素敵な上司のお祝いに 4ー③



「おや、今度は簡単じゃないか。見た目で分かるぞ。食用カエルのフリッターだ。ポワソンに魚でなく、カエルを選択したところが特別だという訳かね?」


 ルッジェリはチューリップ状に仕立てたフリッターに、ソースをつけて口へ運んだ。


「ふむ。淡泊でジューシーな肉の奥に、力強い旨みも感じられる。臭みは全くないし、身離れも良い。カエルには詳しくないが、フランスの名産というやつだろう。

 ソースは極めて濃厚で、パセリとルッコラの風味に加え、強い塩味とアクセントが効いている。これは……豚の背脂の塩漬けを使ったのではないかな?」


「はい。貴方のお言葉通り、正しくは両生類であるカエルは、フランス料理では魚料理に分類されているのです。中でもブルゴーニュ地方のドンブ湿原で捕れるフレッシュなグルヌイユは、最も美味とされる天然種で、今が丁度、旬にあたるのですよ。

 ソースに背脂の塩漬けを使ったというところも、正解です」


 ジュリアは淡々と答え、ワインを飲んだ。


「ということは、この勝負は私の勝ちだな? 口直しの後は、いよいよメインの肉料理か。君とのクイズは楽しかったが、正直言って、待ちくたびれたぞ」


 ルッジェリは指をポキポキと鳴らした。


 口直しの小皿は、テイスト・オブ・ダイアモンズを砕いたグラニテである。

 そうして間もなく二人の前に、メインの大皿とサラダが運ばれてきた。

 見事な焼き色のステーキの上に、強烈なアロマを放つ黒トリュフがたっぷりと載っている。付け合わせには、トリュフの香りのニョッキとセップ茸、ジャガイモのガレット、ソーセージ入りのキッシュ。


 まずルッジェリはステーキの表面をじっくりと観察し、匂いを肺一杯に吸い込んだ。

 おもむろに、切れ味の良いナイフを肉に差し入れると、中から肉汁があふれ出し、美しい赤身の断面があらわになる。大きな肉の一切れを含むと、官能的な味わいが口一杯に広がっていく。

 ルッジェリはかれたような顔で無言のままナイフを動かし、二口目を食べた。


 その様子を見ていたジュリアが、そっと口を開いた。


「昔からフランスの王侯貴族は、まず狩猟をして、獲物を調理させ、パーティで振る舞いました。狩猟解禁となる秋冬にジビエを楽しむのも、フランス料理の醍醐味だいごみですね」

「ああ……。成る程、だから君は、このシチュエーションを選んだのか。この国立公園にしか生息しない野生動物を狩ったんだな。

 実際、この肉は初めて食べる味だ。アメリカバイソン? その子供だろうか?」

「いえいえ、ルッジェリ。この場所を選んだのは、演出の為です。この肉はジビエに分類されるものではありません。

 ただし、肉の調理法とソースには、ジビエ料理のテクニックを応用しています。

 こちらの濃厚なソースは、大きく割った骨といためた香味野菜にコニャック、赤ワインを加え、フォンドヴォーとスパイスと共に煮たものを漉し、ソテーした内臓と共にミキサーにかけ、さらに加熱した後、バターと塩胡椒、生クリームなどで味を調えた、特製サルミソースです」


 ジュリアの謎かけのような台詞せりふに、ルッジェリは首をひねった。

 もう一口、肉を食らう。濃厚な旨味が、口の中を極楽のように染めていく。


「肉質は柔らかく、脂肪と赤身の比率も丁度いい。繊細な肉質と繊維の具合は、まるで和牛のようだ。甘みが強いが、それ以外に様々な風味がする。嫌な感じの雑味はないな……。肉には一定の臭みがあるが……。ううむ……」


 ルッジェリは暫く唸った後、ナイフとフォークを置き、ジュリアをじっと見た。


「どうやら負けを認めるしかないようだ。ジュリア、教えてくれ。この美味い肉は何なんだ? 是非とも今後の私の好物リストに加えたいんだ」

「ええ、ご説明します。でもその前に、ルッジェリ。付け合わせのガレットとキッシュ、それからサラダも是非お試し下さい」


 ジュリアに言われるまま、ルッジェリはガレットを食べた。


「これは濃厚だ! 中に入ってるのは白子だろうか? コクと旨味が凝縮している」

「はい。そちらには内臓と脳みそを使っているのです」

「ふむ、成る程な。凝っている」


 続いてルッジェリは、キッシュをぱくりと食べた。


「新鮮な血の香りが鼻に抜ける……。その中に、コリコリとした食感がある」

「そうでしょうとも、そのソーセージは今朝、作り立てなのです」

「血のソーセージか。さて、あとはサラダだったな。ドレッシングはジュレタイプか」


 ルッジェリはサラダを一口食べた。


「この香りと味は、コンソメジュレだな。おや、中につるりとしたゼラチン質が入っている。この食感は……もしかして、目玉ではないか? 実にいい喉越しだ」

「ええ、大正解です。気に入って頂けたようでうれしいですよ。

 さて。ここで貴方に、一つ質問です。貴方は人工肉を食べたことはありますか? 最も研究の進んだ人工肉といわれるビヨンド・ミートは、実際の肉のパテのタンパク質と脂質の構造をMRIで分析し、植物由来の成分を同様の構造に構築して作られているそうですね。グリルの上で本物の肉のように焼け、肉のしっとりした感触や焦げ、みごたえをとどめ、肉の香りさえ放っているとか」


 すると、ルッジェリは、疑わしい目でジュリアを見た。


「人工肉だと? まさか私が食べたのは、人工肉なのか?」

「まさかでしょう。私が貴方にそんな粗雑な偽物を用意すると思いますか?」


 ジュリアの言葉に、ルッジェリは少しほっとした様子で、椅子の背もたれに身体からだを沈めた。


「なら、何の肉なんだ。早く教えてくれ」

「ええ。今、私達が食べていたのは、人肉です」


 ジュリアはルッジェリの耳元に、そっとささやいた。

 ルッジェリの眉がぴくりと動き、その鋭い瞳がジュリアを見る。


「何っ……」

「ご安心下さい。得体の知れない人間をさばいて料理したりはしていませんから。貴方が食べた肉の正体はこれですよ」


 ジュリアは自分の皿の横に置かれていた銀の蓋付きの盆を、ルッジェリの目の前に滑らせた。

 そうして銀の蓋を静かに外した。



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