第46話 カーデシア族とソロモン帝国

 ここは龍王城の牢獄。

 ペルシーは独房に収監されたゲルハルトに会いに来たところだった。


 ゲルハルトの収監された独房はあらゆる意味で特別である。

 というのは、龍王城の最下層に設置されているので――龍王城は山の中に建設されている――逃げ道がまったくないのだ。

 そして魔法が使えないように強力な魔法陣で魔法の起動を巧みに妨害している。

 もちろん、出入り口の扉は龍人の力でもこじ開けられないように頑丈にできている。

 噂によると扉の材質はミスリルの合金らしいが、機密事項なので詳しくはわからない。


 この扉が開くのは、原則として食事や排泄物の処理などの生存に関わるような処置を施す場合に限る。

 つまり、この独房の中には太陽に光が入り込み隙間はない。

 だが、収容された人間の体内時計が狂わないように、昼間はランプの火が灯っている。


「ゲルハルトさん、話をさせてくれないか?」

「その声はペルセウスか……」


 疲れ果てた声であったが、ゲルハルトはまだ生きていた。

 まだ、拷問されていないようだ。


「なぜ間者になったのか? とは訊きかない。ただ、俺はこの世界のことに疎い。だから赤銅龍……カーデシア族とはどういう種族なのか、それが知りたい」

「それは異なことを。貴公も龍神族の端くれであろう。長く生きた龍人がこの世界に疎いとはな」

「俺にはちょっとした事情があって、本当にこの世界の実情には詳しくないんだ」

「ふん。まあよかろう。どうせ長くはない命だ」


 ゲルハルトの話は意外なものだった。

 カーデシア族は龍族だといっても、進化の過程が龍神族とはまったく異なる種族らしい。

 千年以上前はどちらかというと好戦的ではなく、必要以上に他の生き物を狩ることはしなかったようだ。

 類似性でいうと、シャチに近い存在ではないだろうか。

 シャチは知能が高く、群れを成すが、必要以上に他の生き物を狩ったりはしない。

 その点において、カーデシア族は他の魔物とは根本的に異なる。


 ところが千年ほど前からカーデシア族は凶暴化し、近隣の人間の村や町を襲うようになった。

 それはエスカレートし、龍神族さえもが対象になったというのだ。

 もちろん、龍神族との力の差、知能の差は圧倒的で、何回も蹴散らされたのはお互いの知るところである。

 とはいえ、龍神族といえども無傷ではいられなかったようだ。


 その後、カーデシア族も次第に狡猾になり、スパイを龍王城に送り込むようになった。

 それがゲルハルトである――


『チッ! また千年前からかよ。いったいその時期に何が起こったんだ?』

『その時期のことはパメラも知らない』


 千年前……。この世界とペルシーが関わりを持つことになった何かが生じたことはたしかだが、彼には知る由がなかった。


『待てよ……。スパイが一人であると何故言える?』

『ペルシー、ゲルハルトに接触させてくれたら、心を読むことができる』

『そうだな……。でも、魔法陣の中でも心を読むことができるのか?』

『心を読むのは魔法ではない。精神感応を応用したもの』


 パメラはペルシーたちとテレパシーによって交信することができる。それは地球でいうところの精神感応テレパシーとほぼ同じようだ。

 なんでパメラが精神感応が使えるのか未だに不思議だが、それは古代魔法文明が発達していたということの証だろう。


『ちょっと、危険だけどやってみるか。クリスタ、衛兵を眠らせることは可能か?』

『できます。治癒魔法の応用で眠らせます』


 さすが光の妖精クリスタだ。痒いところに手が届くとはこのことではないだろうか?

 二人の衛兵はその場で倒れ込み、寝息を立てはじめた。


『戦闘にはならないと思うが、二人共そのつもりで心の準備をしてくれ』

『了解』

『了解でございます』


 ペルシーは衛兵の鍵を奪い、ミスリル合金の扉を開けた。


「話をするならば扉の外からでもできるだろう? まさか殺しに来たのか?」

「いや、そんなことはしないさ。ちょっと協力してもらおうと思ってな」

「協力だと?」


 パメラはいきなり駆け出して、ゲルハルトの背中に抱きついた。

 ゲルハルトはパメラのような少女が抱きついてきたことにびっくりしたようであるが、敵意も悪意も感じないパメラの好きにさせるしかなかった。


 パメラはゲルハルトの後頭部に自分の頭を接触させて、動かなくなった。

 ゲルハルトも同様に身動き一つしなくなった。彼はパメラの精神感応で動けなくなっているのかもしれない。


「終わったよ。ゲルハルトさん抵抗しないでくれて、ありがとう」


 パメラがゲルハルトに向かいペコリとお辞儀すると、彼は何も言わずにペルシーの方を見た。


「ゲルハルトさん、俺たちはもうここへは来ないかもしれない。でもあなたの死を願っているわけではないことは言っておくよ」

「そうか……。貴公とは時代や立場が変われば、良いライバルに成れたかもしれない。残念だよ」


 ペルシー達は無言でその場を離れた。


 ――あまり立ち入って、同情するべきでじゃないよな……。


「お兄ちゃん、ゲルハルトはそんなに悪いやつじゃないよ。龍神族は実質的に何も被害を受けてないしね」


 ――えっ、お兄ちゃん? またパメラの気まぐれが始まったか?


