エレイン・シーモアの秘密の花園 4-③
美術館を出た二人は、再び公園の中をゆっくり歩いて車に戻った。
シャングリ・ラ・ホテルでチェックインを済ませ、オベルカンフ地区と呼ばれる繁華街へ車を走らせる。
町をぶらつき、安いブラッスリーを見付けた二人は、そこへ入った。
ブラッスリーとは、カジュアルにお酒が楽しめる、大衆酒場といった所だ。
程よく賑わう店内で、向かい合わせの席に座り、ポテトフライやソーセージプレート、ムール貝のソテー、ウフ・マヨ、ボトルワインを注文する。
ワインで乾杯し、運ばれてきた料理を皿に取り分けながら、エレインは話し始めた。
「こういう所、本当に落ち着くわ。そもそもね、私の実家は貧乏だったのよ。だから懐かしい感じがするの」
「へえ、そうなのかい? 意外だな」
「そう? 私の父は厄介な人で、全く働かなかったの。だから子どもの頃から、自分はしっかり自立しなきゃと思って、一生懸命勉強して、大学に入ったのよ」
「そうか……。苦労したんだな。俺も似たようなものだ。うちは母がシングルマザーで俺を育ててくれたんだ。だから親孝行をしなきゃと思って、一生懸命働いてきたよ」
「貴方も大変だったのね」
二人は、そんな互いの境遇を話し合いながら、ワインを空け、追加注文をし、大いに飲み食いをした。
二時間ばかりが経過すると、酔ったアダンの口が軽くなり始めた。
エレインは、そろそろ本題に入ることにした。
「ねえ、マルセルはどうして今の仕事に就いたの? 誰かの紹介?」
「いや、違うんだ。俺がセールスマンをしていた前の会社が去年、倒産しちまって、何とか稼げる仕事はないかと、ネットや新聞を調べていたら、たまたま今の職場が求人募集をかけてたんだよ。
給料は良かったし、見習い期間が終わって正規の執事になれたら、もっと貰えるっていうから、駄目元で面接を受けたのさ。そうしたら、何故だか受かったんだ」
「へえ、凄いじゃない。それで、今の職場はどう?」
アダンの顔を覗き込んだエレインに、アダンは憂鬱な表情を見せた。
「予想外だったね」
「予想外?」
「ああ、何て言うのかな、執事っていう職業ってさ、もっと単純な仕事だと思ってたんだよ」
「違うの?」
「ああ。言われたことをやるのは問題ないんだが、それ以外に目が回る程、覚えることがあるんだ」
「へえ。例えば?」
「そうさな。例えば上流階級の食事のマナーとか、パーティーでの立ち居振る舞い。喋り方。挙句の果てには、城の歴史やら、皿やカップの目利きまで求められるんだよ」
「それは大変ね」
「そうなんだ。慣れないことばかりで、正直言うと付いていけない、って感じてる。こんな調子じゃ、正執事になれないんじゃないかと、不安に思うよ」
「そうなのね……。もし正執事になれなかったら、どうするの?」
するとアダンは、真っ赤になった顔を
「いっそのこと、辞めて、違う仕事を探した方がいいかも知れないと思ってる」
アダンは深い溜息を吐いた。
(仕事を辞めたいなんて、これはチャンスだわ)
エレインは、心から同情した表情をして、押し黙った。
急いては事を仕損じる。餌は、ゆっくりと目の前にちらつかせた方が効果的だ。
「それにな、あの職場は何て言うか、不気味なんだよ」
「どういうことかしら?」
「上手く言えないけど、職場では
おっと、今の話は、マクシム様やジュリア様には内緒だぜ」
「分かっているわよ。絶対に内緒にすると誓うわ」
「頼んだよ」
「ええ」
二人は、ワインを三本も空けた。
アダンは更に饒舌になって、幼少期の苦労や、失業をきっかけに、結婚を約束していた女性と別れる羽目になったことなどを、愚痴愚痴と喋っていた。
エレインはその話に付き合って、いかにも彼の話に興味がある風情を装っていたが、実際の所、おざなりにしか聞いていなかった。
それよりも、アダンが仕事を辞めるつもりがあるということの方が重要だ。
仕事への不信感は、彼を裏切らせる為の良い材料になる。
二人は店を出て、バーに行き、そこで腰を据えて更に飲んだ。
結局、二人がバーを出たのは、夜の十一時だ。
車でホテルまで送ってもらったエレインは、「今日は飲み過ぎちゃったから、明日は遅めの午後三時に迎えに来て欲しい」と告げ、部屋に戻った。
だが当然、彼女は酔っていなかったし、そもそも酒に飲まれたことなど、人生で一度もなかった。
エレインは部屋で紅茶を飲みながら、アダンを懐柔し、自分の役に立ってもらう為の作戦を練り始めた。
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