生霊殺人事件 3-①


   4


 一晩中、ロンキの証言について考えていたアメデオは、一つの結論に至った。


 犯人はロンキの身近な人物である。


 刑務所の外にいて、いつでも犯行を行うことが出来、自分の行った犯行内容をロンキに明かした。


 そしてロンキがその罪を被った。つまり犯人は、彼が庇いたくなるような人物だ。


 これしかない。


 カラビニエリに出勤したアメデオは、すぐさまロンキが収監されている刑務所に連絡を取った。


 受付係から取り次がれて電話口に出たのは、刑務所長である。


『刑務所長のファスト・ドゥーニです』


「カラビニエリのアメデオ・アッカルディ大佐だ。そちらに収監されているイレネオ・ロンキの件で、協力して貰いたいことがある」


『はい、大佐。オリンド・ダッラ・キエーザ大臣の件ですね』


「そうだ。ロンキと刑務所でつるんでいた仲間で、今は出所している者はいるか?」


『いいえ。所内での彼の交友関係は調べましたが、親しい仲間のような者はいませんでした。それにうちは凶悪犯刑務所で、受刑者の殆どが終身刑に服しています。彼らに出所なんて、まずあり得ませんし、脱獄も十年以上起こっていません』


「ふむ……。では彼に頻繁に面会に来る者はいるか? ロンキの家族や友人などだ」


『少々お待ち下さい。記録を確認します』


 電話口から保留音が流れる。


 ドゥーニ所長が面会記録を照会するのを、アメデオは待った。


 十分ほどして、ドゥーニ所長が電話口に出る。


『ロンキの両親は死亡しており、姉弟はいるものの、面会には一度も来ていません。度々、面会に訪れるのは、ブリジッタ・カランドラというロンキの元恋人だけです』


「元恋人だと? 最近の面会日は?」


『二日前の月曜日、午前九時です』


(何だって!? そいつはキエーザ大臣が殺された六時間後のことだ!)


 アメデオは確信した。


 面会の際、ブリジッタは自らの犯罪と、犯行方法についてロンキに伝えたのだ。そして看守の隙をついて、犯行現場の写真を渡したに違いない。


 元恋人なら、ロンキが彼女を庇う動機は充分である。


 それに、もしその女性とキエーザ大臣に親密な関係があったなら、痴情のもつれが殺害動機にもなるし、マリーノ・ダニエリの名で大臣を呼び出すアイデアも思いつく。


 真犯人が女性とは盲点だったが、犯行自体はテーザー銃と釘打ち機を使ったものだから、女性にも可能だ。他に共犯者がいる可能性もある。


「その面会時のカメラ映像はあるか?」


『ええ。ご覧になりたいのでしたら、後ほどカラビニエリにお届けします』


「ああ、頼む。それとブリジッタ・カランドラの連絡先と住所は分かるか?」


『はい。面会人は必ず名簿に記入して貰う決まりですから』


「それを教えてくれ」


 アメデオは、ブリジッタの連絡先と住所を書き留めた。


 早速、ブリジッタの携帯に連絡を取る。


 呼び出し音が暫く続き、『はい』と、アルトの声が応じた。


「ブリジッタ・カランドラさんだね? 私はカラビニエリのアメデオ・アッカルディ大佐という者だ。君に会って、聞きたいことがある」


『カラビニエリ? ああ、イレネオがキエーザ大臣を殺したとかいう件なら、昨日、警察が家に来たわよ。又、同じ聴取を受けなきゃならないのかしら』


 ブリジッタは少し怒りを含んだような、ふてぶてしい口調で答えた。


「ああ。警察とは別に、こっちにも是非聞きたい話があるのでな」


 アメデオはねっとりと応じた。


『へえ。まあ、別に構わないけど、私、今日は大事な用があるの。午後二時から三時の休憩タイムの間なら、お相手できるわ。ヴェルデ・フィールドまで来てくれればね』


「ヴェルデ・フィールド?」


『レ・ルゲにあるサバイバルゲームの演習場のこと。週末のバトルイベントに備えて、今日はみっちりトレーニングしなきゃ駄目なのよ』


「話がよく分からんが、とにかくそこの住所を教えてくれ。午後二時に行く」


『分かったわ』


 ブリジッタはローマ郊外の住所を述べた。ブリジッタの家の隣町だ。


 アメデオはランチをゆっくり取ってから、フィールドとやらに向かった。



 その住所は、レ・ルゲの町外れを示していた。


 車をナビ通りに走らせると、「ヴェルデ・サバイバル・フィールドへようこそ」と看板が出ている。


 標識に従って駐車場に車を停めると、近くに受付と書かれたログハウスが建っていて、その裏手には、厳めしい鉄フェンスと有刺鉄線で囲まれた緑の広場が見えた。


(何なんだ、ここは)