「なんでそう思うんだ?」

「カーデシア族は一枚岩じゃないみたいなの」

「詳しく聞こうか」





    ◇ ◆ ◇





 ペルシー達は一旦龍王城の居室の戻り、エルザとレイランを交えて話をすることにした。

 ゲルハルトからの情報――精神感応で盗んだ――を検討するためだ。


 もちろん、会議場所は異次元屋敷ミルファクだ。

 話の内容を誰にも盗聴されたくないからだ。


 異次元屋敷ミルファクは、その名の通り異次元に存在する。

 盗聴は魔法を使ったとしても不可能だ。


 ペルシーは婚約者のエルザと数時間ぶりに再会した。

 彼は彼女を見つめたまま時が止まったように動かなくなった。


「ペルシー様、時空魔法使いが自分の時を止めてどうするのですか?」

「私も一応婚約者なのだがな……」

「お兄ちゃんの鬼畜!」


 ペルシーとエルザはお互いに目線を外し、顔がみるみる赤らんできた。


「お兄ちゃん、ゲルハルトの話を始めてもいい?」

「そ、そうだね……」


 ペルシーはレイランの方を向き、「すまん」という仕草をしたが、レイランにそっぽを向かれてしまった。


「お兄ちゃんが振られた……」

「おいっ!」


 ――レイランに疎外感を与えてしまった。後で挽回しなくちゃ。どうしよう……。


 ペルシーの膝にはパメラが座り、その向かい側にレイラン、エルザ、そしてクリスタが座ると、パメラがゲルハルトから得た情報を話しはじめた。


 その内容はペルシーが想像していたのとまるで異なっていた。


 カーデシア族は高度な社会性を持った竜族で、龍神族と同じように王族が国を支配する王制を敷いていた。


 ただし、内部は一枚岩とはいかず、穏健派と急進派に分かれているようだ。

 割合としては穏健派:急進派=3:7くらいらしい。

 それは王族の中も同じ割合のようだ。ただし、ここ百年ほどカーデシア族との連絡は取れていないので、現在も同じ状況なのか分からないようだ。


 ゲルハルトは王族の穏健派から龍神族にスパイとして潜入していたが、彼自身は龍神族と敵対するつもりはないようだ。


 そもそもゲルハルトが龍神族のスパイとして騎士団に入団し、団長になるまで何百年を費やしたのだろうか?

 能力的に劣るカーデシア族でありながら、団長にまで昇格したのは並大抵の努力ではないはずだ。

 彼は身内のいないこの国で――孤独に耐えながら――どうやってモチベーションを保つことができたのだろう?


「ちょっとだけ、ゲルハルトを同情しちゃうな……」

「ペルシー様はお優しいお方ですわね」


 エルザの熱い視線で、ペルシーはドギマギしている。

 それを見ているレイラン達も、ペルシーの恥じらいを楽しんでいるようだった。


「ごっほん! それはそうと、まだ二つだけ知りたいことがある」

「なんでも訊いて、お兄ちゃん!」

「調子狂うな……。まずは二人目三人目のスパイが龍王城に潜伏していないのか?」

「それは大丈夫。少なくともゲルハルトは知らないよ」

「そうか。それじゃ人間社会には潜伏しているのか?」

「全貌は分からないけれど、権力者の中にも紛れ込んでるみたい」

「それは拙いな」


 そこでエルザがそれほど心配することはないと言ってきた。


「ペルシー様、龍神族からも多くのものが人間社会に潜入していて、ある程度はカーデシア族のスパイを掌握しております」

「へぇ、流石だね」

「彼等の手引が合ったので、私も魔法学園を卒業することができたのです」


 魔法学園は何の伝もなく入学できるような広き門ではないのだろう。


「なるほどね。ひょっとしたら龍神族は影で人間社会を操ってたりする?」

「……はい、各国の首脳部に潜入しております」

「だからルーテシア大陸の三ヶ国は仲がいいのか?」

「はい、ある程度は制御できています。もっとも、争いを好む民族ではないので、必要最低限のことしかしていませんが」


 パメラがすぐに反応した。


「でも、ソロモン帝国は違うんでしょ?」


 ソロモン帝国は北方に広大な領地を持つ武装国家だ。

 彼の国の情勢は把握しておくべきだろう。


「帝国は龍神山脈があるルーシーズ大陸からかなり距離があるのです。連絡が密にできないため間者を送り込むことはしていないのです」

「ソロモン帝国か……。ちょっと不気味だな」


 人は知らないということ自体に恐怖を感じるものだ。

 ペルシーも情報の少なさに根拠のない恐怖を感じるのだった。

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