第44話 死闘の果てに

 龍王からの一喝があった後、一瞬で闘技場に静寂が訪れた。

 しかしそれは長くは続かず、観客や関係者からの祝福の歓声が再開された。

 それは龍王がこの国の民になめられているということではない。

 おそらくその逆で、龍王は国民に慕われているのだ。

 実際、龍王も観客の騒ぎにご満悦の様子であった。


「へえ~、龍王様と国民との距離感がいい感じだな」

「ペルシー様、龍王様は民に愛されています。名君といってもいいと思います」


 今ここにいる者の中で一番龍王のことを知っているのはレイランだ。

 そのレイランが言うのだから間違いないだろう。


 そして、ペルシーとゲルハルト団長との決闘であるが、一時間の休憩の後に執り行われることになった。

 それはどうやらドロクスが提案してくれたらしい。いかつい顔に似合わず、結構いいやつなのかもしれない。


 その宣言の直後、可憐な装いをしたエルザがペルシーに近づいてきた。


 ――俺の天使最高……。


「ペルシー様、おめでとうございます。見事な戦いでしたわ」


 エルザは顔を上気させながら、ペルシーを祝福した。


「ありがとう、エルザ。次は君を奪いに行くよ」


 ――あれっ? 俺ってこういうキャラじゃないよな……。


「まあ、奪うだなんて……」


 エルザはペルシーの手を取り、こう言った。


「女神ミレイユの加護があらんことを」

「エルザ、俺は女神ミレイユの加護を受けているんだ」

「ええ! そうなのですか!?」

「だから俺には団長の魔法剣は効かない。心配しなくても大丈夫だ」


 ――と言っても、昨晩まで知らなかったんだけどね。


「それを聞いて安心しました。昨日、エドガーがゲルハルト団長の魔法剣を受けて、大火傷を負いました。それで心配していたのです」

「そのことはエドから直接聞いたよ。でも、団長は底知れぬ何かを持っているように感じる」

「はい、私は長い間、ゲルハルトに護衛されていましたので、薄々感じていました。彼は今までに一度も本気で戦ったことがありませんの」

「分かった。慎重に戦うよ。絶対に勝つから」

「ペルシー様、信じておりますわ」


 エルザはペルシーをしばし抱きしめ、それで満足したのか、龍王の下へ帰っていった。


 ――エルザのエネルギーを吸収した。絶対に勝つぞ……。






『ペルシー、ギュンターがこちらに来る』


 ギュンターは治療を受けて、既に回復しているようだ。

 最後の一撃で結構深かい傷を負わせたはずだ。

 いくら龍神族と言ってもかなりタフな部類なんだろう。


「ペルシー殿、先程の剣技は見事だったぞ! 完全に俺の負けだ」

「俺が勝てたのは運が良かっからだ。次はどうなるか分からない」


 実際、ギュンターのパワーは凄かった。

 あれ程のパワーを持った魔物は巨人族の中にもいなかった。

 それに、急激な剣の方向転換は見事だった。

 前日にエドガーと模擬決闘をしていなければ、おそらく勝てなかっただろう。


「お世辞はいらないぞ。俺は敗者だからな。でも、これでレイランさんのことは諦めることができた」

「潔いな……」

「ああ、まじで好きだったからな」


 ギュンターは諦めたと言っても、悲しそうに項垂れた。


 ――とうぶん引きずるだろうな……。


「ところで、あのバスターソードは魔道具なのか? あのパワーと、急激な方向転換は、龍神族の能力を超えていると思うのだが?」

「ああ、俺のバスターソードはベクターの剣といってな。力の方向を転換できるすぐれものだ。ただし、魔力を大量に使うという代償がある。それと、パワーの方は俺の強化魔法だ」

「やはり効率が悪いんだな。その組み合わせは」

「ああそうだ。だから勝負のときにしか使えないんだな。おっと、これは秘密だからな」

「分かってるって、誰にも言わないよ」


 ギュンターは熱血漢で、男の目から見たら悪いやつじゃなさそうなんだが、レイランからはそう見えないのだろう。

 レイランはギュンターのことをかなり嫌がっていた。

 生理的に受け付けないというやつか?


「今、ゲルハルト団長のことを口にするのはフェアじゃないから言えないが、次の決闘は応援してるぜ! 頑張れよ!」

「おう! がんばるよ!」


 ギュンターは旧友のようにペルシーと固い握手を交わすと、観客席へと去って行った。





 さあ、決闘の時間だ――


 ゲルハルトが闘技場に入ってくると、次の決闘が始まることを感じた観客たちが騒ぎ出した。

 団長はギュンターよりも一回り小柄なのだが、筋骨隆々でバランスの取れた体格をしていた。

 装備している鎧は騎士団のものではなく、黒い下地に紅い線の入った重厚感のあるものだった。

 団長の勝負鎧とでもいうのだろうか?


