貧血の令嬢 5-①


      5


 いよいよ食事会の日曜日がやって来た。


 だが、この日はいつもと違い、キッチンに立っているのはエプロンを着けた二人の神父であり、その二人が運び込んだのは、誰も見たことのない調理器具である。


 そして大きなテーブルに着席していたのは、スカッピ社長とチェレスティーナ、彼女の母親マティルデの三人だけであった。ロベルトが「自分はプロではないので、三人前ぐらいだけ、作らせて欲しい」と、スカッピ社長にお願いした為だ。


「さて、今夜は特別な食事会という訳だが、ロベルト神父、楽しみにしているよ」


 スカッピ社長の言葉に、ロベルトは頷いた。


「はい。僕はプロのシェフではありませんが、友人達と工夫を凝らして考え、試作してきた料理を出させて頂きます。

 それでは、まずお伝えします。本日のコースは三皿となっています」


「三皿ですって?」


 マティルデが思わず、驚きの声を漏らした。


 チェレスティーナは、そっと安堵の息を吐いている。


 スカッピ社長はお手並み拝見といった顔でロベルトと、その助手として紹介された平賀を見詰めていた。


 給仕がスカッピ社長とマティルデにワインとおつまみのチーズを提供する。


 チェレスティーナの前には、チーズとミネラルウォーターと炭酸水が置かれた。


 炭酸水は、胃腸の血管を刺激し、動きを活発にしてくれる効果がある。とはいえ、チェレスティーナが「今は刺激を受けたくない」と判断すれば、ミネラルウォーターを選べば良い。


 そしてロベルトと平賀は練習通り、丁寧に臭み抜きをしておいたレバーをフードプロセッサーにかけ、液体窒素で凍らせ、シャーベットを作った。


 それをやしきにあった、バカラの小ぶりなシャーベットグラスに入れ、二人で手分けをして、スカッピ社長達の前に置いた。


「こちらが一皿目です。溶けないうちにどうぞ」


 シャーベットを一見して、マティルデは首を捻った。


 それも当然のことで、コース料理のシャーベットといえば、メインの魚料理と肉料理の間に、口直しとして出されるものだからだ。


「はい、神父様」


 意外に素直な声で答え、真っ先にスプーンを手に取ったのは、チェレスティーナである。


 スカッピ社長はそんな孫娘の言動に、驚いた顔をした。


 最初にシャーベットを出すというのは、平賀が大賛成したアイデアで、大抵いつも炎症気味になっている胃の火照りを鎮めてくれる為か、氷は結構、心地いいものだという理由であった。


 三人がほぼ同時にシャーベットを食べ終わる。


「初めて食べる味だが、これは何のシャーベットなんだね?」


 スカッピ社長が訊ねる。


「それは後ほど、きちんとご説明します。今は秘密です」


 ロベルトは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。


 ロベルトと平賀は次の料理に取り掛かった。


 平賀が小さな包丁で魚の身を切り、トランスグルタミナーゼを振りかける。


 その間、ロベルトはリゾットのスープを準備し、一掴みのオートミールを入れて煮込み始めた。


 続いて煮たパプリカを飾って花のようなサラダを作り、焼いた芽キャベツを添えた。ブロッコリーの下準備を始めたところで、平賀の作業が終わった。


 ロベルトは今朝から家で準備し、冷蔵庫で三時間寝かせたハンバーグの種に、平賀が作ったブランケットをかけ、予め加熱しておいたオーブンに入れた。


 二十分ほどオーブンで焼いている間に、ブロッコリーのスープを完成させる。


 仕切りのあるワンプレート用の皿に、サラダとカップに入れたスープを盛り付け、汚れた調理器具を洗っていると、オーブンの加熱が終わった。


 練習通りに上手くいったことに安堵しながら、それを皿のメイン部分に置き、テディベアの顔を描く。


 そして、充分煮込まれたリゾットを皿に盛った。


「大変お待たせしました」


 退屈そうにチーズをかじっていた三人の前に、ワンプレート料理が運ばれる。


「あら、可愛い!」


「熊さんだね、ママ!」


 チェレスティーナとマティルデは同時に喜びの声をあげ、二人は顔を見合わせ、声を立てて笑った。


 するとチェレスティーナは、小さな拳を顎に当てて呟いた。


「うーん、どれから食べようかなあ。迷っちゃう」


 その言葉を聞いたマティルデは、心底驚いた顔で、スカッピ社長を見た。


 スカッピ社長も目を丸くしている。スカッピ社長とマティルデは、手に取っていたナイフとフォークをそっとテーブルに置き、静かにチェレスティーナを見守った。


 チェレスティーナは五秒ほど考えた後、ブロッコリーの小さなスープを飲んだ。


 そして、ゆっくりとハンバーグを食べ、合間にサラダを食べた。


 最後に残ったのはリゾットだ。


 それも半分までは楽しそうに食べ、少ししんどくなったのか、オートミールを器用に残して、スープを全部飲んだ。


 ナプキンで口を拭き、「ご馳走様」と言ったチェレスティーナを、スカッピ社長とマティルデは涙のにじんだ目で見ている。


「少し残してしまったわ。ごめんなさい、神父様」


 そう言ったチェレスティーナに、ロベルトと平賀は優しい笑みを向けた。


「謝罪など、とんでもありませんよ」


「よく頑張ったね」


「有り難う、神父様方」


 チェレスティーナは席を立ち、二人に向かって、貴婦人のような挨拶をしたのだった。

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