生霊殺人事件 5-①
7
ビールを一缶買い、アメデオはオフィスに戻った。
顰め面で一口、喉にビールを流し込むと、二冊目の分厚いファイルを手に取る。
ファイルには『窃盗犯焼殺事件』とタイトルが振られていた。
アメデオは元々、書類を読むのは得意ではない。
というより、苦手である。
そこでひとまず、事件の概要を纏めた頁だけを読むことにした。
その事件とは、一年三カ月前に仮出所した窃盗犯が、深夜、自宅で全身を縛り上げられ、その上、灯油をかけられて焼き殺されたというものだ。
それより前から数件、類似した事件が起こっており、三年前に犯人として逮捕されたのが、バルトロ・アッデージという男であった。
そしてバルトロの服役中、又も同じような事件が発生したというのだ。
事件現場には犯人を特定するような物的証拠はなく、捜査は難航したが、事件後数日経って、服役中のバルトロが、自分の犯行であると看守に報告に来たというのだ。
バルトロの主張は、自分が生霊となって被害者を殺したというものだった。
そしてバルトロは、犯行に使われた縄と灯油の入手先とその日付を明らかにした。
その供述を元に捜査を続けると、バルトロが言った通りの店で、事件当日、縄と灯油を入手する、バルトロとよく似た男の姿が目撃されていた。
(服役中の男の姿が外で目撃されただって? マジかよ……)
アメデオは嫌な汗を拭い、三冊目のファイルに手を伸ばした。
ファイルに書かれたタイトルは、『聖職者串刺し殺人事件』である。
アメデオはそれを見て、一時イタリアを震撼させた連続事件を直ぐに思い出した。
それは約三年前から始まった連続殺人事件で、教会の司祭が次々と銃で撃たれ、その肛門に鉄パイプを突き立てられて殺されていたという凶悪事件であり、一週間から十日おきに起きていた。
五回目の犯行で捕まったのは、クレメンテ・カシーニ。敬虔なカトリックの家に生まれ育った、三十代の無職の男である。
ところが、クレメンテの服役中に新たな事件が起こった。
しかも犯行は更に残忍だ。
被害者となった司祭は誘拐され、遺体となって山奥で見つかった。
縄で縛られ、変わり果てた遺体の傍には焚火の痕があり、検死の結果、司祭は生きたまま、焼けた鉄パイプを肛門に突き立てられて死亡したことが分かったのだ。
このケースも、事件から数日後に、クレメンテが自分が犯人だと、面会に来た記者に発表している。
警察に事情を聞かれたクレメンテは、司祭を殺害した経緯について、警察が確認した事実とほぼ同様の供述をし、これが犯行の証拠だと、爪の欠片を警察に提出した。
その爪の欠片をDNA照合した結果、殺された司祭のDNAと一致した。
ここでもクレメンテは、自分が生霊となって、司祭を殺害したと主張していた。
三冊目のファイルには、一枚のDVDが添えられてあった。
資料によると、クレメンテが生霊殺人事件を起こした夜、監視カメラが不可解なものを映していたとある。
アメデオは自分のパソコンでそのDVDを読み込んだ。
画面には深夜の刑務所の様子が映し出された。
暗く
特に動きも音もないのは、誰もが寝静まっているせいだろう。
そう思っていると、画面の右手から左手へと、白くぼやけた幽霊のような影が移動して行った。
(な、何だ、これは……。まさかこれがクレメンテの生霊なのか……)
アメデオはビールをぐっと飲んで動画を戻し、その幽霊らしきものの映る場面を何度も再生した。
だが、見れば見るほど訳が分からない。
アメデオはぶるっと身震いしながら、三冊目のファイルを閉じ、次のファイルを開いた。
四冊目のファイルのタイトルは、『工事現場爆破事件』だ。
今から二年前。建設中の公共施設で地盤工事をしていた現場に爆発物が仕掛けられ、従業員十数人が死傷した。
その犯人として名乗りを上げたのが、ファウスト・チェナーミという服役中の男だった。
ファウストは、爆発事件の六年前に、工事現場への嫌がらせや機材の盗難、破壊などを繰り返したあげく、最後には包丁を持って乗り込み、従業員を次々と刺殺するという事件を起こした。その罪で無期刑を言い渡され、服役していたのだ。
