第42話 決闘の準備と対策

 ペルシー達は昼食を龍王城の食堂で摂ることにした。


 食堂はとても広く、百人くらいの席が用意されている。

 今の時間帯は一時ころのせいか、ピークは過ぎているようだ。

 時間は14時を回った頃だろう、まばらにしか客がいない。

 ペルシー、レイラン、パメラ、クリスタの四人は食堂の端の方に席を取り、食事が運ばれるのを待った。


「エドガーの様子はどうだった?」


 ペルシーは医療施設に運ばれたエドガーが気になっていた。


「もう大丈夫です。早速騎士団に合流したようです」


 様子を見に行って来たレイランが言うのだから間違いないだろう。

 あんな負け方をしたのに元気なやつだ。

 おそらく精神力が強いのだろう。


 そこに食事が運ばれてきた。

 食事を運んできたのはここで働いている人間の女性である。

 彼女達は奴隷として働いているわけではない。ちゃんと給金を貰って働いているのだ。

 この世界では地球以上に社会が未成熟なので、仕事にあぶれてしまう人間が多くいる。

 働きたくても働き口のない人達、そんな人達の中から人材を集めてきているらしい。

 龍王城は職場としても素晴らしいのだろう。

 働く彼女達の表情は活き活きとしている。


 昼食のメニューはシチューのような煮物と、肉の焼き物、そしてパンとサラダだった。

 やはり、龍神族の食事は肉がメインのようだ。


「パメラ、食べられるか?」

「大丈夫なの。この肉の煮物はとても美味しいの」


 かなりこってりとしたメニューであったが、パメラの口には合ったようだ。


「それは良かったな。クリスタの料理には負けるけど、食堂の料理もそれなりに美味しいな」

「それでは、私が夕食を作らせていただきます」

「それは楽しみだな。レイランも一緒に食べられるのかな?」

「今夜はとくに予定はないので、参加させください。明日のことも気になりますし、一人でいるのは辛いのです」

「一人で……。ひょっとしてレイランってボッチなのか?」

「ボッチとは何でしょうか?」


 エドガーとの一戦の後から、レイランの口調が変だ――

 男っぽい口調から、お嬢様然とした丁寧口調になっている。

 ひょっとして、これがデレた? という状態なのかもしれない?


