スパイダーマンの謎 5-②

 村長室は、丁度、四階の中央の部屋にあった。


 平賀はドアを二度ノックし、中から返事もないうちに、ガチャリと扉を開いて部屋に飛び込んだ。


 葉巻をくゆらしていた老年の村長が、平賀を見て、驚いた表情をする。


「えっ、神父さん……?」


「はい。村長さんでいらっしゃいますか?」


「そうだが……」


「初めまして。私はバチカンの神父で、平賀・ヨゼフ・庚といいます。こちらは同僚のロベルト神父です。先程、フェデリーゴさんからお聞きしたのですが、村長さんは蜘蛛男からの手紙を受け取られたとか」


 平賀は弾丸のようなスピードで話しかけた。


「蜘蛛男の手紙? ああ……馬鹿馬鹿しい。あんなものは処分しましたよ」


「何処に捨てたのです? 念の為、そのゴミ箱を拝見しても?」


「いいや。あんな気分の悪い物、この灰皿で燃やしたよ」


 村長は目の前にある、大きなガラスの灰皿を指さした。


 それを聞いた平賀は、がっくりと肩を落とした。


「そうですか……。ところで、その手紙の手触りは、ベタベタしていましたか?」


「そう言えばそうでしたかな。しかし何故、そんなことをお聞きに?」


 村長は懐疑的に問い返した。


「はい。私はネットや新聞で、蜘蛛男のことを知り、気になって調べているんです」


 平賀が素直に答える。


 すると村長は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに溜息を吐いた。


「いえ、まあ、それはただの切っ掛けといいますか、偶々こちらの村が、大変風光明媚な場所と知り、休暇のついでに観光に来たというところですよ」


 ロベルトは穏やかな笑みを浮かべ、苦しいフォローをした。


 すると村長は、平賀とロベルトの背後にちらりと視線をやった。薄く開いた扉から、廊下に立っているアンニョロの姿が見える。村長は眉間の皺を、ぐっと深くした。


「蜘蛛男など、出鱈目でたらめな噂です。どうせそこにいるアンニョロが言い出したんでしょう」


 これ以上、話をしても仕方がないとロベルトは判断し、小さく咳払いをした。


「今日は突然お邪魔をして、大変失礼しました。さあ、平賀、行くよ」


 ロベルトは平賀の腕を引いて、村長室を出た。


「全く、君ときたら唐突なんだから……」


「すみません。でも蜘蛛男の手紙ですよ。貴重な物証だと思ったんです」


「そうですよね。なのに、燃やしてしまうなんて」


 アンニョロが会話に加わる。


「ええ、とても残念です」


 三人は無言で階段を下り、役場を後にした。


 車に戻る道の途中で平賀がピタリと立ち止まり、建物を振り返る。


「しかし、どうしてなんでしょう?」


「何がだい?」


「私が蜘蛛男なら、手紙は村長さんに渡します。なのに何故、庶務課のフェデリーゴさんに?」


「さあ……。蜘蛛男が村長室を知らなかったからとか、偶々、明かりが点いていた部屋がそこだけだったから……とか?」


「それだけでしょうか?」


 平賀は首を傾げながら、建物の西側に回り込み、庶務課の窓を見上げた。


「蜘蛛男は、この壁を上ったのですよね……」


 そう呟きながら、壁を下から上へ舐めるように見詰めていた平賀の視線が、ある場所でピタリと止まる。


「あっ」


「どうしたんだい?」


 平賀は、自分の頭の上くらいの個所を指さした。


「これは何だと思います?」


 見ると、建物の壁に三日月形の土埃がついている。


「何って、土埃じゃないのかい?」


「そうです。でも何故、ここだけ土埃がこんな風についているかが問題です」


 平賀はそう言うと、上着の内ポケットから素早く綿棒とファスナーつきのビニール袋を取り出した。


「ロベルト、ミネラルウォーターを持っていますか?」


「あるよ」


 ロベルトは鞄に入れていたミネラルウォーターを平賀に渡した。


 平賀は綿棒の先をミネラルウォーターにつけ、土埃の個所を拭き取るようにして採取し始めた。二本、三本とその作業を繰り返す。


「何をしているんです?」


 アンニョロが不思議そうに訊ねる。


「フェデリーゴさんが言っていたでしょう? 蜘蛛男が現れる前、窓の方からペタン、ペタンという音を聞いたって。そして手紙もベタベタしていたと。

 もしかすると、蜘蛛男は特殊な粘液を体から生み出して、その粘性で壁を上っているのかも知れません。その粘液が壁に付着して、土埃がそこについたのだとしたら?」


「成る程、その成分を調べてみようという訳だね」


 ロベルトが頷く。


「ええ」


 平賀は微笑み、綿棒で一杯になったビニール袋のファスナーを閉めたのだった。



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