ウエイブスタンの怪物 8ー④
それから警察が到着し、エイベルは連行されていった。犬と着ぐるみもまた証拠物として警察に引き取られた。
全てが終わった後に、犯人を知って驚いていたマライアであったが、平賀とロベルトは一応の事情を彼女に語った。
するとマライアは酷く怪訝な困惑した顔になった。
「私とコンスタントが恋仲だったことなど、一度もありませんわ。確かに私は彼を信頼していましたし、よく尽くしてくれましたけど、そう思わせるような言葉や態度も示したことがありませんし、実際、それ以上の感情なんて持っていませんでした。私が愛した人は、亡き夫只一人です」
きっぱりとそう言い切ったマライアに、嘘偽りはなさそうであった。
「そうなると、全てはコンスタント氏の深い思い込みだったという訳になるのか……」
「恐らくはそうでしょうね。そうだ、ご当主、森に建物がありましたが、いつごろからですか?」
「二十七年前辺りでしょうか? 当時、あの森を持て余していた父が、英国政府から一部買い受けたいという話があって、喜んで手放したんです」
「そうですか」
平賀は何かを考えている様子であった。
ともあれ事件は解決し、ビル達と共にホテルに戻って、帰り支度を始めた平賀とロベルトだったが、ロベルトには一つだけ疑問に思っていることがあった。
「平賀。今回や二十五年前の事件の謎は解けたわけだけれど、昔、ウエイブスタン家の当主が森で怪物に殺されたという話は、どういうことなんだろう?」
「それこそ熊かと思われます」
「何故?」
「あそこの森には以前、熊が棲んでいたようです。そしてその頃は奴隷狩りをして、死体を放りっぱなしにしていたんでしょう? 熊は普段は木の実などを食べますが、飢えている時は、地面にあった人間の死体だって食べるものです。
そうした熊が、人間の肉の味を知り、人を襲うようになった。
昔のご当主は、その被害者だったのではないでしょうか。
それで一時期、事件が起こり、怪物がいると信じられたのが事の発端だと思うのです」
「成る程、つまりは自業自得だったというわけか……」
「ええ」
「腑に落ちたよ。それにしても勝手に恋愛関係だったと妄想して、逆恨みで罪を犯すなんて、どうにかしているよ」
「本当に勝手にでしょうか」
「どういうことだい。マライア様は否定していたじゃないか」
「マライア様は、嘘を言っていないと思います。ただもし、もしもですが、コンスタント氏が、あの森で散歩や偵察をするのが日課だったとすれば、当時からあの森では5P-42フィリンの実験がなされていたと思うのです。
それが何かの引き金となって、ありもしない妄想を生み出したのかもしれません。とはいえ、憶測なのですが」
沈んだ顔になった平賀の背中をロベルトは、勢いよく叩いた。
「そんなことを考えたってしょうがないよ。元気を出すんだ。君が気に病む必要はない」
「ええ、そうですね」
「僕は早く帰りたくなったよ」
「私もです。帰って貴方の手料理が食べたくなりました」
「任せてくれたまえ」
平賀とロベルトは、互いに顔を見て頷いたのであった。
(終)
バチカン奇跡調査官 藤木稟/KADOKAWA文芸 @kadokawa_bunko
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