ウエイブスタンの怪物 3ー③

「それはさぞ、お心を痛められたでしょう……」


 だが、それを言い終わらないうちに、バンッとテーブルを叩く大きな音が、辺りに響いた。


 ロード・クリフの婚約者、ダリアがソファから立ち上がり、拳を握りしめている。


「酷い! 酷い! そんな話は私、聞いてない! 聞いていたら、こんな危険な所になんて来なかったのに!」


 ダリアは悲鳴のような声で泣きわめき始めた。


「……僕もそんなこと、知らなかった。僕達は一体、どうなるんだよ……」


 カール・アンダーソンは震え声で呟き、頭を抱えている。


 カールの妻も不安そうだ。


 するとマライアがメイド長を手招きし、何事かを指示した。


 すぐにメイド長がダリアの側に行き、肩を抱きながら、静かな続き間の方へ誘導して行った。彼女を落ちつかせ、仮眠でもさせるつもりだろう。


 カール一家の前には、新しい紅茶が運ばれて来た。


 それらを視線で見送ったマライアは、細い溜息を吐き、真摯な目でロベルトを見た。


「神父様。貴族が平民と結ばれると、罪を犯したことになるのでしょうか?」


「いいえ、そんなことはありません。主はあらゆる人類を平等に愛されています」


「ロベルト神父の仰る通りです。主の愛の前に、人の身分は関係ありません」


 ロベルトの背後から凜とした声が聞こえた。平賀である。


「ところであの怪物の正体は、以前の警察の捜査によって、野生生物だと推測されているそうですね。又、怪物が出現して凶行に及んだ回数も、ハッキリ分かるだけで三度と、そう多いとは言えません。彼が普段から食人を繰り返しているとか、人間を主食としているなども考え辛いところです。

 ですから怪物がこの邸に現れるのには、何かしらの理由があると思うのです。私にはまだ、その理由は分かりませんが……。

 ただ、野生生物は人の都合で動いたり、人を祟ったりしませんから、その点はご安心下さいね」


 平賀は慰めているのか何なのか分からないような台詞を言い、爽やかに微笑んだ。


「えっ……ええ」


 マライアは戸惑いながら頷いた。


 ちぐはぐな二人のやりとりに、ロベルトは内心で苦笑し、アドレイドもほっと表情を緩めた様子だ。


 ウイリアムは不安を振り切ったかのような笑顔で立ち上がり、平賀に握手の手を差し伸べた。


「平賀神父様、今のお話には勇気付けられました。こうして直接お話しするのは、初めてですね。貴方のお父上には、僕の父共々、お世話になっています。貴方のお噂もよく伺っていますよ」


「それはどうも。初めまして、ウイリアムさん。平賀・ヨゼフ・庚です」


 平賀が手を握り返す。


 ウイリアムは続いて、ロベルトの方を見た。


「僕は平賀の同僚で、ロベルト・ニコラスです」


「初めまして、ロベルト神父。この度はご迷惑をおかけしています」


「いいえ。僕の方こそ、話し辛いことを聞いてしまって……」


「とんでもありません。今更、隠し事などしても仕方ありませんから」


 ウイリアムとロベルトも握手を交わした。


 それからウイリアムは、ビルに向かって手を振った。


「おおい、お前もこっちに来いよ。美人の婚約者を紹介してくれ」


「全くお前ときたら、切り替えが早いんだから」


 ビルがエリザベートを伴って、ウイリアムの許にやって来る。


「ビル、お前にも迷惑をかけてるな。足止めを食らわせて済まない。けど、FBIが居てくれて助かったよ。皆、心強く思ってる」


「私にできることがあれば、何でも言ってくれ」


「そうだな。じゃあ、まずそちらの美人の婚約者の紹介をして貰おう」


 そんな雑談をしているうちに、扉が開き、主任警部を筆頭に、十余名の警察官達がぞろぞろとリビングに入って来た。


 警察官達が二人組になって、尋問を開始する。


 平賀とロベルトも、ウイリアム達から少し離れた場所に誘導され、そこで尋問を受けた。


「お二人は神父だそうだが、身分を確認できるものは?」


 平賀とロベルトがバチカンの身分証を見せると、警察官はそれを写真に撮り、ノートとペンを構えた。


「こちらに来た理由は?」


「私の従兄弟の結婚式に出席する為です。ロベルトは友人として、付き添いをお願いしました」


 平賀が答える。


「事件が起きたのは午後十一時頃と考えられるが、その時刻、何処で何をしていた?」


「二人で客室に居ました」


「丁度、眠りに就いた頃だと思います。その前に、執事頭のエイベルさんが客室にナイト・ティーを運んで来られました」


 平賀とロベルトが各々、答える。


「不審な人物を目撃したり、怪しい物音や悲鳴を聞いたりしなかったか?」


「いいえ」


 平賀が即答する。


「ローマからの長旅と結婚式ですっかり疲れてしまい、客室に通された後は外出もしませんでした。風呂に入って、ナイト・ティーを頂き、雑談などしながら眠りました。

 その間、扉や窓を開けたこともなく、外の物音には気付きませんでした。悲鳴なども聞いていません」


 ロベルトが丁寧に答えた。


「ふむ。客室の場所というのは?」


 ありきたりな質問に答えていると、血相を変えた警察官が一人、リビングに駆け込んで来た。


「主任、主任、大変です!」


「どうした?」


「邸の玄関の防犯カメラに、異様な怪物の姿が……!」


「何だと? 全く……本当にここはどうなっていやがるんだ」


 主任警部は苦虫を噛み潰したような顔で、腕組みをした。


 どうやら、他にも何か思い当たる節がありそうだ。


 そう思ったロベルトは、自分達を聴取している警察官にこう言った。


「怪物だなんて、恐ろしいですね。どうやら近くの森に、巨大な怪物が住んでいるという噂があるとか。貴方もご存知ですか?」


 すると、警察官は面倒そうに頭を振った。


「まあ……そういう噂はあるようだが、こっちは迷惑してるんだ。妙なマニア共が夜の森に入っては、『怪物を見た』なんて連絡を警察に寄越すもんでな。

 大方、恐怖心が見せた幻か、自分の影にでも驚いたんだろうよ。昨今では、怪物を一目見ようと観光客まで押しかける有様だとよ」


 警察官は肩を竦めた。


(続く)

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