生霊殺人事件 8-③


 動きがあったのは、真夜中に入った頃だ。


 フィオナが、全ての資料を読み切ったらしく、大きく伸びをした。


「何か分かったか?」


 アメデオの問いかけに、フィオナは頷いた。


 ローレンも窓辺から移動して、席につく。


「まずは、ダンテ・ガッロが生まれながらの犯罪マニアだって分かったよ。取っている講義も犯罪心理学に関するものばかりだし、レポートも実際の犯罪における心理学的考察ばかりだ。潜在的に犯罪者にシンクロするところがあるんだろうね。犯罪者に対して親和的な表現が目立ってた。

 中でも、完全犯罪を取り上げた卒論で、面白いことを書いていたよ。完全犯罪のやり方とか、凶器の隠し方なんかについて考察しているんだけれど、彼の意見では凶器は何処かに遺棄するのではなく、身近で管理する方が安全だっていうんだ。

 つまり、今までの殺人で使った凶器を、彼は自宅などで管理している可能性が高い」


「なら、自宅に踏み込ませるか!」


 アメデオが腰を浮かせると、ローレンが静かに首を横に振った。


「賢くないやり方だ。物的証拠となるかも知れないが、ダンテの性格から考えて、凶器を綺麗にして、犯罪に使われた痕跡を抹消しているかも知れない。状況証拠あたりにしかならないだろう」


「なんか頭に来る奴だなあ……」


 アメデオは頭を掻きむしった。


「マスターの情報局からの連絡は?」


「程なく来るだろう」


「そっか。ボク、お腹が空いたよ。ルームサービスを頼んでもいい?」


「勝手にするといい」


(よし、いいぞフィオナ。それが俺の求めていたことだ)


 アメデオは思わず拳を握った。


「マスターは何にする?」


 フィオナがメニューを広げ、ローレンに見せる。


「私は特殊メイクのこともあるから、適当なジュースでいい」


「大佐は?」


「俺はクラブハウスサンドとカフェオレだな」


「了解」


 電話に向かうフィオナの後ろ姿をぼんやり見ていたアメデオだったが、ふとまだ解けていない疑問を思い出した。


「そう言えばだな、ローレン。クレメンテ・カシーニが生霊殺人事件を起こしたとされた夜、刑務所の監視カメラに幽霊が映っていたんだ。あれは一体、何だったんだ?」


「ああ、あの動画か。あれはただの虫だ」


「虫だって!?」


「そうだ。赤外線カメラは言うまでもなく、赤外線で事物を照らし、感度の高いカメラでその映像を捉えている。あの動画は、赤外線を反射した虫が画面を横切ったものだ。

 こういう現象はしばしば起こるものだし、赤外線カメラが捉えた塵や埃をオーブなどと言って、オカルト番組に売り込む者もいる」


「そう……だったのか。ただ、生霊殺人事件なんて、得体の知れないことが起こっていた刑務所だから、気味が悪いと大騒ぎになっただけってことか」


「だろうね」


 ローレンは淡々と答えた。


 暫くすると、食事のワゴンが運ばれ、ソファセットにそれらが並んだ。


 三人は食事を摂り、アメデオは腹が膨れたせいか、ソファの座り心地が良すぎるせいか、眠くなってきた。



 いつの間に眠ってしまっていたのだろう。


 アメデオが目を覚ますと、大きな窓の向こうに薄らと白み始めた空が広がっている。


(綺麗な空だ……)


