第13話 エルザの疑惑

 龍王の城は龍神山脈の最高峰であるドラゴニア山の龍神家の谷にある。

 山の中腹を抉り取って造られているため、外からは龍の発着場になっているテラスしか見ることができない。


 城の中の通路は龍が通ることができるほど広い区画もあるが、大部分が人間の大きさで暮らせるような造りになっている。

 それはこの城が千歳を超える龍のために造られた城だからである。千歳にも満たない若造は、王族を除いて城の中には入れないのだ。





 謁見の間でエルザは、玉座に座る龍王ベイグランドとその妃であるアニエスに対面していた。

 エルザが何者かに襲撃されたことやジュリアス・フリードに逢ったことについては、執事のドロクスに伝えてある。必然的に龍王にも伝わっているはずである。


「龍王様とお妃様におかれましては、ますますご健勝のことと存じ上げます」

「おいおい、エルザ。どうしたのじゃ。今日はやけにあらたまった挨拶をするのう」


 龍王は身長は百九十センチほどある立派な体格をしており、顔はいかつい顔をしているが、エルザに向ける表情は柔らかい。


「そうですよ、エルザ。いつも通りにしてよいのですよ」


 王妃のアニエスは、聖母のような美しさと優しさを兼ね備えた麗人である。金髪の長い髪にティアラがとても良く似合っている。


「はい、お父様。お母様」

「それでエルザよ。長旅で疲れているかもしれぬが、早速訊きたいことがあるのじゃ」

「疲れてなどおりませね。遠出といいましても、はじまりの森にあるピラミッド神殿までようすを見に行って来ただけのことですわ」


 実際は、かなり道に迷ってしまい、辿り着く前に冒険者風の五人組に襲われてしまったのだ。多少の疲れは残っているのが本当のところだ。


「それならばよい。ほかでもない、ジュリアス・フリードを捜し出したという話を聞いたのじゃが、事の真相はどうなのだ」

「はい、間違いなくジュリアスおじ様を見つけました」

「それで、ジュリアスはここに来ていないようだが?」

「はい、ここへは連れてきませんでした」

「それは何故じゃ?」


 龍王は不満を隠しもしなかった。


「私が頼み事をしてしまったからですわ」

「頼み事とな?」

「はい。私とおじ様が《はじまりの森》を移動中に、三ヶ国合同調査隊という三人組に出会いました。その者たちはとても弱く、《はじまりの森》から無事に帰還できそうもなかったので、おじ様に護衛をしていただくことになりましたの」

「なるほどそうか。しかし、ジュリアスならばその者たちを一気に人里へ連れて帰ることは造作もないだろうに」


「それが……。おじ様はピラミッド神殿に千年間封印されていたらしく、その影響かもしれませんが、昔のことを忘れていらっしゃるようなのです。おいたわしや……」

「記憶喪失ということか……。それならば急いで連れてくるがよい。レイランに診せてみたい」

「おじ様とは一週間後にシーラシアの町で落ち会う約束をしておりますの」

「そうか。それならばよい」


 龍王は執事に何かを命じると、エルザに向き直った。


「それともう一つ。何者かに襲撃されたと聞いておるが」

「はい、冒険者風の五人組に襲われましたの」

「たった五人だと?」


「はい、たったの五人です。背後から不意を突かれましたの」

「気配を消していたといはいえ、エルザに近寄れるとは思えぬがな」

「気配を消していたのとは違いますの。何もない空間に突然現れたとしか思えないほどでしたわ」

「何か特殊な魔法でもあるのか……。やはりレイランを同席させたほうがよかったな。あとでレイランを向かわせるので詳しく話してくれ」

「承知しましたわ」

「それから、ジュリアスと合流したらすぐにここへ連れてくるのだぞ」

「それも承知しておりますわ」


 こうして、龍王との謁見は終了した――。





 エルザは自室に帰ると、ジュリアスのことを思い出していた。

 記憶を失ってしまうと、ああも雰囲気が変わってしまうものなのだろうか?

 人柄自体は以前と変わらないのだが、何か違和感があった――。


 しばらく考えていると、コンコンという扉を叩く音が聞こえた。


「レイランでございます」

「入っていよろしい」

「失礼いたします」


 扉を開けて入ってきたのは男装の麗人であった。

 黒髪に整った顔立ち、切れ長の目、知性的な雰囲気を漂わせている。


「龍王様に命じられてきました。なんでもエルザ様が襲われたとか?」

「そうですの。もちろん寝ていたわけではありませんわ。むしろ、警戒していたくらいでしたの」

「私はこれでも、魔法学院を主席で卒業した賢者でございます。未だかつてそのような魔法は寡聞にして存じません」

「そう言われても、事実ですから……」

「申し訳ございません。ですが……。属性魔法で考えるから分からないのかもしれませんね。もしかして時空魔法ならばあり得るかもしれません」

「時空魔法の使い手は、現世で存在していないのではありませんこと?」

「しかし、瞬間移動の類ができるのは時空魔法しか考えられません」

「もしそうならば、調査したほうがいいかもしれまえんわね」

「御意」


 エルザは時空魔法の使い手が、この世に一人だけ存在していることを知っていた。


「そんな、まさか……」

「どういたしました、エルザ様?」

「いえ、なんでもありませんわ」


 ジュリアスはエルザの傷を治してくれた。

 エルザを助けるくらいならば、はじめから襲撃する必要などない。

 しかし、おかしなことがあるのも事実。記憶喪失といい、雰囲気が変わったことといい、何か不自然である。


「レイラン。龍王様とお話があります」

「承知いたしました。すぐに謁見の予約をいたします」

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