エレイン・シーモアの秘密の花園 3-②

 そのまま暫く待っても、フェリシアは帰ってこなかった。


 相当怒っているに違いない。


 あれこれと親切にしてあげたエレインに、よりにもよって大切な花壇を壊されたのだから、彼女が怒るのも当然だった。


(せめて自分に出来る範囲で、元通りにしなければ……)


 エレインはふらふらと、壊してしまった花壇へと引き返した。


 倒れた花を起こしたり、土を掘って植え直してみたり、地面の形を整えたり、ブロックを元の位置に戻したりする。


(もう少し……もう少し、何とかならないかな?)


 エレインは汗塗れ、土塗れになりながら、懸命に作業に打ち込んだ。


 二時間ほどそうしていただろう。


 顔は火照り、だんだん手に力が入らなくなってきた。


 頭がぼんやり霞んで、嫌な汗と耳鳴りが止まらない。


 足も小刻みに震え出した。


(何だか一寸、疲れたみたい。少し休憩した方が……)


 エレインは立ち上がろうとして蹌踉よろめき、そのまま小道の上に倒れてしまった。


 ギラギラとした日射しが、温室の硝子越しに照りつけていた。


 とても熱かった。けれど、日陰を探して歩くことも、立ち上がることも、もう出来そうになかった。


 身体の何処にも力が入らない。


  ……私、このまま死んじゃうのかな……


 それはきっと間違いのないことだと思われた。


 ぜいぜいと、熱く苦しい息が漏れる。


  ちっぽけな人生だったな

  最後にたった一人、優しくしてくれた恩人を怒らせて……

  なんてつまらない人生……


 意識が遠離とおざかっていく。


 もう何もかもが終わると感じていた、その時だ。


 突然、冷たい何かがエレインの頬に押し当てられた。


 驚いて目を開くと、フェリシアの無邪気な笑顔がそこにある。


「フェ……リシア……ご免……なさい」


 エレインは掠れた声で言い、気力を絞って上半身を起こした。


「それより、ほら、エレイン」


 フェリシアは愛らしく微笑み、二つ持っていたアイスクリームの一つをエレインに差し出した。


「さっき、お母様のお友達が訪ねていらしてね。アイスクリームのお土産を下さったのよ。このアイス、とっても美味しいの。エレインも一緒に食べるでしょう?」


 そう言うと、冷たいアイスの容器をエレインの手に握らせ、フェリシアはエレインの隣に座って、楽しそうにアイスを食べ始めた。


 その瞬間、エレインは雷に打たれたかのように、全てを理解した。


 フェリシアにとって他人など、ただの有象無象に過ぎないのだ。取るに足りない、雑多なもので、彼女の目に入ったり入らなかったりするだけのもの。


 自分に親切にしてくれたのも、エレインが貧乏で、見窄みすぼらしくて可哀想だから同情したとか、そんな理由じゃない。


 ただ、自分のお人形に似ていたから。お気に入りだから。


 全てはただの気紛れなんだ。


 それでいて、一欠片の悪意もない。


 悪い感情でエレインを見下している訳でもないから、エレイン自身も自分を卑下したり、萎縮したりする必要もない。


 世界の全ては、彼女の気分次第――。


 ただ、それだけなのだ。


  なんて素敵なの……

  フェリシア、貴女はまるで小さくて傲慢な神様みたい


 エレインはフェリシアの整った横顔を見ながら、アイスを一口食べた。


 冷たさと水分が全身に染み渡るのを感じながら、エレインは幸福感に浸っていた。


   ※  ※  ※


「シーモアさん。ジュリア様がお見えになりましたよ」


 マクシムの声に、エレインはハッと我に返り、居住まいを正した。

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