 舌打ちしながらログハウスの玄関を潜ったアメデオは、目を丸くした。


 部屋の壁には、所狭しと軍用品が飾られていた。


 まるで武器庫の様相だ。


 ガラスケースに入った大小様々なハンドガン、ショットガンにライフル、グレネードランチャー。その横手には、銃のマガジンや暗視スコープ、工具類。さらにはラジコン戦車や模造刀まで並んでいる。


 隣の壁には迷彩ジャケット、コンバットシャツ、ヘルメットにゴーグル、フェイスガード、肘や膝用パッドやブーツといった装備品が展示され、特殊部隊さながらの服装をしたマネキンが、銃を構えていた。


 いつもは目立つカラビニエリの制服も、ここでは埋もれてしまいそうだ。


「ようこそ、ヴェルデ・サバイバル・フィールドへ。会員証はお持ちですか?」


 受付カウンターから、迷彩服姿の女性が声をかけてきた。


「そんな物はない」


 アメデオは内ポケットから身分証を取り出しながら、BB弾が山積みになった籠の間を通り、カウンターに向かった。


 その間にも、受付の女性が語りかけてくる。


「ビジター様でいらっしゃいますね。当施設はお一人様のご利用も大歓迎ですし、銃や装備のレンタルもご用意しております。カラビニエリがお好きなのでしたら、ヘッケラー&コッホ社の短機関銃モデルなどもお勧めですよ。

 サバイバルゲームは、体力と知力をフルに使って楽しめる、爽快なアクティビティです。

 当施設の特徴は、周囲を森に囲まれた緑豊かな環境と、フィールド内に存在する茂みや家屋といった様々な拠点。それらによって、多彩なゲーム展開をお楽しみ頂けます。

 勿論、訓練場や休憩所、シャワールームも完備しており、料金システムは……」


「遊びに来たんじゃない。俺はカラビニエリの大佐だ」


 アメデオが翳した身分証を、女性はまじまじと見詰めた。


「こ、これは……。本物の大佐でいらしたのですね。大変失礼致しました!」


 女性は背筋を伸ばして敬礼した。


「面倒な挨拶はいい。ここには事件の参考人の聴取に来た。ブリジッタ・カランドラという女性がここにいる筈なんだが」


「はい、カランドラ様は当施設の常連です。本日もいらっしゃっています」


「中に入って探していいか?」


「はい、勿論。私もお手伝いしましょうか?」


 女性の言葉に、アメデオは腕時計を見た。約束の二時まで、まだ十五分ほどある。


「いや、その必要はない」


「承知しました」


 女性は鍵を持ってカウンターから出てくると、アメデオを先導し、鉄フェンスのゲートを開いた。



 最初のエリアには、巨大な木製の迷路が築かれていた。


 その内外で迷彩服を着た若者達が、銃を打ち合っている。銃からはゴム弾が発射され、撃たれた者は「ヒット」と宣言して、ゲームを外れていく。


 アメデオは退場者がたむろしている一角に行き、若者達に声をかけた。


「よう。ブリジッタ・カランドラという女性が何処にいるか、知らないか?」


「ブリジッタ? ああ、『女ショーグン』だね。彼女なら、その先の射撃場じゃないかな」


 気のよさそうな若者が答える。


「そうか、有り難う」


 アメデオは教えられた方向へ歩き出した。


 暫く進むと、見物人の人だかりの向こうに、射撃場の的が見えてきた。十名ばかりが各々の銃を構え、標的を狙っている。


 アメデオは見物人の一人に話しかけた。


「よう、『女ショーグン』ってのは、ここにいるかな?」


「ああ、あそこの彼女だよ。今日も調子がよさそうだぜ」


 男が笑いながら指さした先で、体格のいい女性がアサルトライフルを構えている。


 長い黒髪を後ろできつく縛り、深緑のタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツ姿だ。


 アメデオは暫くブリジッタを観察することにした。


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