生霊殺人事件 6-②

(そうだ、看守だったんだ! だが、そいつは一体、どんな看守だ?)


 アメデオは自分なりに書いたメモを見返した。


 一連の生霊殺人事件を自供した囚人達は、皆、ラツィオ州に二カ所ある凶悪犯を収容する刑務所に収容されていた。


 そのうちロンキのいる刑務所で起きたのが、『娼婦溺死殺害事件』『窃盗犯焼殺事件』『タクシー運転手一家殺害事件』。


 もう一方のゴルガ刑務所で起きたのが、『聖職者串刺し殺人事件』『工事現場爆破事件』。


 海の青と空の青が少し違うように、二つの刑務所で起きた事件は、同じ青に見えても、少し違うのかも知れない。


 そんなことを考えながら、再びメモを見返すと、ロンキのいる刑務所で生霊殺人事件が起こった時期は、一年半前から現在に至っていた。


 もう一方のゴルガ刑務所で生霊殺人事件が起こったのは、いずれも二年以上前だ。


 もしかすると真犯人は、別々の刑務所にいる、二人の看守かも知れない。いや、そう考えるより、むしろ真犯人は、前者四つの事件の時にはロンキの刑務所に、後者二つの事件の時には、ゴルガ刑務所にいたのではないだろうか。


 つまり真犯人の正体とはすなわち、一年半前から二年前の期間に、ゴルガ刑務所からロンキの刑務所へと異動した看守――。


「そうだ、それだ、それだったんだ!」


 アメデオは思わず大声で叫んでいた。


 諦めずに資料にかじり付いた甲斐があったと、嬉し涙が目尻に浮かぶ。


(アデルモ! 父さんは遂にやったぞ!)


 しかも看守の異動といえば、極めて稀なケースである。


 調べれば直ぐ絞り込めるだろう。


 アメデオは早速、刑務所長のファスト・ドゥーニに電話をかけた。


「カラビニエリのアメデオ・アッカルディだ」


『これはこれは、大佐。何か御用でしょうか。面会人の件は引き続き調査しておりますが、まだ有力な情報はなく……』


「ドゥーニ所長、その件は引き続き調べて欲しいんだが、今日は別件で一つ、訊ねたいことがあってな」


 アメデオは威厳たっぷりに切り出した。


『はい、何でしょうか』


「現在、そちらに勤務中の看守で、一年半前から二年前の間に、ゴルガ刑務所から異動してきた者はいないかね」


『ゴルガ刑務所からですか? 職員のデータベースで調べてみますので、暫くお待ち下さい』


 ドゥーニ所長は不思議そうに答えた。


「ああ、頼む」


 五分ほど待つと、再びドゥーニ所長が電話口に出た。


『お待たせしました。ええ、確かに一名、クレート・カッラという二十九歳の男性看守が、丁度その頃、ゴルガ刑務所から転勤してきております』


(よし!!)


 アメデオはガッツポーズをした。


「ドゥーニ所長、私は今からそちらへ向かう。そのクレート・カッラという看守と話がしたいんだ」


『あの……。彼に何か、問題でもあるのでしょうか?』


「いや、そうじゃないんだが、その辺りの事情は今は話せないし、カッラ本人にも知らせないでくれ。ただ、彼と話せる個室を用意して欲しい。そして私が到着次第、事情を告げずにカッラをそこへ連れてきて貰いたい」


『……は、はあ……』


「何か問題でもあるかね?」


『いえ、ありません。会議室をご用意しておきます』


「頼んだぞ」


 電話を切ったアメデオは立ち上がり、手錠と拳銃を確認した後、ポキリポキリと拳の骨を鳴らした。


(さあて、戦闘開始だ。どんな野郎が出てくるか、楽しみだぜ)



