第45話 龍神族として生きる
その日の午後、龍王城はちょっとしたお祭り騒ぎになった――
第一王女のエルザと、その名も高き魔法研究家のレイランとの婚約を果たしたペルシー――
そのコネクションが欲しいのだろう、ペルシーの客室には訪問客が引っ切り無しに訪れた。
龍神族もそういうところは人間社会と変わらないようだ。
「ペルシー様、私の娘を連れてまいりました。教育はもちろん、社交儀礼からベッドマナーまで幅広く躾けてあります。是非、側室にしていただけないでしょうか?」
「王室との取引は我が商会にお願い致します。お勉強させて頂きますです」
「うちの息子は文武両道、是非士官候補に推薦して頂きたく、連れてまいりました」
ペルシーは、二人の婚約者だけでもでお腹いっぱいなのに、これ以上嫁を娶る気はない。
それに、王室の購買担当者でもないし、政務も担当していない。
もちろん、彼らはペルシーが将来政治の要所に就くことを見越して陳情しに来たのだろうが、如何せん早過ぎる。
当然、訪問者の話は右の耳から左の耳に抜けて行き、ペルシーの記憶には残らない。
彼らの欲望が叶えられることはないだろう――
「人数が多過ぎてとてもじゃないが覚えきれない!」
「ペルシーは王族になるのだから人の特徴を覚える技能が必要なの」
「そう言われてもねぇ……」
ここまではまだいい。
訪問客の中にはとんでもない貴族たちが含まれていた。
「貴公はエルザ様と本気で婚約するつもりか? 身分を弁えるべきである」
「どこの馬の骨とも知れない貴公に、レイラン様を渡すわけにはいかん! 婚約は辞退するべし」
「ぼ、僕がエルザと結婚するんだ! ペルシー殿は龍神族ではないのだからここから出て行かれよ!」
ペルシーは人を覚える技術には長けていないが、スルー技能には自身を持っている。
しかし、婚約の破棄を訴える奴らの言動には殺意が篭っていたので、スルーできなかった。
そこで、ペルシーは彼らにこう言った。
「この婚姻は龍王様に認められたものです。もし、破棄せよというのならば、龍王様と対峙していただくことになりますが、よろしいのですか?」
もちろん彼らは、龍王に談判する勇気も気概も持ち合わせていない。
捨て台詞を言いながらも去って行った。
「ペルシー様、申し訳ありません。エルザ様も私も貴族たちに婚姻を迫られていたのです」
「超絶美少女お姫様と、超絶美人魔法研究者だもんな――」
――そこへ、俺のようなどこの馬の骨とも知れない
「ペルシー様、褒め過ぎですわ」
「レイランさん、決して褒め過ぎではありませんよ」
「クリスタさんまで……」
「ペルシーは、エルザ様やレイランさんの熱狂的なファンから刺されないように注意した方がいいと思うの」
「パメラは物騒なことを言うなぁ……」
「ペルシー、背中に何か刺さっているの」
「えっ! 嘘だろ!」
ペルシーは慌てて背中を手で
パメラに嵌められたのだ。
「パメラ……、後でお仕置きな」
すると、パメラはペルシーの膝の上で器用に回転し、ペルシーに抱きついた。
「ペルシー! 怒っちゃヤダ」
――えっ、ちょっと可愛い。
「ペルシー様、パメラを甘やかし過ぎですよ」
「そ、そうかな……」
「そうでございます」
「いい雰囲気ですね。私は研究一筋でここまで来ましたから、心が休まる時がありませんでした。これからペルシー様の家族になれるなんて……」
レイランは夢見る少女のごとく、自分の世界に入ってしまったようだ。
それも仕方のない話かもしれない。
魔法研究だけでなく龍王の直属として、その任を果たしてきたのだ。
今までは心が休まることなどなかったんだろう――
ところで、エルザが龍王のところへ行ったきりになっているが、どうしたのだろうか?