 寝ぼけた頭でそんなことを思った時、突然、フィオナの顔が目の前に現れたので、アメデオは反射的に飛び起きた。


「大佐ったら、いつまでのんびり寝ているのさ。本当に呑気なんだから。まあ、そのお陰でマスターとゆっくりお話し出来たから、ボクはいいんだけどね」


「ゆっくりお話しだと? どんな話だ?」


 アメデオがローレンを振り返ると、ローレンはパソコンの前で短い溜息を吐いた。


「情報局から結果が出てきた。こちらに来て、パソコンの画面を見てみたまえ」


 アメデオは言われた通り、ローレンの傍に行って、画面を覗き込んだ。


 河原で赤いパーカーを着た黒人が、サングラスをかけた白人男性に、荷物を渡す様子が映っている。


「本当に、見つけたのか!」


「私の情報局は世界一だと言っただろう。この後、白人男性は一軒の家へ向かった。住所はダンテ・ガッロの家と一致する。黒人男性の住所も判明した」


「じゃあ、この黒人の男を尋問だな」


「いや、フィオナとも話し合ったが、それは得策じゃない」


「何故だ?」


 すると、フィオナが近づいてきた。


「そうじゃなくって、有罪を確定するのに、もっと適切な方法があるんだよ」


「適切な方法?」


「囮捜査さ」


「囮捜査か……」


「うん。大佐は『連続凍死殺人事件』のこと、知っている?」


「ああ、精肉店の冷凍室に吊るして殺しをやっていたマフィアだな」


「そう。その犯人に扮した刑事を、ボニートに接触させるんだ。身の上話は、ボニートが食いつくようなものに、ボクが脚色する。

 次に、ボニートがダンテに接触する機会には、カウンセリング室に盗聴器をしかける。

 恐らくダンテはすぐに行動を起こすだろう。そして殺人を起こそうとする瞬間を逮捕するんだ」


「ふむ。だがな、もし、殺人を止めることが出来なかったらどうするんだ? それに尾行がバレる心配もあるぞ」


「その点に関しては、私が偽の情報を、ネットやダンテがアクセスしそうな警察資料に書き込むことで、ダンテを誘導する。

 殺害対象者も、警察官に演じてもらう。尾行がバレることも考慮して、ダンテに殺害時刻や殺害現場を選ばせる。ここでも上手くダンテを誘導するんだ。

 警察はそこを見張っているだけでいい。

 その手順はフィオナと詳しく打ち合わせたので、後で聞いてくれたまえ。

 君達は、殺人未遂の現場を押さえ、縄と灯油を買った男の証言を引き出し、出来ればダンテの逮捕後に家宅捜査をして、凶器の押収をする。

 ここまですれば、ダンテも白を切れないだろう」


「そっ、そうか……。早速フィオナに聞いて手配する」


 アメデオは、自分が眠ってしまっている間に、既に逮捕への段取りが取り決められてしまっていることに、つくづく自分の不甲斐なさを感じた。


「なあ……。俺って何なんだろうな……」


 溜息交じりに呟いたアメデオに、ローレンは不思議そうな目を向けた。


「どういう意味だね?」


「だって、俺なんかいなくても、フィオナとアンタだけで、どんな事件でも解決出来てしまうだろう。何で、俺なんか咬ませてるんだよ」


「それが分からないのか?」


 ローレンの言葉に、アメデオは苦笑いした。


「どうせ俺が馬鹿で、アンタの手助けなしじゃ何も出来なくて、操り人形として丁度いいからなんだろう?」


 するとローレンは眉をひそめ、心底馬鹿馬鹿しいという顔をした。


「大きな勘違いだ。君程度の馬鹿と、自分が賢いと思っている人間との差など、私から見れば大した差ではない」


「なっ、なら……何で……」


「君以外にも、大勢の人間が候補には挙がっていた。しかし、私が君を選んだのは、君が善人だからだ」


「俺が……善人……」


「そうだ。私の世界一の情報網をもって、君が小さな悪事さえ働いたことが無く、職業上の特権を乱用したことも無く、家庭的で、人々の良き隣人であることが証明された。

 アメデオ君、私はね、自分の近くに置くのは善人だけだと決めている。悪人は、何をしでかすか分からない。私は人より優れた所を持っているが、肉体的には極めて虚弱だ。暴力には、簡単に屈するだろう。そんな私の弱みを狙う悪人は沢山いる。

 だから私は、善人を自分の周囲において、砦にしている。善人であることは、あらゆることを凌駕する長所なのだよ」


 至極真面目に言ったローレンの言葉に、アメデオは呆気にとられ、暫く言葉を無くした。


(善人……俺は善人なのか……。それがローレン・ディルーカの求める素養なのか……。そうか……そうか……)


 アメデオの胸には、ふつふつとした喜びが湧いてきた。長年、胸につかえていたものが、すっと無くなった、晴れやかな気分だ。


「大佐、行こう。さっさと犯人逮捕だよ」


 フィオナの言葉に、アメデオは、「おう!」と元気に答えたのであった。




(終)

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