「レイラン、ちょっと、口調が変わった気がするんだけど……」


 ペルシーは聞かなくてもいいことを聞いてしまった……。


「レイランは本格的にデレたの。きっと、ペルシーが白馬の王子様に見えているはずなの」


 パメラがいらないツッコミをしてきた。

 そう言えば、人間形態のパメラは口調が変わっているが、誰も突っ込まないのでそのままにしておこう。


「パメラちゃん。デレるってなぁに?」


 パメラは地球のスラングをよく知っている。

 おそらく、ジュリアスの影響をかなり受けたのだろう。

 因みに、パメラの以前の持ち主である大賢者ジュリアスは、おそらくヲタクだったとも思われる。


「簡単に言うと、相手を好き過ぎて今までと違う可愛らしい態度をとることなの」

「以前、私は可愛らしくなかったということなのかしら?」

「レイランは可愛らしいというよりも、男前だったの」


 レイランはパメラに指摘されたことを、頬に手を当てて考えはじめた。

 本人としては「男前」の自覚がなかったのかもしれない。


「まあ、それは置いといて、明日の話をしよう」


 ペルシーはレイランが悩み始めたので、話題を明日の決闘に振ることにした。


「まあペルシー様、お口に汚れが……」


 レイランが甲斐甲斐しくペルシーの口についた汚れを拭った。

 傍から見ると、まるで新妻のようである。


「あ、ありがとう」


 誰からもそんなことされたことはない――クリスタもそこまではしない――ペルシーは狼狽えるばかりだった。

 パメラとクリスタは不満そうにペルシーを睨んだ。


 ――パメラはともかく、何でクリスタまで睨むんだ? そうか、仕事を奪われた感があるからに違いない。


 ペルシーはそう思うことにした。





 その時、事件は起こった。いや、起こっていた。


 エドガーはペルシーと実践訓練――事実上の決闘だが――をした後だったので、気分が高揚していたのだろう。

 ペルシーはベッドに横たわるエドガーに声をかけた。


「エド、話せるか?」

「ああ、兄貴か。大丈夫、話せるよ」


 エドガーに兄貴と言われてペルシーは狼狽えたが、やるべきことを思い出した。

 おそらく、エドガーはペルシーを姉の婚約者として認めているのだろう。


「今回復魔法をかけてやるぞ。クリスタ、頼む」

「了解です、ペルシー様」


 クリスタは既に回復魔法の準備ができていたので、すぐに実行した。


「クリスタさん、ありがとう。楽になったよ。こんなに見事な回復魔法の使い手は龍神族の中にはいないと思う」


 光の妖精クリスタは、自慢げに大きな胸を反らした。


「クリスタ、君は素晴らしい魔法使いだ」

「ペルシー様、お世辞は必要ありません」

「お世辞じゃないんだけどな~」


 クリスタは俯いたが、喜んでるようだった。


「エド、無茶をしたな。何で早まったことをしたんだ」

「あわよくば勝てるかな~と思ったんだけどね。甘かった……」

「ゲルハルトさんも奥の手を持っていたということか?」

「もちろん、団長が魔法剣の使い手だということは判っていたけど、本当の隠し玉を引き出すことはできなかった。その前にこのザマだ……。ごめん、兄貴」

「エド、お前は俺のために決闘してくれたのか?」

「いや、半々だよ。前から挑戦してみたかったんだ」

「弟よ、お前の犠牲は無駄にはしないぞ」

「姉さん、俺は死んでないから!」


 弟に対してはいつものレイランだったので、ペルシーは少し安心した。

 回復魔法を使ったとはいえ、体力までは回復していないので、エドガーはしばらく安静にする必要があった。


「大人しくしているのだぞ、エド」

「分かったよ姉さん」

「それではまた来る」


 ペルシー達は異次元屋敷ミルファクのラウンジに集まることにした。

 明日の決闘について話し合うためだ。


 クリスタが人数分のお茶を用意すると、会議は始まった。


「まず、ギュンターの対策から考えたい」


 ペルシーが口を開くと、すぐにレイランが応えた。


「ギュンターですか……。ペルシー様、やつはしつこく私に求婚してくるです、ペルシー様」


 レイランはペルシーの左腕にしがみつき、潤んだ瞳で訴えてきた。

 因みに、右側にはクリスタが座り、膝の上にはパメラがちょこんと座っている。


 ――なんか、狭いな。


「レイランと俺の婚約が認められれば、ギュンターも大人しくなるだろう」

「そうだといいのですが、私は怖いのです、ペルシー様……」

「レイラン、ギュンターはパワーファイターだと言っていたよな」

「はい、やつのバスターソードはまともに受けてはいけません」

「それ以外に奥の手はないのか?」

「騎士団の中でのギュンターのランクは五位です。パワーと剣技だけでそこまで上り詰めました。性格は単純なので、奥の手を持っているようには思えません」

「そうか……。それならば斬魔刀を強化しておこう」

「ペルシーがそういうと思っていたので、この山にあるオリハルコンを集めてあるの」

「おお、パメラ、流石だな」

「正妻としては当たり前のことなの。これが内助の功なの」

「せ、正妻……。パメラちゃん、それは聞き捨てならんな」

「クリスタはパメラの嫁なので、自動的にペルシーの側室になるの」


 クリスタが満足げに頷いているが、レイランは困ったいるようだ。


「あのね。俺はまだ結婚したことないんだけど……。そうじゃなくて、明日の決闘の話をしよう」


 女同士の戦争が勃発しそうになったが、それはペルシー自身が意思を明確にしないからいけないのだ。


「ペルシー、斬魔刀を出してなの」

「そうだったな」


 ペルシーが共次元空間から斬魔刀を取り出して斬魔刀を抜くと、パメラが刀身に魔法をかけた。

 光り輝く刀身は、五十センチほどだったのが、七十五センチほどの長さになった。

 いわゆる太刀の長さである。それに若干太くなったようだ。


「刀身の中心をミスリルにして、オリハルコンを刃先にしたの。切れ味と強靭さを両立したので、ギュンターのバスターソードを受けても折れたりしないの」

「凄いな、パメラ。尊敬していいか」

「遠慮することはないの」

「パメラちゃんの魔法は凄いな。一緒に魔法研究をしてほしい」

「ペルシーが許してくれるなら、問題ないの」

「もちろん、いいよ。一緒に研究しよう」


 先程の険悪なムードは消えされつつある。

 クリスタはどうかというと、何故かニコニコしている。こちらも大丈夫のようだ。


「そして、問題のゲルハルトさんだが……」

「ペルシー、何が問題なの?」

「ゲルハルトさんは魔法剣を使うのだろ? 俺は魔法防御の仕方を知らないんだけど」

「何もしなくてもいいの」

「どうして? エドみたいに火傷しちゃうだろ?」

「ペルシーは女神ミレイユの加護を受けている。魔法剣程度ならば何もしなくてもいいの」

「ええ、そうなの?」

「龍神級の大魔法の直撃ならば無傷というわけにはいかない。だけど、通常の魔法剣の上限は低い」

「通常じゃない魔法剣もあるのか?」

「もし強力な精霊を宿すことができるならば、帝級に匹敵する魔法を放てるかもしれないの。でも、そんな魔法に耐えられる剣は存在しないはずなの」

「パメラちゃん、聖剣ならば耐えられるんじゃないのか?」

「存在するの?」

「存在は確認されているらしいが、誰が所有しているのかはわからない。だが、ゲルハルト団長が聖剣を持っていることはない。もし、聖剣を所有していたら、龍王様が知っているはずだ」

「それでも、聖剣でさえペルシーに危害を加えることはできないの。ペルシーに危害を及ぼすには龍神以上の魔法が必要なの」


 魔法の階級は八つに分けられている。


 ・超越級

 ・神級

 ・龍神級

 ・聖級

 ・帝級

 ・上級

 ・中級

 ・初級


 因みに、先日ペルシーが使った《ペルセウス座流星群》は威力的に神級にランク付けされる大魔法である。


「そうなのですか……」


 レイランは、再び潤んだ瞳でペルシーを見つめた。

 どうやらレイランの瞳にはペルシーに対する尊敬の光も宿りだしたようだ。


「解った。ゲルハルト団長の魔法剣は恐れる必要はないということがな」

「ペルシー、油断は禁物なの」

「そうだな」


 結局、ギュンター対策として斬魔刀の改造を行ったこと、そして、ゲルハルト団長の魔法剣の対策は必要ないということで、この会議は終了した。

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