生霊殺人事件 4-③

 アメデオはキアーラの家を後にし、カラビニエリ本部へと戻った。


 イレネオ・ロンキとキアーラの間に、奇妙な愛情や仲間意識があったとしても、キアーラが大臣の事件に直接関わっているとは思えなかった。


 イレネオ・ロンキの元恋人であるブリジッタ・カランドラも同様だ。


 アメデオが迷子になったような気分で頭を抱えながら、オフィスの扉を開くと、デスクの上に大きな書類保存箱が五つ、積まれていた。


「何だ、これは……」


 アメデオは眉をひそめて、内線電話を手に取った。


『はい、ガリエです』


 部下が応じる。


「俺だ、アメデオだ。俺のデスクに置かれてる箱についてなんだが……」


『はい。そちらは州警察のベルトランド・バルバート刑事からのお届け物です。

 州警察ではここ数年、ロンキの事件と類似した、生霊殺人事件に頭を抱えているとのことで、是非、大佐の捜査のお役に立てて頂きたいとのことでした』


「そうか、分かった」


 アメデオは短く答えて電話を切った。


 そう言えば、州警察がそんなことを言っていたなと思いつつ、箱を開く。


 一番上の箱から出てきた分厚いファイルには、『娼婦溺死殺害事件』とタイトルが付けられている。


 その事件とは、今から七カ月前。とあるモーテルで、首に鉄アレイを括り付けられた娼婦が、水が一杯に張られた浴槽で溺死していたというものだ。


 同様の手口で娼婦が殺害される事件は、四年前から年に二度の頻度で起こっていて、その連続殺人犯として一昨年に逮捕されたのが、チリアーコ・アレッシであった。


 そしてチリアーコ・アレッシには、無期刑が言い渡された。


 ところが彼の服役中に、又も同じ手口の娼婦溺死事件が起こった。


 州警察は、チリアーコ・アレッシの模倣犯による犯行とみて、事件を追い始めた。


 そこで分かったことは、モーテルのチェックイン手続きをしたのは、殺害された娼婦本人であり、犯人らしき人物は目撃されていないこと。


 また、検死結果から判明したのは、被害者が強い睡眠薬入りの酒によって酩酊させられ、浴槽に運ばれて、三十キロの鉄アレイを首に縄で括り付けられたこと。


 そして昏睡状態で手足の自由が利かないまま、時間をかけて溺死させられたということであった。


 そしてその際、被害者の前髪の一部が、不自然に切り取られていた。


 被害者の家族は十二歳の少年だけで、彼の証言からも、被害者の交友関係からも、被疑者は浮かび上がらなかった。


 ところが、捜査開始から七日目。服役中のチリアーコ・アレッシが突然、事件への関与をほのめかし始め、取り調べをしたところ、自分が犯人だと自供した。


 さらにはその証拠として、女性の髪が入った袋を提出し、その髪をDNA検査したところ、殺された被害者のものと一致したというのだ。



 アメデオはファイルをそこまで読んで、眩暈めまいを覚えた。


 確かに、これはロンキの事件とそっくりだ。


 それが五箱分。


 つまり州警察は、『大佐の捜査のお役に立てて頂きたい』などと言いながら、実質、自分達にはどうしようもない難事件をアメデオに押し付けたということである。


「くそったれ!!」


 アメデオは机を叩き、立ち上がった。


 ひとまず資料に目を通さない訳にはいかないが、最早、素面ではやっていられない。


 ビールでも飲みながらでなければ、頭がおかしくなりそうだ。


 アメデオがオフィスを出て、大股で玄関ホールを歩いていた時だ。


 視界の先に、酔っ払いのような足取りでふらふらと歩く人影が映った。


 細いパンツスーツ姿に、黒く縮れた髪。幽霊のように青ざめた横顔。


 カラビニエリと協力関係にある犯罪プロファイラー、フィオナ・マデルナだ。極め付きの変人で、トラブルメーカーでもある。


 普段なら、こちらから声を掛けるのも嫌な相手だが、今だけは話が別だ。


 彼女から何か、有益な助言の一つでも得られるかも知れない。


 アメデオはフィオナに歩み寄りながら、大声を出した。


「おい、フィオナ!」


 するとフィオナは、驚いた顔で振り返った。


「やあ、大佐じゃないか。久しぶり……だったかな?」


 フィオナは相変わらず、間の抜けたような声を発した。


「なあ、一寸ちよつと、力を貸してくれないか。ややこしい事件を引き受けちまってるんだ」


 両手を合わせ、祈るように言ったアメデオに、フィオナは短く答えた。


「嫌だよ」


「何でだよ! お前と俺は今までだって、何度も一緒に事件を解決してきた仲だろう!」


「あのさ、大佐。ボクがマスターを信奉してることは、知ってるよね。他ならぬマスターに会えるからこそ、ボクは大佐に協力してきたんだ。

 今回だって、マスターの命があれば話は別だよ。だけど、違うんでしょう?」


 フィオナの瞳がアメデオを見透かすようにじっと見る。


「いいか。俺の職権で、お前をプロファイラーに指名することだって出来るんだぞ」


 アメデオは高圧的に言った。


「そういうところさ。嫌なんだよ。指名されたって、ボクは辞退するからね」


「なあ、そんなつれないことを言ってくれるなよ」


「大佐がややこしい事件を解決したい、って心から思ってるなら、いつもみたいにマスターに頼めばいいじゃない。そしたらボクだって、喜んで応援するのに」


「そういう訳にはいかんのだ」


「何で?」


 小首を傾げるフィオナを見ていると、苛立ちが込み上げてきた。


 今回ばかりは自分の手で事件を解決したい。たったそれだけの思いが通じないとは、何という冷血な女だろう。


「ふん。お前がその気なら、もういいさ! 誰がお前をあてになんてするか!」


 アメデオは顔を真っ赤にして怒鳴り、フィオナに背を向けると、近くにあったゴミ箱を蹴飛ばした。




(続く)


                   ◆次の公開は7月20日の予定です。

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