第41話 幻想の剣

「ペルシーさん。これから剣術の訓練をしてもらえないだろうか?」

「レイランさんが教えてくれるということ?」

「いや、私ではない。訓練の相手は私の弟だ」





 ペルシー達は闘技場に併設された訓練場に来ていた。

 騎士たちの朝練が終わった後なので、その一つを都合よく借りることができた。


「レイランさんの弟さんは騎士だったのか」

「騎士だが、実力は上の中といったところだ。それでも十本の指には入ると思う」

「へぇ~、レイランさんの弟さんならば学閥かと思ったけど、違うんだね」

「やつは頭が切れるのだが、何故か騎士の道を歩んだ」


 レイランの弟の名前はエドガーといい、少年時代は常勝無敗の剣士だったそうだ。

 学問を修めながらも剣術を志し、そしてついには騎士になった。

 ところが常勝無敗だったエドガーも、剣術バカの世界では通用しなかったそうだ。

 実際のところ、騎士の中ではギリギリ十指に数えられる位置にいる。

 それでもかなり強いのは確かである。


「待たせたな、姉さん」


 ペルシー達の前に、爽やかな好青年ともいえる騎士がやって来た。


「エドガー、急に呼び出してすまん。騎士団の方は大丈夫か?」

「騎士団長を通してくれたお陰で抜け出せたよ」


 騎士団長とはゲルハルトのことである。

 明朝、ペルシーはそのゲルハルトと決闘しなければならない。

 その決闘に勝たなければ、ペルシーはエルザを嫁にすることができないのだ。


「姉さんの想い人に剣術の稽古をつけるということでいいんだよな?」

「想い人……」


 見ている方が恥ずかしくなるくらいレイランが顔を赤らめてモジモジしだした。

 あの凜々しいレイランが、妙に乙女チックになっている。


 ――レイラン、可愛い……。


「こ、こちらにいるのがペルシー殿だ」

「エドガーさん、俺はペルセウス・ベータ・アルゴルです。よろしくお願いします」

「俺はエドガー。姉さんから聞いていると思うけど」


 二人は和やかに握手をした。


「そちらのお嬢さん達は?」

「メイド服を着ている方がクリスタ。俺の召使いだ」

「はじめまして、エドガー様」


 クリスタはどこかのお嬢様のような優雅さでお辞儀をした。


「それと、小さい方はパメラドール。紹介しづらいが、俺の魔法の先生だ」


 ペルシーは他人に初めてパメラドールを紹介した。

 魔法の先生と言ったのは、魔法AIの存在を知られるのは拙いと思ったのと、パメラも人間扱いしないと怒るだろうと思ってのことだ。


「ふ~ん。面白いパーティーだね。クリスタさんは妖精さんかな?」

「はい、光の妖精でございます」


 ――ひと目で妖精だって分かるんだな。


「そしてパメラドールさんは……。少なくとも人族ではないね」


 パメラが人間でないことがあっさりとバレた。

 さすがに切れ者であるというエドガーである。

 それとも、龍神族はみんな感覚が鋭いのだろうか?