ペルシーとしては一抹の不安が過ぎった――
◇ ◆ ◇
夕方になってペルシー達は、龍王の側近であるドロクスに案内されて、謁見の間ではなく会議室に呼ばれた。
この会議室で龍神族の
このような場に呼ばれたことのないペルシーとしてはドキドキものだ。
「ペルシー殿、お入りください」
ドロクスに促されて会議室に入ると、そこは日本の質素な会議室とはだいぶ異なるものだった。
一言、重厚で美しい――
会議室では龍王とエルザが円卓に着席していた。
ドロクスに促されるままにペルシー達は着席した。
何故かパメラはヘッドギア形態になって、ペルシーの頭に収まっている。
「ペルシーよ、本日の決闘は見事であったぞ。褒めてつかわす」
「滅相もありません。運が良かっただけです」
「謙遜することはないぞ。それとも余の見立てに意義を申すのか?」
「いえ、謙遜でした……」
「そうだろう」
龍王は口角を釣り上げて笑った。
その印象は、王様というよりは極悪人である――というよりも、頭から二本の角が生えているので、魔王といった風体である。
ちょっと怖いと、ペルシーは感じた。
「ペルシー達に来てもらったのは他でもない、ゲルハルトのことを話す必要があったからだ」
「そうだと思っていました。彼はどこかの国の間者でしょうか?」
龍神族は龍体化はできない。龍形態と人間形態をスイッチするのだ。
つまり、いきないり切り替わるので、変身するのとは違う。
ところが、ゲルハルトはペルシーに勝てないと判断すると、
それは彼が龍神族ではなくカーデシア族であることを意味している。
「そうだ。はじまりの大陸の北側にあるルーテシア大陸。その中央には大陸を南北に分断する長大なカーデシア山脈がある。そこを住処にしているのがカーデシア族、赤銅龍の一族だ。ゲルハルトはその一味に違いない」
カーデシア族は龍神族とはまったく別の進化を辿った種である。
龍形態から人間形態へ、そして人間形態から龍形態へ変身するカーデシア族の方が、この世界の生物進化という観点からすると、自然なのかもしれない。
むしろ、龍形態と人間形態をスイッチする龍神族の方が不自然だ。
だからこそ、神に近い存在――龍神と呼ばれていることは想像に難くない。
「そのゲルハルトはどうなりましたか?」
「やつも赤銅龍の端くれだ。まだ生きておるよ」
ペルシーはゲルハルトを同情しているわけではないが、このような龍殺をしたくはなかったので安心した。
「やつは生きていることを後悔するだろう」
龍王の表情が魔王のように変化した――
ペルシーは龍王を見て、初めてゲルハルトに同情した。
ゲルハルトが今後どうなるのか、想像しない方が心の安寧につながる。
「ところで、ペルシーはユリシーズ大陸へ渡り、魔法学園に入学するのだったな」
「はい、魔法を習得して賢者になる予定です」
「ほう、賢者というと、レイランと同じだな」
龍王がレイランの方を見ると、レイランは軽く頷いた。
「卿は賢者になって何がしたいのか?」
「それに答える前にお訊きしたいことがあります。龍王様は大賢者ガロア・セルダンをご存知でしょうか?」
「ああ、もちろん知っておるよ。魔法文明が栄えていた頃の魔法使いだな」
「はい、その子孫にレベッカ・セルダンという賢者がおります」
「ほう、ガロアの子孫はまだ生きていたのか。面白いのう」
「そのレベッカと、ちょっとしたことから賢者になると約束をしてしまいました」
「その口調は、『不本意ながら』という風に聞こえるぞ」
「はい、そうなのですが、俺にはこの世界を早く識る必要がありましたので、その一環として賢者になるというか、その過程を踏むのも悪くないかと考えました」
「異世界から転生して間もないからのう。それは得心が行く」
そこで、レイランが口を開いた。
「魔法学園には三ヶ国から学生が集まりますし、利害関係者の接触も数多くあります。
人間社会のことを識ること、そして様々な情報に触れること、それがペルシー様のお役に立つはずでございます」
「なるほどのう……」
龍王はいつの間にか魔王面から、優しげな笑顔になった。
ちょっと、気持ち悪いかもしれない……。
「エルザよ、お前も魔法学園で学んで来るがよい。ペルシーと一緒の方がお前も安心だろう」
「お父様……。ありがとうございます」
エルザは満面の笑みを湛えると、ペルシーに右手でガッツポーズを見せた。
「うわ~。エルザ可愛い……」
『ペルシー、ボキャブラリーが貧困。そうじゃなくて、声に出てるから……』
――しまった……。
エルザの白い肌が紅く染まっていく……。
対照的にペルシーの顔が青く変色していく……。
「余の前でよく言うのう」
「も、申し訳ありません。つい本音が声に……」
「まあよい」
龍王としては苦笑するしかなかったが、親バカな龍王としてはエルザの幸せを考えての提案だった。
「その後は? 賢者になった後はどうするのだ?」
「賢者としての責務が多少は発生するかもしれませんが、時間が許す限り封印されている聖女ペネローペを捜します。そして解放したいと思っています。それがジュリアスさんとの約束なので」
ペルシーは大賢者ジュリアス・フリードによって、ジュリアスの体に憑依転生した。
本来ならば恨みこそすれ、願いを叶えてやる筋合いはない。
ところが、聖女ペネローペでなければ、ペルシーを地球に還すことができないようなのだ。
つまり、ペルシーは本当のことを言えなかった。
地球に還りたいと――
『ペルシー、ありがとう。ジュリアス様も喜ぶ……』
『ありがとうございます、ペルシー様。どこまでもついて行きます』
