生霊殺人事件 3-③


     5


「オネスト! オネスト! 一寸、こっちに来て!」


 すると木の衝立にもたれていた男が、小走りに駆けて来た。


 筋骨隆々の大男で、眉が濃く、目元は鋭く、精悍な顔つきをしている。


「どうしたんだ、ブリジッタ」


「聞いてよ。このカラビニエリの大佐が、例のキエーザ大臣殺しに、私が関与しているって疑っているのよ」


「何だって!? 彼女は無関係だ。失礼を言うな」


 オネストは声を荒らげて、アメデオを睨んだ。


「君には証明できるのか? 事件の夜、彼女は何をしていたんだ?」


 アメデオも負けじとばかりにオネストを睨み返した。


「証明なら出来るとも。

 あの日、僕とブリジッタは一緒に夕食を摂った。それからバーで深夜三時頃まで呑んだ。酔って足取りが怪しくなった彼女を、僕が家まで送って、僕もそのまま彼女の部屋に泊まったんだ」


 オネストは滑舌よく答えた。


「二人のアリバイを証明してくれる者は?」


「そうだな、まず、食事をしたトラットリアは『アッラ・マドンナ』。二人で何度か通った店だから、店員が顔を覚えている筈だ。それに予約は僕の名前、オネスト・ロッシで入れたし、支払いも僕のクレカだ。

