ウエイブスタンの怪物 4ー①

      4


 主任警部は宿泊客一同に、各々の部屋で待機しておくようにと命じた。


 警察官達が客室まで一同を送り届け、室内を観察してから去って行く。


 ロベルトは軽く肩をすくめて、ソファにどっかりと座った。


「やれやれ。聴取だからってわざわざ呼び出しておいて、今度は部屋で待機しろだなんてね」


「ええ。警察の皆さんは、防犯カメラの映像を見に行ったのでしょう。あれを見たら、私達への疑いは、晴れるのではありませんか?」


 平賀もロベルトの隣に腰を下ろした。


「まあね。少なくとも紋切り型の聴取ぐらいじゃ駄目だとは悟るだろう。僕は皆の聴取の様子をなるべく観察するようにしていたけれど、怪物について言及した者はいなさそうだった。もし目撃者でもいれば、大騒ぎになっていただろうからね」


「そうですね。きっと目撃者はいないのでしょう」


「もしくは誰かが嘘を吐いてるかだ」


「どなたか怪しい方でも、いらっしゃいましたか?」


「まだ分からない。ロード・クリフの婚約者の取り乱しようは、演技とは思えなかったけど、彼女はロード・クリフに一番近い立場で、愛憎が入り混じっていた可能性があるとも言えるしね」


「成る程。私は人間観察が苦手ですので、やはり証拠品から真実に迫りたいと考えます」


 そう言って平賀は、ポケットからファスナー付きビニール袋を取り出した。


 ロベルトがよくよく見ると、中には黒い毛が一本入っている。


「これがロード・クリフ氏の遺体の側に落ちていた証拠品です」


 平賀はそれをテーブルに置き、虫眼鏡で観察し始めた。


「どうだい?」


 頃合いを見て、ロベルトが訊ねる。


「今言えることは、人毛ではないということです。人毛にしては太すぎるからです。熊の毛に近いとは言えます。DNA検査をしてみれば、もっと詳しい情報が分かる筈です。早速、バチカンに依頼してみましょう」


 スマホを取り出した平賀の手を、ロベルトはそっと制した。


「いや、バチカンは動かせないだろう。これは奇跡調査じゃないんだから」


「それはそうですが……」


 平賀が呻吟しんぎんした時、部屋の扉がノックされた。


「警官が戻ってきたかな?」


 ロベルトが立ち上がって扉を開くと、固い表情のビルとエリザベートが立っている。


「お邪魔して宜しいでしょうか、神父様」


「ええ、どうぞ」


 ロベルトが二人を部屋に招き入れ、二人は向かい側のソファに腰を下ろした。


「どうかされましたか?」


「ええ。先程、警官から改めて鑑識の見解を聞いたのですが、被害者の内臓が食べられていたと判明したそうです」


 ビルは青い顔をしている。


「ええ。それで、平賀神父に見せて頂いた怪物の映像が気になって。もう一度、見せて貰えないかしら」


 エリザベートが平賀に言う。


「勿論です」


 平賀はノートパソコンをテーブルに置き、防犯カメラの映像を再生した。


 四人は食い入るようにそれを見た。大きなモニタで見ると、無気味さも倍増だ。


「ふむ……。どう見ても怪物としか言いようがありませんね」


「この鋭い牙で、内臓を食べたのかしら」


 ビルとエリザベートが小声で呟いている。


「この未確認生物について、私は独自に調査をするつもりです」


 平賀は語調を強めた。


「どうやって調査を?」


 三人が口を揃えて訊ねる。


「さっき、警官が仰ってました。ウエイブスタンの森に巨大な怪物が住んでいるという噂があり、興味を持ったマニア達から、目撃証言の連絡が警察に来たりするのだと。

 そのマニアという方を探して、面談するのはどうでしょう。きっと怪物に関する情報を持っている筈です」


 言うが早いか、平賀はパソコンで検索をかけ始めた。


 キーボードを打つ音だけが響く時間が流れる。


 ロベルトはその間にと、テーブルの隅に置かれていたビニール袋をビルとエリザベートに見せた。


「これはロード・クリフのご遺体の側に落ちていた黒い毛です。平賀が言うには、熊のような毛ではないかと。詳しいDNA鑑定を行いたいと考えていますが、バチカンは頼れません。鑑定して下さる機関など、ご存知ありませんか?」


「すみません。個人的理由では、FBIも動いてくれないでしょう」


 ビルが申し訳なさそうに言った横で、エリザベートは満面の笑みを浮かべた。


「私に心当たりがあるわ。FBIの協力機関であるライジング・ベル研究所なら、民間企業だから、個人の依頼にも応じてくれるし、第一、そこの所長とビルは、仲のいい知り合いなのよね?」


 それを聞いたビルは、ハッと膝を打った。


「そうか。マギー・ウオーカー博士か! あの方なら、きっと怪物のDNAに興味を持ってくれる筈だ」


 もっとも、自分よりもウオーカー博士の同胞であるエリザベートの方が、ずっと博士に近しいだろうとビルは思ったが、そこは口をつぐむことにした。

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