「私のことはパメラと呼んでほしいの」

「それじゃ、みんなも僕のことはエドと呼んでくれ」

「わかったわ、エド。ペルシーのことはお願いしたの」

「了解、パメラ」


 そう言うと、エドガーはレイランの方に向き直った。


「ところで姉さん。ペルシーさんは姉さんの婚約者候補なんだろう?」

「そ、そうだが?」

「なんで『さん』を付けて呼んでるんだい?」

「い、今までの流れでな……」

「堅苦しいな~。ペルシーさんもそう思わない」

「そう思うよ。できればペルちゃんと呼んでほしい」

「ペルちゃんだと……。それは無理だ。エルザ様と同じようにペルシー様ではどうか?」

「ペルシー様? う~ん……逆行している気がするけど、まあ、いいか」


 エルザが『ペルシー様』と呼んでいるのに、従者のレイランが『ペルちゃん』と呼ぶのは拙いだろう。


「そろそろ、本題に入らせてもらう」


 レイランは気持ちを切り替えて、エドガーに今までの経緯を説明した。

 エルザとレイランとの結婚の条件として、ペルシーはゲルハルトとギュンターの二人と決闘して勝たなければならない。


「なるほどね……。稽古をつけることは問題ないよ。でも、あの二人と決闘するなら稽古ではなくて実践訓練のほうがいいと思う」

「な、なにを言い出すんだ。ペ、ペルシー様は決闘に関しては素人同然だぞ」

「稽古というのは毎日反復練習をすることで効果をあげるものだ。一日で得られるものは少ない。それよりも真剣勝負をしたほうが、格段に役立つはずだよ」


 エドガーの言うことは、たしかに一理ある。

 実践で感を養った方が役に立ちそうである。


「エド、分かったよ。真剣勝負をしよう」





 ペルシーが使える武器は斬魔刀という短刀だけだ。

 斬魔刀はミスリルで造られているので、通常の武器とは比較にならないほど強靭であるが、優位なところはそれだけであるともいえる。


 だが、ペルシーには強力な援護がついた。

 パメラがヘッドギア形態に戻ってくれたのだ。

 決闘では放出魔法を使うことはできないが、ペルシーを強化する魔法を使用する分には問題ない。

 それに、パメラは適切な助言をしてくれるので、精神的に安心感があるのだ。


 一方のエドガーは細身の片手剣を使うようだ。

 パワーよりも速度重視の剣技が得意なのだろう。


 ペルシーとエドガーは訓練場の中央に五メートルほど離れて向かい合い、お互いに構えた。

 ペルシーは中段に構え、エドガーは上段に構えている。


「二人とも準備はいいな。はじめ!」


 レイランの掛け声とともに、エドガーが高速でペルシーに接近した。


 ――速い。


 今までペルシーが実践で経験したどの魔物よりも速い。

 それにミゲルなどの上級騎士の剣技を目の当たりにしてきたが、エドガーの速さは別次元であった。


 エドガーの初撃をなんとか受けることに成功したペルシーは、すぐにサイドステップで避けた。

 後ろに下がったらエドガーの追撃を食らうだろう。


 しかし、ペルシーの生兵法だったといえよう。

 見事にエドガーの連撃を食らう羽目になった。

 だが、ペルシーは――剣技は拙いながらも――どうにか凌ぎ切ることができた。


「凄いね、ペルシーさん。この連撃を受けきることができるのは団長くらいだよ」

「エド、ペルシーでいいぞ」


 ペルシーは内心ドキドキしながらも余裕を見せた。


「わかった、ペルシー。これではどうだ!」


 次の連撃の最高速度は変わらなかった。だが、緩急織り交ぜての連撃にタイミングをずらされた。


「ぐわーっ!」


 エドガーの横薙ぎをペルシーは受け損なった。

 ペルシーは十メートルほど飛ばされた。


「「ペルシー様!」」


 レイランとクリスタと叫んだ。

 ところがパメラは沈黙を守っていた。

 さすがに龍神族である。

 スピード重視といえども、このパワーは人間とはまったく違う。


「レイラン、これしきで『勝負あり』とか言うなよ」


 ペルシーはすぐに立ち上がったが、右の脇腹から血が滲み出ていた。

 このような状況はペルシーがこの世界に来てからなかったことである。


「凄い、凄いよ。僕が本気を出せる相手がいただなんて」


 エドガーは妙にハイテンションになっていた。


「エドは今まで本気で戦ったことがないのか?」

「ああ、騎士団には本気で戦える相手はいなかったんだ」


 それが本当ならば、エドガーは騎士団で一番の実力者ということになる。


『ペルシー、エドはまだ本気を出していない。まだ奥の手を隠し持っている』

『やはりそうか。それを隠したまま俺を倒そうという魂胆こんたんか』


 ――受け切ってやる。


 すぐに二回戦が始まった。

 お互いに疲れは皆無である。

 スピードの衰えもまったくない。


 しかし、エドガーの連撃は速度も角度も変化して、ペルシーは受けることが精一杯だった。


 ――これではやつの思う壺だ。


 一方のエドガーは、見た目の余裕と違い、内心では焦り始めていた。

 騎士団の中に、この変幻自在の連撃を受け切れる者はいないどころか、一瞬で勝負が決まる必殺の剣技なのだ。

 それは確信がある。

 なぜなら、騎士団の順位決定戦で、ときどき使うことがあったからだ。

 しかし、一瞬で勝負は決まってしまうので、誰もこの技の正体は知らないし、連撃であることを知っている者もいない。

 ところが、ここにいるペルシーは、先程の一撃以外のすべての連撃を受け切っているのだ。


 それどころか、ペルシーは反撃を始めていた。

 これだけ受ければ変幻自在の連撃といえども、さすがに慣れてくる。

 しかもそれだけではない。

 エドガーの剣技には癖があることをペルシーは看破していた。


 エドガーは片手剣を使っているが、剣を途中から加速する時に限って、剣を持つ右手に、左手が重ねられるのだ。

 なんと器用な剣技だろうか。

 この連撃は必殺の剣。それ故に一瞬で決まるので、誰もこの弱点を看破できなかったのだ。

 しかし、エドガーはペルシーに手こずり過ぎた。

 先程の一撃で勝負を決めるべきだった。

 