 『シャイニング・バー』のバーテンダーのベルトルドは、もっと僕達を覚えているだろう。あの夜は三人で盛り上がったからな。

 僕とブリジッタが朝まで一緒だったことは、ブリジッタとシェアハウスしているカルメンが知っている」


「では、そのトラットリアとバーの場所と連絡先、それからベルトルドとカルメンの連絡先を教えて貰おう」


「ベルトルドの連絡先はバーでいいだろう? カルメンの携帯は……教えていいか?」


 オネストがブリジッタに問いかける。


「構わないわ。シェアメイトの緊急事態だし、許してくれる筈よ」


「ああ、分かった」


 オネストは自分の携帯でトラットリアとバーのホームページを表示して、アメデオに見せた。アメデオが店の住所と電話番号をメモする。


 二つの店舗の住所は、ブリジッタの家の近くだ。彼女の行動範囲は、そう広くないようだ。


 最後にカルメン・グエッラの携帯番号のメモを取る。


「じっくり調べさせて貰うよ」


 アメデオはニヤリと笑った。


「せいぜい頑張るんだな」


 オネストが吐き捨てるように言う。


「どうぞお好きに」


 ブリジッタは不機嫌そうに腕組みをした。


「さてと。念の為、ブリジッタさんに、もう一つ質問しておこう。

 ロンキが親しくしていた人物に心当たりはないか? ロンキの為なら殺人でも犯すような危険な人物だとか」


 するとブリジッタは首を横に振った。


「そんな人の話、聞いたことないわ。イレネオに親友はいなかったし、姉弟だって、両親が亡くなってから皆、バラバラに暮らしてる。もう連絡も取り合ってないみたい。

 一度だけ、イレネオが姉さんにバースデーカードを送った、って話を聞いたことがあるぐらいよ」


「そうか。まあ、今日のところは、ここで引き下がってやる。だが又、捜査に協力して貰うからな」


 アメデオは警告するように言い残し、オネストの罵声を背中に浴びながら、フィールドを後にした。



 アメデオがまず向かったのは、トラットリア『アッラ・マドンナ』だ。


 テーブルが十卓ばかりのこぢんまりした店内は、ランチタイムも終わって、閑散としている。


 アメデオはレジカウンターにいた店員に、身分証を示した。


「一寸聞きたいことがあるんだがね。三日前の日曜の夜、ここでオネスト・ロッシとブリジッタ・カランドラが食事をしたかどうかを知りたいんだ。

 オネスト・ロッシの名で予約が入っていたか、調べてくれ」


「え、ええ。分かりました」


 店員は使い込まれた予約台帳を捲り、その中の一行をアメデオに示した。


「こちらですね。オネスト・ロッシ様の名前で、二〇時から二名様のご予約が入っています。チェック欄に印が入っているので、確かにご来店されていますね。

 あと、お客様のことは店長が一番詳しいので、呼んで来ます」


 少しすると、丸々太った赤ら顔の男がやって来た。


「どうも、店長のサントーロだ。

 あの日、ロッシさんが女連れで来たのは覚えてるぜ。二人ともマッチョだから目立つんだ。女性の名前は聞かなかったが、長い黒髪で気の強そうな美人だったぜ。

 二人ともよく食って呑んで、二時間ばかり店にいたね」


 サントーロの証言は、ブリジッタの特徴と一致する。だがまだ確定とは言えない。


「その二人の様子を確認できるような、防犯カメラの映像はないか?」


 アメデオの問いかけに、サントーロは笑って肩を竦めた。


「悪いがうちにはそんな物はないよ」


「そうか。ご協力に感謝する」


 アメデオは店を後にした。


 サントーロが目撃した女性がブリジッタだという確証はない。


 又、ブリジッタが本当にここで食事をしたとしても、二十二時に店を出た後、犯行に及ぶことは可能である。


 何より大事なのは、バーテンダーの証言だ。


 アメデオはバーに電話をかけたが、誰も出なかった。


 次にシェアメイトのカルメンに電話をかける。


『はい、カルメンよ』


「カラビニエリのアメデオ・アッカルディという者だが……」


『ああ、ブリジッタから話は聞いてる。あの日、ブリジッタとオネストが二人で帰ってきたかどうか、って話よね。勿論、帰って来たわ。

 二人が立てる物音が大きくて、私、起きちゃったんだもの。それで「夜中なんだから、もっと静かに帰って来てよ」って、二人を叱ったわ。

 時刻はハッキリ確認してないけど、真夜中だったことは確かよ』


「それは本当だな? 友人を庇ってるんじゃないだろうな。偽証は罪に問われるぞ」


 アメデオは凄んで言った。


『ええ。神に誓って本当よ』


 カルメンは力強く答えた。



 続いてアメデオは、『シャイニング・バー』に足を向けた。


 扉には準備中のプレートがかかっているが、店内に人の動く気配がある。


 アメデオは扉を強く叩いた。


「カラビニエリだ。ここを開けてくれ!」


 暫くすると扉が開き、小柄でガッチリした身体つきの男が現れた。年齢は三十代半ばだろうか。


 男の迷惑そうな顔の前に、アメデオは身分証を翳した。


「何か用ですか?」


「ああ。バーテンダーのベルトルドという男に用がある」


「ベルトルドなら俺ですけど」


 ベルトルドは不審そうに答えた。


「そうか。実はな、三日前の日曜の深夜、ここにオネスト・ロッシとブリジッタ・カランドラがいたかどうかを確認したいんだ」


 ベルトルドは数秒考えた後、満面の笑みを浮かべた。


「ああ、いましたよ。オネストとブリジッタでしょう?

 二人が熱心にサバゲーの話をしてて、俺も相槌を打ちながら聞いてたら、ブリジッタが俺にも一緒にやらないか、って言い出したんですよ。『オネストは背がでか過ぎて標的になりやすいけど、ベルトルドの体格なら丁度いい』とか言ってね。

 それから三人で筋トレの話やらスポーツジムの話、過去の失恋話まで言い合って、大いに盛り上がりました。

 オネストは朝まで呑める勢いだったけど、ブリジッタが泥酔しちゃったもんで、午前三時過ぎにお開きになったんです」


「何だと? それは確かなのか? 別の日の記憶違いじゃないだろうな」


 アメデオは勢いよく詰め寄った。


「ええと、待って下さい。確かその日、盛り上がって三人で写真を撮ったんだよ」


 ベルトルドは携帯を操作して、「ほら」と画面をアメデオに示した。


 オネストとブリジッタ、ベルトルドが肩を組んで笑っている写真である。


 その画像の上には、撮影場所と撮影日時が表示されていた。


 日時は月曜日、午前二時半。


(そ、そんな馬鹿な……)


 アメデオは混乱しつつも、写真データのコピーをベルトルドから受け取り、バーを後にした。



(写真も何かのトリックか? 一体何なのか、訳が分からない……)


 顰め面でカラビニエリのオフィスに戻ると、机の上に、刑務所長のドゥーニから届いた封筒が置かれている。


 中にはDVDが入っていた。


 アメデオは虚ろな顔で、DVDを再生した。


 モニタに映し出されたのはがらんとした面会室だ。


 ブリジッタが入って来て、アクリル板の手前に座る。


 暫くして、看守に付き添われたロンキが、アクリル板の向こうに座った。


 看守がロンキの椅子の背後で、二人を見張っている。


 ロンキは興奮している様子だ。身体を揺すったり、時に立ち上がったりする。


 ブリジッタはじっと座ったままだ。


 面会時間が終わるまで、同じような場面が続き、ロンキが看守に連れられて退場する。


 ブリジッタも去った。


 その間、二人がアクリル板に細工したような動きもなければ、看守が目を離した様子もなかった。


「おい、一体、何なんだ、どういうことなんだ!」


 アメデオは机を叩いて悲鳴をあげた。




(続く)


                     ◆次の公開は6月下旬の予定です。

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