 一方、ペルシーが装備しているのは鎧ではなく、小手に胸当て、脛当て等、プロテクターの類だけであった。

 しかし、ペルシーの最高の魔道具であるヘッドギア――パメラドール――を頭に装着していることは言うまでもない。


「両者前へ!」


 ペルシーとゲルハルトは闘技場の中央で向かい合った。


「ペルシー殿、初めてお目にかかる。この時を楽しみにしていたぞ」

「ゲルハルトさん。今日はお手柔らかに頼みます」

「エドガーと決闘したことは聞いている。手加減などしたら貴公に無礼であろう」

「まあ、固いことは言わずにお願いします」

「貴公は騎士を侮辱するのか」

「そんなことないさ。なにせ剣技は俄仕込みなんでね」


 ペルシーのへつらいようは、作戦なんだろうか? 素なんだろうか?

 どちらが主役かわからないような会話は長く続かなかった。


「これよりエルザ様とペルシーの婚姻を賭けた第二試合をとりおこなう」


 ドロクスの宣言の後、龍王が立ち上がった。


「ゲルハルトよ! ペルシーを倒してエルザとの婚姻を阻止してみせよ! 褒美は好きなだけくれてやる!」

「御意に」


 ゲルハルトが恭しくお辞儀をすると、再び観客たちが騒ぎはじめた。

 なぜか、ペルシーに対する応援ばかりが聞こえてくる。


「ペルシー! ゲルハルトに勝利すればエルザとの婚姻を認める! だがな、ゲルハルトはギュンターのようにはいかんぞ」

「はい、承知しております。しかしながら、エルザ様は必ず貰い受けます!」

「ペルシー! その言葉、忘れるでないぞ」


 ドロクスが再び大声で決闘開始を宣言した。


「決闘開始!」


 宣言と共にゲルハルトは黒と紅の片手剣を抜き、猛ダッシュでペルシーに接近した。


 ――ちょっ、速い!


 ペルシーはいきなりゲルハルトの連撃を浴びせられた。

 その剣技はエドガーの変幻自在の剣をパワーアップしたものだった。


『こりゃ、参ったな。受けきれないかもしれない』

『ペルシー、相手のペースに乗っては駄目。一旦距離をとるべき』


 ペルシーは高速バックステップを数回繰り返して、距離を置いた。

 しかし、ゲルハルトは安易に追ってこない。

 ペルシーとしては追撃してほしかったのだが、さすが騎士団団長である。


『残念。振り出しだ』

『ペルシー、焦ってはいけない』


「こんどはこちらから行くぞ!」


 ペルシーはゲルハルトの喉元を狙って片手突きを放ったが、右に躱された。


 ――ちっ、受けてくれよ。


 ペルシーはスピードを殺さずにそのまま通り抜けたが、ゲルハルトは甘くなかった。


「うぐっ!」


 すれ違いざまに、ペルシーは背中にゲルハルトの魔法剣を受けてしまった。

 プロテクターは破損し、背中は焼けただれ、血が流れはじめた。


『くそっ、ここで魔法剣か』

『ペルシー、治癒魔法を使う』


 今度はゲルハルトの追撃からの連撃がはじまり、ペルシーは後手に回るしかなかった。いや、後手に回されていた。

 俄仕込みの剣技では、ゲルハルトの流れるような剣のスキを突くことは不可能に近い。

 ゲルハルトの連撃はおよそ五分ほど続き、ペルシーの体は傷だらけになった。


「貴公はよく耐えたな。明らかに俄仕込みの剣技なのに、ここまでやるとは」

「もうちょっと、手加減してもらえると助かるんだけどな」

「貴様、まだ言うか!」


 ゲルハルトは剣技に絶対の自信を持っている。

 それなのに、素人に一太刀も浴びせることができないのだ。

 それにペルシーの惚けた態度に、今まで冷静さを欠いたことのないゲルハルトの歯車が狂いはじめた。


『ペルシー、そろそろあれを』

『分かった』


 ペルシーはゲルハルトとの距離を詰め、直前で右にフェイントし、左を通り過ぎながら斬魔刀を右腹に切りつけた。

 当然ゲルハルトは受けに来る。

 しかし、どういうわけか、ゲルハルトの剣はペルシーの斬魔刀を受けられなかった。

 それは、エドガーとの戦いで編み出した幻想剣である。


「うがーっ!」


 今度はゲルハルトがうめき声をあげる番だった。

 彼の防具は引き裂かれ、血が吹き出した。


「まだだ!」


 ゲルハルトはドロクスの方を睨み、勝負はついていないと訴える。

 ドロクスはそれに応えたのか動かなかった。

 

