生霊殺人事件 2-①


     2


 キエーザ大臣の遺体が司法解剖を受ける為、検視局へ運ばれていく。


 それを横目で見送っていたアメデオに、ガリエ中尉が話しかけてきた。


「大佐。これまでに判明したことをご報告します。まず、キエーザ大臣宅には脅迫状が届いていました」


「脅迫状だと?」


 ガリエ中尉は頷き、スマホの画像をアメデオに示した。


 新聞や雑誌の文字を切り貼りして作られた、不気味な紙面である。


 アメデオは画面をスクロールしながら、じっくりそれを読んだ。


  『親愛なるO・C殿へ

  貴方の汚職の決定的な証拠となるものを私は所持している。

  これを公開されたくなければ、下記の住所に明日、午前三時に単独で来い。

  三万ユーロと証拠を交換しようではないか。

  単独で来る約束を破ったり、警察に通報したりすれば、

  私は直ちに汚職の証拠をマスコミ、インターネット等に拡散する。

  逮捕の憂き目を見るのはそちらになるだろう』


 続いて書かれた住所はここ、スペルロンガの現場だ。


「大臣はこれで現場に呼び出されたという訳か。で、差出人は?」


「はい。封筒にM・Dとだけ書かれていました」


 ガリエ中尉は封筒の画像を示した。


「M・Dとは何者だ?」


「キエーザ夫人によれば、公設秘書のマリーノ・ダニエリではないかと」


「両者の間に、何かトラブルがあったのか?」


「夫人は詳しく知らないそうです。が、マリーノ・ダニエリの名でSNSを検索しますと、自らオリンド・ダッラ・キエーザ大臣の秘書だとプロフィールに書き、困ったことがあれば自分に相談してくれと呼びかけていました」


「ふむ。虎の威を借る狐タイプか」


「はい、余程、自分の肩書を誇示したかったのでしょう」


「マリーノ・ダニエリのアリバイは?」


「昨夜は愛人とホテルに宿泊していました。裏も取れています」


 ふむ、とアメデオは腕組みをした。


「つまり脅迫状の送り主は別にいて、そいつが真犯人だな。その脅迫状から、指紋やDNA等の手掛かりは?」


「今のところ出ていません。詳細は調査中です」

 アメデオはじっと画像を眺め、封筒に切手と消印がついているのに気が付いた。


「一応、郵便局から出されているな。この郵便局の周辺も犯人特定の為の参考にするべきだろう」


「はい。直ちに手配します」


 続いてパッサリーニ少尉がメモを読み上げる。


「あと、被害者の所有する車が近くで発見されています。カーナビの履歴から、昨夜、その車が大臣宅からこの現場へ真っ直ぐ向かっているのが確認されました」


 パッサリーニ少尉は車の写真をアメデオに見せた。


「つまりその車に、大臣が乗ってきた訳だな」


「そのように考えられます」


「他には?」


 アメデオの問いに、二人の部下は首を横に振った。


「なら、ひとまず聞き込みだ。この付近で不審者や不審車両を見かけた者はいないか、徹底的に調べるんだ」


 アメデオ達と警察は手分けをして、夜まで聞き込みを続けたが、犯人らしき者の目撃者は見つからなかった。



 翌日。アメデオの許に検視局から連絡が入った。


 検視結果が出たようだ。


 アメデオはガリエ中尉とパッサリーニ少尉を連れ、検視局へ向かった。


 地下にある霊安室には、いつも複数の死体が運び込まれていて、ぞっとするほど冷え冷えとしている。


 アメデオはぶるっと身体を震わせて、大臣の遺体が横たわった解剖台の横で彼を待ち構える、死神のように蒼白い顔をした白衣の人物に近付いた。


「お待ちしていました、大佐。私は博士のロマニョーリです」


「宜しく、博士。それで、どんなことが分かりました?」


「殺され方が、大体のところ浮かび上がってきましたよ」


 そう言うと、ロマニョーリ博士は大臣の死体の首の部分をピンセットで指した。


 アメデオがそこを覗き込むと、小さな二か所の火脹れのような痕があった。


ガリエ中尉とパッサリーニ少尉もアメデオの後ろから覗き込んでいる。


「これはテーザー銃の痕ですね。大臣は殺害現場に行き、まずテーザー銃で気絶させられたのでしょう。それから椅子に座らされた。

 気絶した大臣の身体を椅子に座らせる力があるということは、犯人は大方男性に違いありません。まあ、女性数人がかりということもあり得なくはないですがね」


 冗談を言っているつもりなのか、ロマニョーリ博士はアメデオを見て、薄く笑った。


「それで?」


「ええ、それで次はここを見て下さい。口の両端に、強く擦れた痕があるでしょう。

 そして上半身についた傷。これは紐で縛られた後、激しく身体を揺すったせいで生じたものと判断できます。

 つまり犯人は、気絶した大臣に猿轡さるぐつわをかませ、身体を紐のようなもので椅子に縛り付けたのです。

 それから椅子の肘掛けに置いた両手の甲、そして両足の甲に、工具で五寸釘を打ち込んだ。

 大臣は五寸釘を打たれた激痛に目を覚まし、叫ぼうとしても声が出なかった。そして、かなり藻掻もがいたでしょうね」


 アメデオはその場面を想像し、顔をしかめた。


「死因は?」


「胸部と腹部をナイフで切られたことによる失血死です。ただ、興味深いことに、犯人は非常に慎重に胸部と腹部を切り裂いています」


「慎重とは?」


「ええ、必要以上に傷が深くならないよう慎重に、うっかり内臓に損傷を与えて早く死ぬことがないようにしているのです」


「どういう意味だ?」


「じわじわと出血させて死ぬまでの時間、大臣が恐怖を味わうようにしたかったのでしょう。とはいえ、ものの十分程で絶命したとは思いますが。

 そして額の傷から言えることは、額の釘は大臣の死後に打ち込まれたということです。それは出血の少なさから分かります。心臓付近に刺さった釘も死後のものです」


「何とも猟奇的な奴だな……。それ程、大臣が死の恐怖に怯えるところが見たかったということは、怨恨の線も考えてみないとならんな」


「そうかも知れませんねえ」


 ロマニョーリ博士は、淡々と頷いた。


「凶器のナイフや大臣を縛った紐の特定は?」


「ナイフは刃渡り二十センチほどの鋭利な細いもの。紐は細い繊維を編んだような紐ですね。恐らくビニールの紐でしょう」


 アメデオは州警察に連絡を取り、凶器や紐が未発見であることを確認すると、より広範囲でそれらを捜索するよう命じた。


「さて。それでは俺達はイレネオ・ロンキを取り調べるとしよう。準備が整ったと連絡があったのでな」


 アメデオは意気揚々と宣言した。

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