エレイン・シーモアの秘密の花園 4-①


   7


 マクシムと別れた二人は、ランドカーに乗り込んだ。


 アダンがハンドルを持ち、エレインは隣に座り、広い庭を駐車場へと向かう。


 アダンからは、汗とコロンが混じった、独特の匂いが漂ってくる。


 鼻が曲がりそうになるのを堪えながら、エレインはアダンに接近を試みた。


 まずは親しみのアピールが大切だ。


 そこでエレインは大きく伸びをし、ほうっと息を吐いた。


「あー、緊張したわ」


 するとアダンは驚いた顔で、ちらりとエレインを見た。


「シーモアさんでも、緊張することがあるのですね」


「ふふっ。当然じゃない。ジュリア様といえば、私の上司のビジネスパートナーなんですもの。

 それよりね、アダン。私のことはシーモアさんなんて呼ぶ必要ないわ。同じ雇われ者同士よ。どうぞエレインと呼んで」


「……そ、それは……無理です。出来ません」


 アダンは緊張して答えた。


「どうして? お互いの上司もいないのよ。堅苦しいのは無しにしましょう」


「じゃあ……その……エレイン」


「そうそう。リラックスして、普段のままの貴方でいいのよ」


「分かったよ。普段の俺のままだな。じゃあ、俺のこともマルセルって呼んでくれ」


「オーケー、マルセル。明日から宜しくね」


 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。アダンの赤ら顔が一層、紅潮している。


「ところでエレイン。今日はこれから君をシャトー・ル・プリウールへ送って、又、明日の十一時に、ホテルへ迎えにいけばいいんだよな?」


「ええ、お願いね。明日の十一時に待ってるわ」


 ランドカーは駐車場に到着した。


 二人がリムジンに乗り換えるべく、ランドカーを降りる時、エレインはアダンがにんまりと笑っているのを見逃さなかった。


(第一接触は良好ね。これから上手く取り込んでやるわ)


 アダンの運転で、リムジンがシャトー・ル・プリウールに到着する。


 エレインは丁重に礼を言って車を降り、にこやかにアダンに手を振った。


「じゃあ、又、明日な、エレイン」


「ええ。気を付けて帰ってね、マルセル」


 ホテルの部屋に戻ったエレインは、パリでのショッピングで一杯になっていたスーツケースを広げ、明日着るべき服を選び始めた。


 今日よりもカジュアルで、上品さも備えた、オフショルダーのワンピースを選択する。


 それから窓際に座り、明日からの予定に必要なものをリストアップし始めた。



 翌朝。彼女はゆっくりシャワーを浴びた後、男から魅力的に見えるよう、メイクを入念に施した。


 ワンピースから見える首元や鎖骨にも、しっかりスキンケアとメイクを施す。


 髪を整え、アクセサリーをつける。


 男というのは簡単な生き物だ。魅力的に見える女性には、脇が甘くなる。お洒落をするのはその為である。


 フロントでチェックアウトを済ませていると、アダンがやってきた。今日はスーツ姿だ。


 なかなか仕立てのいいスーツである。


「おはよう、マルセル。スーツがお似合いね」


「そ、そうかい?」


「ええ」


「迎えに来たよ、エレイン。さあ、行こう」


 アダンはエレインのスーツケースを持った。


 エレインを見るアダンの目は、瞳孔が開き気味のせいで、キラキラしている。


 どうやら彼の関心を引くことは出来ているようだ。


 他愛もない会話をしながら、玄関へ向かう途中、アダンはエレインのワンピースの襟ぐりから見える白い肌や鎖骨、くびれた腰をちらちらと見ていた。


 ホテルを出ると、停まっていたリムジンの運転手がエレイン達に一礼をする。


「あら。今日は貴方が運転するんじゃないのね」


 エレインは、アダンの小さな目を見詰めて言った。


 ここからパリまでは二時間。その間に、アダンとの距離を詰めようと考えていたが、作戦変更である。


「そうなんだ。マクシム様が、二人でお酒も飲むだろうからと、運転手は別に付けてくれたんだ」


「とても気が利く方ね。流石は筆頭執事だわ」


「だろう?」


 二人はリムジンの後部座席に乗り込んだ。


 車が滑るように発進する。


 アダンとの会話が運転手の耳に入る可能性がある以上、疑わしい言動はしたくない。


 そこで、こちらを向いて話したそうにしているアダンに、エレインはすげなく言った。


「今朝から頭痛がするの。少し眠ってもいいかしら」


「あ、ああ……勿論だ」


「さっき頭痛薬を飲んだから。一、二時間もすれば治ると思うわ」


「そうか。分かった」


 エレインはバッグから取り出したサングラスをかけ、眠ったふりをした。


 何度かアダンがこちらを覗き込む気配があったり、声をかけられたりしたが、全て無視をする。


 やがてリムジンはパリに到着した。


「着いたよ、エレイン」


 アダンの声にサングラスを外し、目を擦って、エレインは車窓の外を見た。


「本当だわ。よく寝ちゃった」


「頭痛は大丈夫?」


「ええ……。もう大丈夫みたい」


「おお、そいつは良かった」


「ところで、これから何処へ連れて行ってくれるのかしら?」


 するとアダンは慌てた様子で、胸ポケットからメモの束を取り出した。


 マクシムから預かったマニュアルだろう。


「ええと……。まずはパサージュ・ジュフロワだ。アーケードのあるショッピング通りで、昔ながらのパリの雰囲気が味わえる。散策にはもってこいだそうだ」


「素敵ね」


 アダンは「うん」と頷き、運転手に行き先を命じたのだった。

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