「貴様、何をした!」

「言うはずないだろ」


 その後、ペルシーの連撃が始まり、エドガー仕込の变化自在剣と幻想剣を組み合わせて、次々とゲルハルトに斬魔刀を浴びせた。


 手加減したとはいえ、ゲルハルトの体は血だらけである。


「早く降参してくれないかな~」

「よくもこの私を――」


『ペルシー、そろそろ奥の手が出そう』

『距離をとるか』


 ペルシーは急いで二十メートルほど一気に後退。


 その直後、ゲルハルトの体は急激に膨張して変化をはじめた。


 赤黒い体表、細かい鱗、頭部に一本の角、そして体長は二十メートルほどの龍。

 おそらく、カーデシア山脈に生息する赤銅しゃくどう龍だろう。


『嘘だろ……』

『ペルシー、防護壁を!』


「クリスタ! 観客席に光のカーテン!」

「はい! すぐに」


 光の妖精クリスタは観客席全体に魔法防御魔法、光のカーテンを発動した。

 その直後、赤銅龍は炎のブレスをペルシーに向って放射。


 ペルシーはサイドステップで直撃を避けた。


『女神ミレイユの加護を受けているとはいえ、熱いな』

『それはあたり前。炎が発する熱放射は避けられない』


 ペルシーは観客席を見たが、直接の被害はなさそうだ。

 そして、龍王を見る。


 龍王はニヤニヤしている。

 ドロクスは?

 無表情だった。


「決闘は中止ですか!? 龍王様!」

「好きにするがよい!」


『ああ、そうですか、そうですか、好きにしますよ』


 そうしている間にも、ゲルハルトだった龍は炎を吐き続けているので、ペルシーは逃げ回るしかない。


『ペルシー、翼のある龍にはトルネードカッターがお勧め』

『よし、それ採用!』


「トルネードカッター!」


 ペルシーが魔法を唱えると、光の竜巻が赤銅龍を包み込んだ。

 赤銅龍は竜巻に閉じ込められ、数千の光り輝くウインドカッターに襲われ、体中から血が吹き出して続けている。


 赤銅龍は竜巻から逃れようと必死で藻掻いたが、両翼は既にボロボロである。


『あれって、人間形態に戻ったほうが逃げられるんじゃないか?』

『ペルシー、もうその理性はないと思う』

 

 およそ十分後、カーデシア族の赤銅龍は力尽きた――


 その後、大歓声で闘技場が震えた。


「ペルシー様! 素敵!」

「ペルシー! かっこよかったぞ!」

「感動した!」

「ペルシー様! 結婚して!」


『クリスタ! 光のカーテンは解除していいよ!』

『ペルシー様、おめでとうございます』

『ありがとう。それにしても、こいつら逃げなかったのかよ』

『ペルシー様、観客は殆ど龍神族だし、逃げる必要もないんじゃない?』


「ペルシー! よくやったな」

「龍王様、ゲルハルトがカーデシア族だって、知ってたんですか!?」

「騙したようで悪かったな。炙り出しというやつだ」

「事前に教えて下さいよ」

「いや、それが残念なことに確証がなかったのだ。こうもうまくいくとは思っていなかったぞ。ハッハッハッ!」


『ハッハッハッじゃね~よ』

『ペルシー、怒らない怒らない。あとでパメラがぎゅーっとしてあげるから』

『お、おう……』


「だが、約束は守るぞ」


 龍王がすくっと立ち上がると、観客席は静寂に包まれた。


「皆のものよく聞け! この決闘の勝者であるペルシーと、我が娘にして第一王女エルザとの婚姻を認める! 意義のあるものは前にいでよ!」


 観客席はシーンと静まりかえり――

 再び歓声の渦が巻き起こった。


 エルザが観客席から飛び出してペルシーに抱きついてきた。


「私の旦那様! 見事な戦いでしたわ。エルザはペルシー様のものですの!」

「ああ、婚約できて嬉しいよ、エルザ!」

「はい、私もですわ!」


 エルザは涙を流しながら応えた。

 観客が総立ちになって歓声をあげたことは言うまでもない。


「今日はとても疲れた。早く帰って休みたいよ」

「はい、皆で食事をして、お風呂に入りましょう」

「そ、そうだな。でも龍王様の許可をとらないと」


 龍王はニヤニヤしながらペルシーを見ている。

 そうやら許可を取らなくても大丈夫そうだった。


 その後、ペルシーはギュンターに背中を思いっきり叩かれたり、観客に揉みくちゃにされたりしたが、なんとか闘技場を脱出し、龍王城の客室に帰って行った。

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