エレイン・シーモアの秘密の花園 5-④

 携帯のライトで、奥へ続く廊下を照らすと、突き当たりに扉があり、ピンクのドアプレートがかかっている。


 恐らく子ども部屋だ。


 扉をそっと開く。


 携帯のライトで照らされた部屋の中には、子どもの玩具などがあり、天蓋付きの大きなベッドがあった。


 ベッドの側には車椅子が置かれている。


 間違いない。


 エレインはそっとベッドの脇へ行き、天蓋のレースを開いた。


 少女が背中を向けて眠っている。


 美しいプラチナブロンドの髪だ。


 ジュリアによく似た顔を想像しながら、エレインは少女の顔の方へ回り込もうとした。


 その瞬間だ。


 少女の頭がぐるりと百八十度、回転した。


 現れたのは、ピノキオのような長い鼻をした、木の人形の顔だ。


 それが大きな口をパッカリと開いた。


『ケタケタケタケタ』


 不気味な笑い声が辺りに響いた。


「ひっ!」


 エレインは堪らず悲鳴を発し、後ずさった。


 その首元に、ヒヤリと冷たいものが押し当てられる。


 視線をそっと動かして見ると、鋭いナイフの刃がエレインに突きつけられていた。


 身体が硬直する。


 何が起こっているのか、まるで分からない。だが、今度こそ、殺される。


「こんばんは。子鼠さん」


 背後から、聞き覚えのある怜悧れいりな声がして、プラチナブロンドの髪がエレインの肩にふんわりとかかった。


 横目でそちらを窺うと、ジュリアの笑顔がすぐ側にある。


 すうっと全身の血の気が引いた。


「ジュ……ジュリア様…………。私をどうするおつもりですか?」


 エレインのか弱い問いかけに、ジュリアは冷たく微笑んだ。


「別に、どうもしませんよ」


「一体、何故ここに……」


「それは私が、貴女をここに招いたからです」


「ど…………どういう意味ですか?」


「いえね、折角、貴女が乗り込んで来られたのだから、一寸した余興を楽しんで貰っただけなんです」


「余興? 一体、いつから……」


「最初からに決まっているじゃありませんか」


「最初……?」


 最初、とは何処だろう。


 アダンのことも? いや、あの探偵事務所さえも? そもそもこの家を用意したことも? あの不気味な大男も?


 全部がジュリアの余興だったのだろうか?


 面白半分にこんな余興を仕掛けるなんて、なんて酷い話だろう……。


 なんて…………。


 なんて…………。


 ジュリアのナイフが、そっとエレインから離れた。


「シーモアさん、貴女は愉快な方ですねえ。アダンをたぶらかしてコールガールを抱かせるなんて、趣味がいい。どうやら貴女は、自分の身を投げうってまで、ルッジェリに尽くそうというような、ただの忠犬ではなさそうだ。

 さて。そこを見込んで、貴女に話があります。

 無論、ここで起こったことをそのままルッジェリに話して貰っても、私は一向に構わない訳ですが、貴女には、もう一つの選択肢があります。私に雇われませんか?」


「わ、私に、何をお望みですか? 二重スパイをしろと?」


 精一杯のエレインの言葉に、ジュリアは、ぷっと吹き出し笑いをした。


「二重スパイだなんて、そんな無粋な。私はルッジェリのことなんて、何も探る必要がないんですからね。

 貴女はルッジェリの秘書を続けたままで、必要な時に必要なことをして頂ければいいのです。時が来れば、私が命令します」


 その冷たい言葉に、エレインは打ち震えた。


 あのルッジェリに対して、探る必要もないと言い切るジュリア。


 酷い余興を仕掛けたジュリア。


 しかもそれを隠す気さえないジュリア。


 命を奪われる恐怖にさらされたエレインの気持ちなど、考えもしないジュリア。


 まさに、これこそが傲慢な神。


 エレインが求めていたものだ。


 

  なんて素晴らしい、素晴らしいわ!



 ジュリアの飼い犬になれば、興味の尽きない世界を垣間見ることが出来るだろう。


「分かりました。ジュリア様。私は貴方にお仕えします」


 深々とジュリアに頭を下げたエレインは、恍惚の表情で微笑んでいた。




(終)

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