄然トム・ホワイトは怪しくなってくる。彼は怪物ツアーで生計を立てている訳だから、このウエイブスタン家で事件を起こせば、ますます客が増えるという訳ですね」


 神妙な顔をしてビルは呟いた。


「もし幻覚剤を盛られていたとしたら、体内に四日ぐらいは残留しているはずです。どこかでそれを調べられるといいのですが」


 平賀の言葉に、エリザベートはにっこりと微笑んだ。


「試験シートなら私、持っているわよ。薬物を使用した人の尿を試験シートに浸けると、ピンクからブルーに変わるの」


「そんなものまで?」


 ビルが驚いた顔でエリザベートを見た。


「あら、私の本業を知っているでしょう? 何でも持っていないと出来ない仕事よ」


 エリザベートは、したり顔で答えた。


「すぐにでも試してみましょう」


 平賀が立ち上がる。


「じゃあ、試験シートを取って来るわ。その前に各自、尿を採取しておいてね」


 エリザベートはそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。

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