貧血の令嬢 3ー③
すると話を聞いていたベルトランドが、ノートパソコンを開いた。
「今、世界中で日本のキャラ弁がブームだけれど、このサイトなんか参考にならないかな」
パソコンの画面には、様々なキャラ弁が映し出されていた。
「こういうのは楽しくていいですよね」
平賀は無邪気に笑っている。
分子料理に加えてキャラ弁というのは、王道料理を突き進むロベルトにとっては、なんとも性に合わないことであったが、此処まで来ては後戻り出来ない。
平賀とロベルト、そしてベルトランドは、キャラ弁の画像をスクロールしながら、次々と見ていった。
そうしてハンバーグの入ったキャラ弁を見ていくうち、一つの画像に皆の目が釘付けになった。
「これは可愛いですね」
「うん。確かに可愛いね。十二歳のお嬢さんに喜んで貰えそうだ」
「ほう。器用に作っているじゃないか」
ロベルトは、その画像を手早くスケッチした。
「さてと。サラダとハンバーグの完成形は何となく見えてきたけれど、主食はどうしたものかな? パスタは得意じゃないらしいし、パンも少ししか食べられないみたいだ」
そこで平賀が再び挙手をして言った。
「オートミールはどうです? 食感が軽くて私でも食べられますし、少量でもカロリーや栄養を補えます」
「ふむ。オートミールを使ったリゾットはどうかな?」
「悪くないと思います。でもクリームやバターなどは使わない方がいいです」
「分かってるさ。君に料理を振る舞う時、凄く気遣っている所だよ。リゾットにするとしたら、野菜の出し汁でアッサリしたものを作ろう」
「はい」
「それで分子料理は、どう使うんだい?」
ベルトランドが、ロベルトに質問した。
「彼女の苦手なムール貝やレバーに使ってみようと思う」
こうして三人は、それぞれのアイデアを出し合いながら、話を続けたのだった。
※ ※ ※
翌日の仕事帰り。平賀とロベルトはメルカートに立ち寄った。
ロベルトは、しっかりと食材を観察しながら、
両手一杯の荷物を持って、ベルトランドの料理アトリエを訪ねると、ベルトランドが笑顔で出迎える。
「やあ、来たね」
ベルトランドは二人を冷蔵庫に案内し、「好きに使ってくれ」と言った。
「有り難う。詰めさせて貰うよ」
ロベルトが冷蔵庫に食材を入れている間、平賀はテーブルで、チェレスティーナ嬢のアンケート用紙を読み返していた。
ベルトランドも興味深そうにアンケート用紙を覗き込む。
「これはこれは、料理の工夫しがいのありそうな、ご令嬢だね」
「そうだろう? 僕も最初に見た時は、目を疑ったよ」
笑いながら答えたロベルトに、平賀は少しムッとした顔を向けた。
「それは小食の人間に対する差別発言ですよ、ロベルト」
「差別だなんて、そんな大袈裟な」
「いいえ。世の中には小食の悩みというのも、存在するんです。まだまだ知名度は低いようなので、ご説明します。
まず一般的に一人前といわれる食事を出されれば、私達は食事中、次第に呼吸が浅くなり、胸焼けや吐き気と戦わなければなりませんし、無理をすると必ず体調不良になります。
そんな苦しい目に遭うぐらいなら、食べない方がマシと思えるレベルです。
そもそもです。よく食べることが良いことだと、誰が決めたんでしょうか?
我々のような小食派閥は、レストランなどでもこっそり小盛を頼んだり、食べられそうなメニューを精査したりと、苦労しているんです。すっかり
それなのに、『それだけしか食べられないの?』と責められたり、『小食の人と食事に行っても楽しくない』と愚痴られます。
コース料理は最悪で、周りの人達がどんどん皿を下げて貰って、新しい料理を食べていく間、私の手つかずの皿だけが、どんどんテーブルに溜まっていきます。その時の焦り、そして調理人に対する申し訳なさ、恥ずかしさ。そういう悩みもあるんですよ」
平賀が
「それは……ごめん、平賀」
「小食にそんな悩みがあったなんて、知らなかったんだ」
「いえ、分かって下されば結構です」
ニッコリと笑った平賀に、ロベルトは胸を撫で下ろした。
「さてと、じゃあ実践に取り掛かろう。まずは下拵えからだ」
ロベルトは鍋に湯を沸かし、大量のムール貝を投入した。
それからレバーの下拵えだ。
レバーから血の塊を取り、食べやすい大きさに切る。
氷水にレバーを入れて、細かい汚れを落としていく。
ボウルの水を替えて、四回洗う。
そしてキッチンペーパーでしっかり水気を拭き取る。
こうすればレバー特有の臭みがとれるというのが調理の定番だが、念には念を入れて、レバーを別のボウルに移し、そこに牛乳をレバーが浸るくらい入れ、三十分ほど置くことにした。
これでもう臭みがあるとは言わせない。
次に食感の問題だ。
ロベルトは、レバー特有の食感を和らげる為、低温調理をすることにした。
一塊のレバーを真空パックに入れ、五十度に設定した低温調理器の中へと入れる。
暫く待って、レバーを引き上げると、それに包丁を入れて食べてみた。
ふわりと柔らかい。
(これだけでも十分な気がするが……)
キッチンを見詰めている平賀の視線に気付いたロベルトは、レバーを少しだけ切って、平賀に差し出した。
「食べてみてくれるかな?」
平賀は思い切った様子で、レバーを口に含んだ。
「そうですね……。臭みは余りありませんが、やはり相容れません」
平賀は、眉間に皺を寄せながら、レバーを呑み込んだ。
「やっぱりこれでもダメなんだね。では、いよいよ分子料理の開始だ」
ロベルトには、レバーをどう調理するか、二つの案があった。
(続く)
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