スパイダーマンの謎 2-②


「ところでスパイダーマンの件なのだけどさ、原作のコミックだと、主人公のピーター・ベンジャミン・パーカーは、高校生の時、見学で訪れた研究所で放射能を浴びた蜘蛛に刺されてしまい、壁に貼り付くなど蜘蛛由来の超能力を得たという設定になっていたと思うんだけど、放射能を浴びた蜘蛛に刺されたら蜘蛛と同じ能力が身に付くなんて、いかにもコミックっぽいよね」


 ロベルトの言葉に、平賀は身を乗り出し、きらきらした瞳でロベルトを見た。


「いえ、そうでもありませんよ。私はそれに対して、科学的な説得力がある説明をすることが出来ます」


「そっ、そう?」


「はい。私の考えでは、放射能を浴びた蜘蛛が問題なのではなく、その蜘蛛に寄生していたウイルスが放射能を浴びて変異していたことが原因なのだと思うのです」


「どういうことかな?」


「蜘蛛に寄生しているウイルスは通常、人間に寄生することはありません。ところが、ウイルスというのは、遺伝子変異がとても起こりやすいので、放射能などを浴びたことによって、大きく変異し、人間にも感染力を持つウイルスへ進化したと考えられるのです。


 そして、主人公のピーターは、蜘蛛に刺されたことによって、そのウイルスに感染したのです」


「それって、ピーターが病気になるということじゃないのかい?」


「いえいえ、ことはそう簡単なものではありません。ロベルトは、ウイルス進化論というのをご存知ですか?」


「いや、知らないな」


「そうですか、ではご説明しますね。例えば最近、遺伝子治療が行われているのはご存知ですよね」


「勿論、それぐらいは知っているけれど、具体的な内容までは分からない」


「遺伝子治療の基本はですね、遺伝的疾患を持っている人にウイルスを注入して、疾患を治すんです。その原理は、ウイルスというのは、元々、宿主細胞侵入機構を持っていて、宿主の遺伝子に入り込みますので、ウイルスに特定の遺伝的疾患を感知させる遺伝子を組み込んでおいて、宿主の細胞内にウイルスに与えた遺伝子を導入することが出来るんです。そうしてウイルスは次々と細胞に感染していき、遺伝疾患を治していく。それが遺伝子治療です」


「へえ……不思議なものだねえ」


 ロベルトは感心しながら頷いた。


「でしょう? そこでウイルス進化論です。

 ウイルスによって運ばれた遺伝子がある生物の遺伝子の中に入り込むのなら、そのことによって、生物が大きく進化してきたのではないかという説です。

 こうしたウイルス進化論を唱える科学者たちは、ウイルスの遺伝子が宿主に取り込まれる可能性とその進化的意義については、レトロウイルスの逆転写酵素が発見された直後からすでに議論されていたとし、『進化はウイルスによる伝染病』ととらえ、従来のダーウィンによって唱えられた適応進化論では、生物の進化を説明するのには不十分だとしたのです。


 例えば動物の擬態などはとても不思議な現象ですが、ウイルス進化論を用いると説明しやすいのです。ある環境。例えば、東南アジアに生息する花に棲むカマキリが、その花と、そっくりの色や形状を持っていることなどがあります。

 しかし、何故、こういうことが起こったのか? まさかカマキリが努力して、真似るというようなことはないでしょう。しかし、花のウイルスが遺伝子の運び屋となってカマキリに侵入し、その結果、花に似た色や形状が伝播されたと考えると、しっくりきます。


 つまり私が言いたいのはですね、ピーターが蜘蛛に刺された時、蜘蛛の遺伝子の一部を拾ってきたウイルスに感染し、彼に急速なウイルス進化が促されて、蜘蛛が持つ能力を使えるようになったという結論です」


 平賀の顔は真剣だった。


 その時丁度、オーブンのタイマーが鳴ったので、ロベルトは席を立ち、出来立てのマリナーラを運んできた。


 ピザカッターで切り分け、平賀の皿にも一切れ置く。


 平賀は、ちょこんと頭を下げた。時々、見せるこういう日系人らしい仕草は、ロベルトの気持ちを妙にほんわりさせる。


「ロベルトは、スパイダーマンの能力を持っている者が、四人いるということはご存知ですか?」


「いや、まるで知らないけど?」


「まず、主人公のピーターの他に、パラレルワールドの設定で、マイルズ・モラレスというアフリカ系とヒスパニック系のハーフの少年が二代目スパイダーマンとして活躍します。ピーターが青と赤のスパイダースーツを着ているのに対して、マイルズは黒と赤のスーツに身を包んでいます。

 あと、エゼキエルという謎の人物、シンディ・ムーンという少女もいます」


「何だ、現実の超能力者の話かと思ったら、コミックの話か」


「はい、コミックの話ですけど、イタリアの蜘蛛男は明らかに、スパイダーマンと同じ能力を持っているようですよ」


「例えば?」


「まずは、スパイダーセンスですね。これは、第六感のようなもので、危険を察知する能力です。例えば、背後から敵が襲ってきたとしても察知できる能力とか、相手が悪人か善人かを感じ取れる能力等です。それに、ウェブシューターも使っているようです」


「ウェブシューター? 何だいそれは?」


「蜘蛛の糸の発射装置ですよ。その蜘蛛の糸の強度は抜群で、摩天楼を飛びまわれる程ですが、強い粘着力を持つ半面、使った後は消えてしまうといいます。最初、ウェブシューターはスパイダーマンの作った器具だったのですが、矛盾がひどいので、後には、直接手首から糸を発射するようになったんです」


「矛盾とは?」


「そもそも空気に触れると一瞬で固まる液体なんて、簡単に手に入らないんです。一番近いのは瞬間接着剤でしょうが、あれは触れた物の水分に反応することによって固まるので、とてもじゃないけどそれだけではウェブにはなれません。それどころか発射口が塞がってしまいます。しかも数時間後には消えてなくなるとなると、手作りでは無理です。あとは、スパイダーマンの身体的な能力も通常の人間より向上していると思います」


「で、君の調べたいイタリアの蜘蛛男は、そうした超能力を持っていると?」


「ええ、目撃したという人々の話や、動画に写っている様子を見る限り、そう思えます。どうです? ワクワクしませんか?」


「確かに興味深くはあるね。ただ、調査しにいくって言うけど、あてはあるのかい?」


「その辺りは、ちゃんと準備しています。イタリアの蜘蛛男のまとめサイトというのが作られていて、そこで、いろんなことが紹介されています。蜘蛛男が要請しているゴミ処理場の計画撤回の請願募集もしているんです。かなり人気のサイトで、請願署名が十二万近く集まっているんですよ。私はそこの管理人にメールを送って知り合いになりました。

 彼はベニッツェ村の住人で、私たちが調査するというのなら、力になってくれると言っています」


「それは心強いね」


 すると、平賀はテーブルの隅に置いてあったノートパソコンを開いて、イタリアの蜘蛛男のまとめサイトをロベルトに見せた。


 人家の壁を怪しげな動きで上っていく蜘蛛男の動画が公開されている。


 その蜘蛛男の全身はテカテカと光っていて、奇妙に有機的である。


「ふむ。確かに君が言う通り興味が湧いてきたよ」


「そうでしょう? ロベルト、貴方ならそう言ってくれると思っていました」


 平賀は嬉しそうに微笑んだのだった。



 続く 



                     ◆次の公開は5月20日の予定です。

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