本当のことを知っているのはパメラとクリスタだけである。
彼女達はジュリアスの恋人であった聖女ペネローペを、心底助けたいと思っているようだ。
その願いを叶えてくれるペルシーには感謝してもし切れないだろう。
『二人共、俺はまだ何もしていない。礼を言うのは聖女を解放してからでいい』
『分かった』
『承知なのです』
「そうか、よく分かった」
龍王はペルシーの話を聞き、得心がいったようだった。
「我が龍神族は、エルザならびにレイランとの婚姻をすでに認めた。だからといって、卿を縛るようなことはせん。暫くはな」
――なんか意味ありげで怖いな。
「案ずるでない。卿を余の後継者にしようとは考えてはおらん」
――表情を読まれた……。
「ただし、婚姻の義を済ませた後は多少の貢献はしてもらうつもりだ」
「俺にできることならば、出来る限りの貢献はさせて頂きます」
「よろしい。ところで、これは命令でなくて、頼み事なのだが……」
「はい、なんなりと」
「卿の冒険の合間に、カーデシア族の動向を探ってほしいのだ」
「カーデシア族が人間の社会にまで侵入しているということですか?」
「そうだ。ゲルハルトの件もある。人間社会に潜入していると考えるのが自然だろう。それに、やつらは我々が考えていた以上に賢く狡猾だった。何か良からぬことを企んでいるやもしれん」
「そういうことですか。解りました。出来る限り情報を収集してみます」
「ペルシー、頼んだぞ」
「お任せを」
「レイラン、お主に連絡係を接触させる。定期的な報告を頼む」
「龍王様、お任せください」
レイランがすくっと立ち上がり、龍王に対して任務を請け負う意志を示した。
「よろしい」
「ところで龍王様、お訊きしたいことがあるのですが」
「ほう、聞こうか?」
「何故、俺のような人間にエルザ様やレイランさんとの婚姻を許したのでしょうか?」
「……」
現在この会議室にいるのは、龍王、エルザ、レイラン、ドロクス、そしてクリスタとペルシー(+パメラ)であるが、だれも口を開こうとはせず、しばし静寂に包まれた?
『ペルシー様……本気で言ってるの?』
『ああ、なんか拙いこと言ったかな?』
「がはははは!」
龍王が笑い出すと、それを合図に全員が笑いだした。
爆笑の渦とはこのことだろう――
「け、け、卿は、くっくっく」
龍王はまだ話ができなさそうだ――
側近のドロクスさえも笑いを堪えるのに必死だった。
――エルザも笑っている……。まあ、可愛いからOKだな。
「誰か! 俺が笑われている理由を教えてくれないか!」
一番最初に再起動したのはレイランだった。
「ぺ、ペルシー様……。今のは冗談ですよね?」
「どこが?」
「ペルシー様が人間だということです」
「えっ!? 俺って人間じゃないの?」
「あたり前です。魔法無しで人間が龍神族に勝てるはずありません」
「それじゃあ、俺って何?」
レイランは再び笑いをこらえている……。
そしてこう言った。
「ペルシー様は、龍神族と同じ龍人ですよ」
――そうだったのか……。
ペルシーの、いや、大賢者ジュリアスの超人的な身体能力は、龍人であるが故のことだったのだ。
それの体を継承したペルシーも当然龍人である。
今までペルシーはジュリアスが人間だとばかり思っていたのだ……。
「俺は龍人だったのか……。だから、エルザやレイランに惹かれたのかもしれないな」
『それは多少はあるかもしれない。でも、本当のところはペルシーが面食いだからだと思う』
『美少女と美女だからな……。反論しても説得力がない』
笑いが収まった後、全員の冷たい目線がペルシーに集中したのは必然だった。
「卿は龍人ではあるが、ちと変わり種だな」
「それはどういう意味でしょうか?」
「卿は龍の体を持っておらぬではないか」
「それもそうですね……?」
ペルシーは思い出した。
ジュリアスは共次元空間にペルシーの元の体を保存したと言っていた。
ということは龍神族のようにスイッチできるのではないだろうか?
しかし、それを試すことはできない。
たとえその方法が分かったとしても、この世界で地球人の体に戻ったらどうなろうだろうか?
魔物が闊歩するこの世界――
冒険者や騎士が台頭するこの世界――
弱肉強食のこの世界――
無理である。ペルシーが地球人の体に戻ったら、この世界で一秒たりとも生きていけないだろう――
――やはり、地球に戻る希望は一旦捨てよう。すべては聖女ペネローペに会ってからだ。
「俺が龍人ということは、龍神族の仲間と思っていいのでしょうか?」
「もちろんだ。卿は龍神族の一員である」
――そうか……。俺はこの世界の異物ではなかったんだ。
ペルシーの目から涙が溢れはじめた。
この世界でペルシーは最強の部類に入るだろう。しかし、地球人である
いくらクリスタやパメラという仲間がいたとしても、地球を離れて一人きりになったことによる精神的な負担はかなりのものであったはずだ。
「ペルシー様、笑って申し訳ありません。ペルシー様はお一人で悩んでおられたのですね」
「エルザ……。正直に言うよ。寂しかった。心細かった……。俺にはこの世界で居場所がないと思っていたんだ」
「これからはエルザとレイランがペルシー様をお支えします」
エルザとレイランはペルシーを優しく抱きしめた。
そしていつのまにか少女形態になったパメラと、光の妖精クリスタもペルシーを抱きしめていた。
――俺は一人ぼっちじゃなかった……。
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