     9



 刑務所の会議室でアメデオが待っていると、ノックの音がした。


「大佐、失礼します」


「入ってくれ」


 アメデオの心の準備は既に整っていた。


 まず確認すべきは、カラビニエリの制服を見た瞬間のクレート・カッラの反応である。


 アメデオは足を肩幅に開いて立ち、左手を腰にあて、威圧的に肩をいからせた。


 カチャリと扉が開き、刑務所長に連れられた男が入ってくる。


 男はキョロキョロと辺りを見回し、アメデオに気付くと、不安げに眉をひそめた。


 看守というからには、屈強な男を予想していたアメデオだったが、カッラは意外なほどに小柄で線の細い男であった。


 だが、当然ながら人は見かけによらない。


 まさか、と思うような人物が凶悪な殺人鬼だったという例は山ほどある。


 アメデオはおもむろに咳払いをした。


「ドゥーニ所長は、外していてくれ」


 アメデオの言葉にドゥーニは頷き、カッラを残して出て行った。


 カッラは所在なさげに立っている。


「君がクレート・カッラで間違いないかね?」


 アメデオが問うと、カッラは「はい」と小声で答えた。


「私はカラビニエリのアメデオ・アッカルディ大佐だ」


 するとカッラは丸く目を見開き、大袈裟に両手で口を覆う仕草をした。


「お名前は存じております。迷宮入りの難事件を幾つも解決された、カラビニエリの伝説の大佐殿でいらっしゃいますよね。

 貴方のような有名人が、僕なんかに何の御用でしょうか?」


 カッラの声は興奮で上擦っていた。


 一見、喜びの表現のようだが、大袈裟な演技で動揺を隠している可能性もある。彼はその演技力で長年、周囲を欺いてきたのかも知れないのだ。


「君に色々話を聞きたくてな。まず、その椅子にでも座ってくれ」


「はい」


 カッラが会釈をして椅子に座ると、アメデオはその向かいの椅子にどっかり腰を下ろした。


「さてと。君が看守の仕事を始めたのは何時からだ?」


「はい。六年と少し前です」


「最初の勤務先は?」


「ゴルガ刑務所です」


「ふむ。そのゴルガ刑務所に収容されていた、クレメンテ・カシーニとファウスト・チェナーミという囚人に覚えはあるかね」


「はい。生霊殺人を自供した二人です。所内でも大いに話題になりましたから、よく覚えています。所内で生霊の白い影を見た、という噂も有名でした」


「君と二人の囚人が個人的に親しかったとか、プライベートな会話を交わしたことは?」


「いえ、ありません」


 カッラは不要品をスパッと切り捨てるかのように、機械的に答えた。本当に会話をしていないのか、それとも逆に、探られて痛い腹でもあるのか。やけに短い答えが、却って怪しい感じもする。


 アメデオは軽く咳をして、次の質問に移った。


「彼らの刑務所内での態度はどうだった? 特定の者と親しかったとか、印象に残った出来事などはなかったかね?」


「囚人達の間には、派閥やチームのようなものが存在するんです。

 例えば元マフィア関係者などには、ハッキリとした派閥がありまして、刑務所内の物流を仕切っている派閥ですとか、食事関係を管理している派閥などがあり、それなりに顔を利かせていたりもします。


 一方、チームというのは、主に四、五名からなる仲良しグループといったところで、行動を共にすることが多いです。刑務所内で孤立してしまうと、攻撃や虐めの標的になり易いので、自然発生的にそうなっていくんです。


 そんなチームにも、よく騒ぎを起こすチームから、大人しいチームまであるのですが、クレメンテ・カシーニもファウスト・チェナーミも各々、大人しいチームに入っていて、特にファウスト・チェナーミは、優等生チームの一員でした。大量殺人犯だというのに、意外だったという印象があります。


 あの二人に共通の知人や友人がいたかどうか、僕は知りません。

 ゴルガ刑務所の囚人は全員、フランチェスコ・ニコロという、服役中のマフィアのボスに面を通す必要があったそうですが、それはあくまで囚人達のルールで、看守の間ではただの噂でしかなく、僕も詳しい事情は知りません」


 カッラは抑揚のない調子で語った。


「ふむ……」


 分かったような分からないような、漠然とした話だ。


 アメデオは手元のメモに「フランチェスコ・ニコロ」と書いて、話を切り替えた。


「次にこの刑務所に収容中のチリアーコ・アレッシ、バルトロ・アッデージ、カッリャリ・デマルキ、そしてイレネオ・ロンキについて訊ねるが、君が彼らと親しく会話したことは、あるかね」


「いえ、ありません」


 やはり機械的な反応だ。


「彼らの刑務所内での態度はどうだ?」


「極めて従順です。他の囚人とのトラブルも聞こえてきません」


「やはり大人しいチーム組という訳か?」


「はい。意外ですよね」


 カッラは小さく頷いた。


「彼らについての噂話や、印象に残った出来事などは?」


「そうですね……。些細なことなのですが、チリアーコ・アレッシと同室の囚人から、文句というか、訴えがあったことがあります」


「ほう、どんな訴えだ?」


「チリアーコ・アレッシが夜中にうなされて、えるような大声を出すから、五月蠅うるさくて眠れない。まるで魔物に取り憑かれたようで、気味が悪いという訴えでした。

 それで部屋替えを行いました。アレッシを耳の遠い老人と同室にしたんです」


「そんなに魘されるとは、アレッシはどんな悪夢を見ていたんだろうな?」


 アメデオが素朴な疑問を投げると、カッラは首を横に振った。


「僕は知りません。看守の中には、囚人と友達のように言葉を交わす者もいますが、僕は彼らと個人的な会話をしませんし、個別の事情にも立ち入りません」


「ほう、そうなのか?」


「ええ。だって怖いじゃないですか。なにせ相手は凶悪犯なんですから」


 カッラは淡々と答えた。


 アメデオはその時、妙な違和感を覚えた。


 看守という職には、警察官と同様、強い正義感の持ち主が就く場合が多い。


 以前に見たテレビ番組でも、受刑者を指導して更生させるという責任感や、受刑者と向き合い、関わろうとする熱意、それらを通して社会全体に貢献したいという正義感などを、看守達が口々に語っていたのを覚えている。


 無論、現場でそんな綺麗事ばかりが通じるとは思わないが、アメデオの勘が何かに反応した。


 アメデオはカッラの表情をじっくり見詰めたが、彼が単なる無気力な看守なのか、それとも感情の一部が欠如したサイコパス的人物なのか、判別できなかった。


(一体、どこまで本当のことを言ってるのかも、分からんしな……)


 そこでアメデオは、いよいよカッラを揺さぶってみることにした。

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