ウエイブスタンの怪物 7-①


 翌朝、平賀とビル達四人は、メイド達によって届けられた朝食を摂った後、待ち合わせの時間に平賀とロベルトの部屋に集合した。


「さて、今日もトム・ホワイトに連絡かい?」


 ロベルトの言葉に平賀は首を横に振った。


「いえ、今日は、私達だけで行きましょう」


「どうして?」


「目的地に何があるか分からないからです。民間人を危険に晒すようなことは出来ません。それより、エリザベートさん、普通の銃の他に麻酔銃は持っていませんか?」


 平賀がエリザベートを見た。


「あるわよ。敵を生け捕りにしたい時に使うから」


「では、今日は麻酔銃を使いましょう。怪物がいるなら出来るだけ生け捕りにして、調べてみたいのです」


「ワォ、まるでマッドサイエンティストみたいなことを言うのね。そういうの嫌いじゃないわ。じゃあ、用意してくるわね」


 エリザベートはそう言うと、部屋を出て行った。


「麻酔銃だけじゃ、心許ないですよ」


 ビルは心配そうだ。平賀やロベルトを庇護する対象として見ているからだろう。


「では普通の銃も持って行きましょう。でもなるべく使わないようにしましょうね。非常時の際だけです」


「分かりました」


「で、今日の探検コースは?」


 ロベルトが聞くと、平賀はウエイブスタンの森の地図を大きく広げ、森の一本道の入り口を指さした。


「ここから西の方へぐるりと三十キロ回ると、この道の入り口に出ます。だからそこまでは車で行って、森の中は徒歩で移動することにします」


「車が入れる道なら、車で行ってもいいんじゃないかい?」


「いえ、突き当りがどうなっているのかも分かりませんから、徒歩が無難です」


「ふむ……」


 ロベルトは、あの奇怪で恐怖が支配するような森の中に再び入ることは、気が進まなかった。ビルも同じ気持ちらしく複雑な表情をしている。


「二人とも元気を出して下さい。真相が分かれば、どうということもないかもしれません」


 平賀一人が平然としている。


「君は怖くないのかい? 平賀」


 ロベルトが訊ねると、平賀は瞳を瞬かせた。


「全く無いと言えば嘘になりますが、私は脳のセロトニン分泌が多少人より多いせいか、それほど不安には思っていないのです。何とかなると理屈抜きに思ってしまう所があります。それでも万全の対策をして臨んだ方がいいとは思っています」


「そうなんだ。それで万全の対策とは?」


「火の準備でしょうか」


「火の準備?」


「夜行性の動物は、大概火を怖がります。だから松明になるようなものを入手して、森に向かいます」


「しかし、怪物は火を吹くという証言もありましたよ。怖がるでしょうか?」


 ビルが不安げに言う。


「それはどう考えても、見間違いだという結論が昨日一晩考えて、私の中では出ているんです。そんな動物はあり得ません。後は防弾チョッキやヘルメットのような固いものを身に着けて、怪物の攻撃を万が一受けた時にも内臓が守られるようにしましょう。見当はつけてあります」


 平賀はそう言うと、携帯のネットから、「シルベスタ防具店」というページをロベルトとビルに示した。


「後は、これですね」


 そう言うと平賀は茶色い小瓶を内ポケットから取り出してみせた。


「これは?」


「害獣忌避剤です。山火事を錯覚させる木タールのニオイで、動物の防衛本能に働きかけ、近寄らないようにさせる天然素材の忌避資材で、 イノシシとか、シカ、タヌキ、イタチ、キツネ、モグラ、ネズミ、カラスなどのほか、害虫にも効くとされています。怪物であれ、相手が森に棲む動物なら、効き目がある可能性が高いです。これを布に染み込ませて、持っておけば、二メートル以内には近寄ってこない筈です」


「平賀、君、なぜこんなものを用意していたんだい?」


「もともと、私はウエイブスタンの怪物に興味がありましたから、森には入ろうと思っていたんです。その時の危険回避用に用意していました」


 ロベルトが驚いていると、部屋の戸がかちゃりと開き、ボストンバッグを持ったエリザベートが入ってきた。


「お望みの麻酔銃。このバッグの中に入っているわよ。で、いつから始めるの?」


「色々と準備もありますので、早い方がいいかと思います」


 平賀が答えた。


「じゃあ、僕がタクシーを手配するように伝えよう」


 ロベルトは部屋を出て、廊下に立っているメイドに言った。


「すみませんが、近辺を旅行がてら回りたいので、四人乗れるタクシーを手配して頂けますか?」


「はい。分かりました。エイベル執事に伝えてまいります」


 メイドは会釈すると、足早に廊下を歩いていった。


 ロベルトは部屋に戻って皆に告げた。


「今からタクシーを手配してくれるそうだ」


「そう、なら後はご到着を待つだけね」


 エリザベートはそう言うと、ソファに腰かけた。


「松明を持つ役は私とロベルトの二人にしましょう。銃の方はサスキンス捜査官と、エリザベートさんに任せます」


「松明って何の話?」


 エリザベートが不思議そうな顔で聞き返す。ビルはさきほどまでの話をエリザベートに伝えたのだった。


 それから四人はエイベルが手配したタクシーに乗って、ホームセンターや防具店を巡り、ようやくのことで森の道の前で車を降りた。


 ここで本格的な準備が始まる。


 四人はそれぞれ防具を身に着けた。


 ビルとエリザベートは麻酔銃を手にし、平賀とロベルトはホームセンターで手に入れた薪の先に着火剤を塗って、いつでも松明に出来るようにする。


 勿論、平賀の持ってきた害獣忌避剤は、各々ハンカチに染み込ませて、手首に巻いた。


 そうして四人は、森の奥へと続く道に足を踏み入れたのだった。

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