ウエイブスタンの怪物 6ー②
「尿を採取って……」
ロベルトが戸惑っていると、平賀がサイドテーブルの上に置かれていた硝子のコップを指さした。
「家の人には申し訳ありませんが、あのコップを使わせてもらいましょう」
こういう時の平賀はまるで躊躇がない。
三人の男達はコップ片手にトイレへと向かい、尿を採取してきたのだった。
各自、目の前に自分の尿の入ったコップを置いて座っていると、暫くしてエリザベートが戻ってきた。
持っていた小さなポーチの中からピンク色の付箋紙のようなものを取り出す。
「これよ。まさかこの付箋紙が試験シートだとは誰も思わないでしょう?」
「エリザベートさんも尿を取ってきてくれませんか?」
平賀が言うとエリザベートは、軽く首を振った。
「淑女が男性の前で、自分の尿を見せると思う? はしたないじゃない。私はもう部屋で試験しておいたわ」
「結果はどうでした?」
「意外なことに白よ」
そう言うと、エリザベートは試験シートを平賀達に配っていった。
各自、シートをコップに浸けてみる。
長いこと待ったが、シートの色は変わらなかった。
平賀はがっかりした溜息を吐いた。
「どうやら、薬を盛られていた線は消えましたね」
「ああ、一番ありえる線だったのに」
「これからどう調べましょう」
「もう一度、パンフレットの情報を分析するしかありませんね。今はこれしか手掛かりが無いのですから」
そう言うと、平賀は再びパンフレットを広げ、熱心に読みはじめた。
「じゃあ、私はこの館をもう一回りしてくるわ」
エリザベートはさらりと言うと、部屋を出て行った。
それから刻々と時間は過ぎた。
平賀はパソコンの前に席を移し、何やら調べている。
ロベルトが覗き込むと、それはウエイブスタンの森を上空から写した写真のようであった。
すると平賀は何か気が付いた様子で、森の一部を拡大して、眺めている。
画面を拡大したまま移動させていき、パンフレットに記された地図と比較している様子だ。
暫くすると、平賀はロベルトとビルのもとにやって来た。
「一つ発見がありました」
「どんな発見だい?」
平賀は書き込みが入れられたパンフレットの地図を二人に見せた。
「この森には一本だけ舗装された細い道があります。恐らく車一台が通れる程度の道です」
「トムは車では、入れないと言っていたが?」
「恐らく知らなかったのでしょう。正規の森の地図にも載っていません。衛星地図で探して、やっと見つけたものです。それが真っすぐ森を通って、ここで止まっているのです」
「行き止まりの道とは妙ですね」
ビルは首を傾げた。
「ええ妙です。そしてこの道の突き当りを起点とする半径十キロほどのところに円を描いてみると、森で怪物を見たという情報地点が、ぴったり中に収まるのです。勿論この邸は例外ですが」
「それは何かありそうだな」
ロベルトは頷いた。
「道の突き当りには何があるんですか?」
ビルが訊ねる。
「衛星地図ではモザイクが掛かっていて、分かりません」
「モザイクが? ということは、英国政府の何か極秘の施設がある可能性がありますね。通常、我々も外部に出したくない情報には、このようにモザイクを掛けたりするのです」
「怪物に、政府の極秘施設。何かつながりがあると思えませんか?」
「確かに……」
「ここの座標軸は分かっています。明日もう一度、其処を目指して森に行ってみましょう」
「またあの森に行くの? 気味が悪いけど仕方ないわね」
音もなくエリザベートが部屋に入ってきて、髪をかき上げた。
「一体、どこに行っていたんだ?」
ビルが怪訝そうに訊ねる。
「暇だから貴族のご事情というのを知りたくて、来た時から色々と仕掛けておいたのよ。そのチェックというところかしら」
「仕掛けておくって?」
「勿論、盗聴器や盗撮の為の機械よ」
「何でそんなことを? いつの間に?」
「スパイの
「どんな事情です?」
ロベルトが訊ねると、エリザベートは楽し気に答えた。
「まずはね。グロスター卿は、ずっと自分の子息と、ここのお嬢様との結婚を願い出ていて、ウイリアムとの結婚には大層反対だったみたい。
それとカール・アンダーソンは領地経営が上手くいかなくて、ウエイブスタン家に借金を申し込みに来たみたいよ。以前にも借金をしていて、まだそれを返してもいないっていう事情もあって、冷たくあしらわれているわ。
なんだかこの結婚式を本気で祝っている人なんているのかしらね? あっ、ビル貴方は別よ」
「君という人は一体、どうなってるんだ。だが、まあ、お家事情が知れたのは何かの役に立つかも知れないな」
ビルはそう言うと深く溜息を吐いたのだった。
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