当初、警察は爆破事件の犯人が他にいると考えて捜査していたが、ファウストは自ら、現場に仕掛けられた爆弾の作り方を克明に説明した上、死亡した従業員の血痕のついた名札を証拠として提出したのである。
ファウストは、犯行の動機を「移民迫害への罰」などと意味不明の短い言葉で証言し、他の告白者と同様、生霊となって犯行を行ったと告白していた。
アメデオは事件の理解不能さに苛立ちながら、最後のファイルを開いた。
五冊目のタイトルは、『タクシー運転手一家殺害事件』であった。
事件は半年前に起こっていた。
深夜のローマ郊外で、タクシー運転手が車中で刺殺された。そしてどういう意図か、タクシーの屋根についた社名表示灯が、石で粉砕されていた。
しかもその数カ月前、タクシー運転手の妻と子が、自宅で殺されていた。
殺害方法は絞殺であったが、現場にはタイヤ痕に見える黒い塗装がされてあり、二人がまるで車に
一家全員を狙った猟奇的な犯行だ。
この事件の犯人だと自供したのが、服役中のカッリャリ・デマルキである。
カッリャリは、事件の一年半前から服役していた。その罪状は、タクシーに深夜の山道を走らせ、ひと気のない場所に停車させては、運転手を刺殺するという凶悪犯罪を合計七件も繰り返していたというものだ。
タクシーの売上金を狙った犯行ではなく、ただ殺しの為の殺しを繰り返したという異常犯罪である。
更に、運転手一家の殺害を自供したカッリャリは、タクシーを何処で停めさせ、どんな凶器で殺したのかを詳しく説明した。
そして、タクシーの屋根につけられていた社名表示灯の破片を提出した。
その破片は、被害にあった車の欠けたピースと一致した。
カッリャリも又、自分が生霊となって、犯行に及んだという旨の供述をしている。
アメデオは一連の事件の概要を読んだだけで、眩暈を覚え、頭を掻きむしった。
(くそっ! 服役中の凶悪犯が生霊になって犯罪を繰り返すだと? そんなことがある筈がない! そうなると、やはり模倣犯が存在するということか? それは同一人物なのか? それとも別々の犯人なのか……。
第一、服役中の奴らにはアリバイがあるってのに、なんで自分が犯人だなんて、ペラペラ喋っているんだ?
そしてどうやって証拠品を手に入れたんだ?
監視カメラに映っていた、あの幽霊のような影は何なんだ?)
アメデオの頭の中をぐるぐると疑問が駆け巡ったが、いくら考えても、答えは出そうにない。
ぐっと口に含んだビールの最後の一口は、すっかり生温くなっていた。
一つ分かったことといえば、ラツィオ州には、凶悪犯を収容する刑務所が二カ所あり、犯人の誰もがその二カ所の刑務所のいずれかに収容されていたということだ。
(よし。こうなったら、刑務所からの情報収集だ!)
アメデオは電話を手に取った。
まずはロンキを収容している刑務所に連絡を取り、所長に取り次いでもらう。
『はい、刑務所長のファスト・ドゥーニです。ご用件は何でしょうか』
「『娼婦溺死殺害事件』のチリアーコ・アレッシと、『窃盗犯焼殺事件』のバルトロ・アッデージ、『タクシー運転手一家殺害事件』のカッリャリ・デマルキについて聞きたいんだが、この三人に共通して面会に来ていた人物はいなかったかね?」
『ああ。その件に関しましては、警察にも既にお伝えしましたが、共通の面会人はおりませんでした。警察からお聞きになっていませんか?』
「う、うむ。一応、念の為に確認しただけだ。間違いはないだろうな?」
『はい。間違いありません』
「では、過去に模倣犯として収容されたことのある犯罪者で、現在は出所している怪しい奴はいないか?」
『さて……どうでしょう。私の方では把握しておりません。担当刑事に訊ねられては如何でしょうか』
「そうだな。そうしよう。だが、チリアーコ・アレッシと、バルトロ・アッデージ、カッリャリ・デマルキの面会人について、もう一度よく調べてもらいたい」
『分かりました。もう一度、調べます』
「おう、宜しく頼んだ」
電話を切ったアメデオは、もう一カ所の刑務所にも同じことを訊ねたが、答えは同様であった。
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