生霊殺人事件 6-③

「さてと。少しばかり素直な感想を聞きたいんだがね。君は、君の知る六人の囚人が生霊殺人を告白したことについて、どう考えている?」


「どうもこうもありませんよ。本当に不思議な事件で、驚くばかりです。看守の中には亡霊のように不気味な唸り声を聞いた、なんていう者もいますし、本当に怖いです」


 カッラは眉を顰め、嫌そうな顔をした。


 その時突然、アメデオはテーブルに身を乗り出し、カッラにぐっと迫った。


「成る程、確かに不思議な話だよな。不気味な話だよなあ。

 だがな、俺にはもっと不思議で不気味に思えることがあるんだ。

 それはクレート・カッラ、他でもない君が勤める刑務所に限って、生霊殺人事件が連続的に起こっているってことなんだよ。

 なあ。君は一体、俺に何を隠してるんだ?」


 厳しい目で睨み付けたアメデオから、クレートは怯えたような顔で身を引いた。


「まさか大佐……。僕が事件に関係していると、お思いなのですか?」


「さあて、どうだろうな……。だが、確かに一つ、言えることがある。

 生霊殺人事件は約二年前まで、ゴルガ刑務所で起こっていた。ところがだ。君がゴルガ刑務所からここへ移ってくると、今度はここで生霊殺人事件が起こり始めたんだよ。

 看守の異動が、極めて稀なケースだってことは、俺も知ってる。

 だから聞かせて貰おう。君は何故、わざわざ刑務所を異動したんだ? 

 ゴルガ刑務所での犯罪行為に、気付かれそうになったせいじゃないのか?

 えっ、どうなんだ!」


 アメデオはドンと机を叩いた。


 カッラはみるみる顔を真っ赤にしてうつむき、小さく震え出した。


(これは……落ちたか?)


 そこでアメデオは間髪入れず、今度は優しくカッラに語りかけた。


「正直に言うんだ、カッラ。その方が楽になるぞ」


「…………で、です」


 カッラの唇から、震える声がこぼれた。


「ん? 何だって? よく聞こえなかったが」


「虐めで、です……。ゴルガ刑務所で、僕は虐めにあっていました。情けない……話でしょう?」


 カッラは薄らと涙を浮かべ、自分の右足のズボンの裾をたくし上げた。


 すると彼のふくらはぎがある筈の部分に、銀色をした細い棒が伸びている。

 義足であった。


「あ、足が……不自由だったのか……」


 アメデオは呆然と呟いた。


「はい。十三歳の時、交通事故で右足を失いました。膝から下が義足です。看守として就職できたのも、障害者特別枠のお陰です。

 この仕事は正直、僕に向いていないと思います。ですが、他に資格もありませんし、経済的安定を考えても、仕事は辞められません。

 それでもやはり刑務所は、とても厳しい所です。僕のような弱者は、舐められてしまいます。囚人達からも、看守仲間からも……。

 どんどん激しくなる嫌がらせに耐えられなくなった僕は、以前の刑務所長に相談をして、この刑務所へ移して貰ったんです」


「そ……そうだったのか……。一方的に疑って、済まない」


 アメデオが頭を下げると、カッラは泣き笑いの表情をした。


「いえ。こんなに地味で弱虫な僕が、まさか世間を騒がす生霊殺人事件の犯人に間違えられるなんて、一生ものの笑えるエピソードになります」


「い、いや、待て。待ってくれ。この話は他言無用で頼む。そ、それに、まだ君を犯人だと断定した訳ではなくてだな……」


 アメデオは額の冷や汗を拭った。


「分かりました。じゃあ、この話は僕と大佐だけの秘密にしておきます。

 折角ですから、捜査にご協力しておきますと、僕は看守用の寮の二人部屋暮らしで、寮は夜九時以降、無断外出禁止です。外出すれば記録が残ります。

 夜勤の日のスケジュールなども、全てパソコンで管理されていますから、確認してみて下さい」


「寮で二人部屋か……。ああ、念の為、確認はするが、もう君を疑っていないよ。

 それよりその……虐めの話までさせちまって、悪かったな。

 もう持ち場に戻っていいぞ」


「はい。今日は高名な大佐にお会いできて、光栄でした。僕に自白を迫った時の大佐は、とても迫力があって、格好良かったです」


 そう言ってカッラが差し伸べた握手の手を、アメデオは力なく握り返した。



     ※  ※  ※



 カラビニエリのオフィスに戻ったアメデオは、デスクで頭を抱えていた。


 何かを考えようとしても、頭の中にブラックホールのような渦巻きが起こり、その中を六つの不気味な事件の断片が、猛スピードで飛び交うだけだ。


「くそうっ。もうこれ以上、俺には何も……何も思いつかない……」


 アメデオが自分の不甲斐なさに憤り、回らぬ頭をデスクにぶつけた時だ。


 ガチャリと音がして、オフィスの扉が開いた。


 アメデオは反射的に、デスクの下に落とし物をした演技をした後、きちんと背筋を伸ばして、椅子に座り直した。


 すると正面に、薄笑いを浮かべたフィオナ・マデルナが立っている。


「何だ、お前か。入ってくる前に、声ぐらいかけろよ」


 苛立ったアメデオの声色に、フィオナはクスッと声をあげて笑った。


「大佐。その様子じゃ、事件解決への進展はないみたいだね」


「笑うなよ。俺だって、真剣にやってるんだ」


「お疲れ様。だけど結局、解決できなきゃ、全ては大佐の汚名になっちゃうよ。貴方が事件の責任者なんだから。そうしたら困るのは、大佐自身なんじゃないの?」


「……そっ……それは……」


「きっとネットニュースとかタブロイド紙にも、どーんって出るよ、大佐の写真が。

 町の電光掲示板なんかにも流れるんじゃない? ヘッドラインはそうだなあ、『キエーザ大臣殺しは生霊の仕業! アメデオ大佐、為す術なく生霊に惨敗す!』とかさ」


 フィオナは中空に掌を広げて、大見出しが走る様子を示した。


「嫌だ……それは嫌だ……」


 アメデオは駄々っ子のように、頭を横に振った。


「だったらさ、なんで今になって、そんなに格好つける必要があるのさ。これまでずっとマスターを頼ってきた大佐が、急に名探偵になれる訳ないじゃない。

 いいから、さっさとマスターにお願いしたら?」


「ふん。そう言って、俺の立場を心配してる振りをしたって分かるぞ。お前はただ、ローレンに会いたいだけなんだろう」


「そりゃあ当然そうさ。

 だけど、ボクが概ね大佐の味方だっていうのも嘘じゃないし、ボクは大佐の周りにいる取り巻きの人達と違って、ハッキリ正直にこう言ってあげられるよ。

 大佐には、この事件の解決は無理だ。素直になって、マスターに連絡を取ろう」


「……」


「ぐずぐずしてると、どんどん立場がマズくなるって、もう分かってるだろう?」


 フィオナの言葉に、アメデオは、はあっと長い溜息を吐いた。


 確かに、認めざるを得ない。


 自分にこの事件の解決は無理だ。


 今の地位を守り、家庭の平和を守り、家族と世間から後ろ指を指されない為には、これまで通りやるしかない……。


 アメデオは決意して立ち上がり、部屋の金庫の奥から、一枚のカードを取り出した。


 以前の事件の少し後、アメデオのオフィスに送られて来たローレンの連絡先だ。


 アメデオはメールソフトを起動し、アドレスを打ち込んだ。


 そしてただ一行の文章を送信した。



   難事件発生。助力をお願いする。アメデオ





(続く)


                 ◆次の公開は9月20日の予定です。

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