スパイダーマンの謎 6-①
6
平賀は成分分析機を作動させ、次にアンニョロが撮影した人家を上る蜘蛛男の動画と、今日撮影した人家の写真をパソコンの画面に並べた。
じっとそれらを凝視し、画像の一部を拡大したり、鮮明化したりしている。
ロベルトはその間に、ホテルのルームサービスを頼んだ。トーストとスクランブルエッグの組み合わせで、一番安くて簡単なメニューである。
たったそれだけの品なのに、ルームサービスが運ばれて来るまで一時間近くかかった。
ロベルトはスタッフから料理の載ったトレーを受け取ると、空いた机の上に置き、コーヒーを二杯淹れた。
平賀はというと、今度はチェーリオが撮った写真を熱心に眺めている。
「平賀、一息吐いて夕食にしないかい?」
「あっ、はい。そうですね」
平賀は意外なほど素直にパソコンから離れて、ロベルトの隣にやってきた。
「どうだい? 何か分かったことはあるかい?」
コーヒーを飲みながらロベルトが訊ねると、平賀はこくりと頷いた。
「アンニョロさんの動画は、どうもフェイクのようです」
「そうなのかい?」
「ええ。同じ人家を写しているのに、壁の部分を拡大して鮮明化すると、アンニョロさんが写した人家の壁の方が凹凸が大きいのです。それに凹凸の間隔も違います」
「つまりそれって……」
「恐らく人家の壁に近い材料を地面に敷き、その上を蜘蛛男のコスチュームを着て這った動画を撮り、人家の壁の部分に貼り付けたのではないかと思われます」
「そうか。アンニョロは少し怪しかったからね。じゃあ、チェーリオの写真の方は?」
「今見ている限りでは、フェイクとは言い切れません。それに、他に蜘蛛男を目撃した人達の証言も無視できませんし」
「ふむ。アンニョロが皆を巻き込んで、蜘蛛男をでっちあげているとも限らない訳だね。ひとまず僕は明日、アンニョロと話をしてみようかと思う」
「是非、そうして下さい」
「了解した」
ロベルトはアンニョロと連絡を取り、明日の約束を取り付けた。
そして二人が質素な夕食を食べ終わった頃、成分分析機が音を立て、作業終了の赤ランプを灯した。
早速、平賀が立ち上がり、分析結果のレポートを読み始める。
真剣な目でレポートを見詰めること約十分。平賀は少し眉を寄せて、顔を上げた。
「結果はどう? 何か分かったかい?」
「綿棒とは違う成分が出ています。私が見る限り、これは恐らく石油から得た炭化水素類の混合物です。大部分は、分岐鎖を有するパラフィンおよび脂環式炭化水素を含んでいるかと」
「特別な物質かい?」
「いいえ。単純に言うと、私達が日常で使うワセリンというものです」
「潤滑剤や皮膚の保湿・保護剤として使う、あのワセリン?」
ロベルトは首を傾げた。
「ええ。切創、擦過傷、熱傷、ひび割れ、乾燥肌等に使う油性軟膏です」
「ふうん……。確かにベタベタした肌触りではあるけど、それで壁に貼り付くことなんて、可能かな?」
「常識的には不可能だと思います。それに蜘蛛がワセリンを分泌するという話も聞きません。しかし、ワセリンの粘度に、某かの体の構造が加わり、壁を上れる効果を得ているのかも知れません」
平賀はそう言うと、小難しい顔をして考え込んだ。
ロベルトは平賀の思考の邪魔をしてはいけないと思い、手持ち無沙汰を解消する為、パソコンでアンニョロの運営するサイトを開いた。
ごみ処理場建設反対に対する票が、またぐんと増えている。
そして、蜘蛛男の動画がまた一つ追加されていた。
蜘蛛男のことは、一寸したブームになっているな……
ロベルトは小さく溜息を吐いた。少し面倒な事態になりそうだ。
近年はウェブ上で、SNS等を通じて多人数が噂をしたり、意見や感想を述べ合ったりして、一挙に話題が広まる現象がよく見られる。ウェブ上の口コミを利用したマーケティング手法も有名だ。
アンニョロも自らのサイトの存在を知ってもらおうと、宣伝に勤しんでいるのだろうか。
蜘蛛男がもっと有名になれば、大手の新聞社などのマスコミがアンニョロの写真を買いつけたり、動画の再生回数が伸びて広告収入を得たりすることが出来る。
そしてそうなれば、蜘蛛男のフェイク写真やフェイク動画が次々と世に出てくることになるだろう。
フェイク動画を作る者達は、自分の作品をテレビや新聞に売り込んで金を稼いでいると聞く。よく出来たフェイク動画なら、その使用料は五千ユーロにもなるという。
今やフェイク動画はビジネスなのだ。
アンニョロも、そういう類の輩だろうか……。
ロベルトが、ぼんやりそんなことを考えていると、その腕を平賀がいきなり掴んだ。
「ロベルト、行きましょう」
「え? 何処に?」
「品揃えのいい家電店と、食品を扱うスーパーです」
「買い物かい? なんだか急だな……。待ってくれ、この近くにそういう場所があるか、検索してみるよ」
ロベルトはパソコンで検索をかけた。
隣町に大型の家電量販店がある。しかも、地下一階は食品のスーパーだ。
「車で二十分ほど行った所に、良さそうな店があるね」
「では、其処に行きましょう」
平賀は理由の説明も無く、掴んだロベルトの腕を、ぐいっと引っ張ったのだった。
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