 それに、剣速だけならばペルシーの方がエドガーの剣速を上回っていることがわかった。


『ペルシー、エドが魔法を練りはじめた』

『ああ、分かっている。次の一手で勝負を決めるつもりだろう』

『ペルシー、どうするの?』

『パメラ、こんなことはできるか?』


 ペルシーがパメラに魔法のイメージを送っていると、エドガーの攻撃が始まった。

 こうなると、思考している暇はない。

 エドガーが奥の手を出す瞬間を狙って、こちらも奥の手を出すしかない。


 その時はすぐにやって来た。

 エドガーの魔力が高まった瞬間を待って、ペルシーは左下段からエドガーの右の側頭を狙って、体を右に移動させながら剣を振るった。

 それと同時にエドガーの上段からの魔法で加速された剣がペルシーを襲った。


 剣速はエドガーの方が圧倒的に速い。

 たとえペルシーに当たらなくても、剣同士が激しくぶつかるはずだった。

 ところが、エドガーの剣は空を切った。

 エドガーはすぐに気がついたが、剣速が速過ぎて途中で止めることはできない。


 その刹那、ペルシーの剣の腹がエドガーの右側頭を捉えた。


 次の瞬間、エドガーの体は宙を舞った――


 はたからはペルシーの剣がエドガーの剣を通り過ぎたように見えただろう。

 それはまるで、ペルシーの剣が一瞬消えたかのようだった。


「勝負あり!」


 レイランはすぐに宣言した。

 ペルシーの剣がエドガーの頭にヒットしたので、すぐに治療をする必要があったからだ。


「クリスタ! エドの治療を頼む!」

「了解しました!」


 光の妖精クリスタは、ペルシーに言われるまでもなく、エドガーの傍にきていた。


「レイラン、済まない。やり過ぎた」

「エドガーも龍神族ですから、あの程度で死にません」


 レイランは何故か目に涙を浮かべていた――


「今の剣技は……? ペルシー様の剣が一瞬消えたように見えたのですが……」

「俺の剣とエドの剣が交錯する瞬間だけ俺の剣を共次元空間に隠したんだ」

「それでエドの剣は空を切ったのですか」

「そうだ。俺はエドの剣をまともに受けるつもりがなかったから、エドの剣が加速する前に右側に移動した。案の定、あの剣は途中で止めたりできなかったようだ」

「いくら剣が加速する前とはいえ、タイミングを図るのは難しいはずです……」


 レイランは潤んだ瞳でペルシーを見つめた――


「神業ではないですか……」


 レイランは研究者なのだが、龍神族であるが故、多くの決闘を目の当たりにしてきた。

 そのために、剣技に関してはかなり詳しい。


 これはペルシーの高い身体能力と体術があればこそ成り立つ剣技である。

 もし、他の誰かが剣を一瞬だけ消すことができたとしても、エドガーほどの剣士には通用しないだろう。


「この剣技はペルシー様のためにあるようなもの。幻想の剣と名付けたらいい」


 この時パメラは少女形態に戻っていた。


「幻想の剣か……。かっこいいな」


「ペルシー様、治療が終わりました。命に別状はありません」

「それは良かった。まだ目を覚まさないのか?」

「はい、すぐには目を覚まさないと思います」


 時空魔法というのは、理不尽な魔法である。

 明日の決闘で《幻想の剣》を使う必要性は感じられないが、いざという時のために、剣技のバリエーションとして使えるようにしておくべきだろう。


「それにしてもエドは恐るべき剣士だな」

「あなたがそれを言いますか……」


 レイランはいきなりペルシーを抱きしめてこう言った。


「ペルシー様が……、こんなに強いなんて知らなかった」

「そう言えば、俺が戦うところを見るのは初めてじゃないか?」

「初めて見ました。この勢いで、明日はギュンターを叩きのめしてください」

「ゲルハルトもな」


 自分のために決闘してくれる男が、これほどまでに強かったのだ。

 レイランはペルシーの理不尽な強さに感涙して咽んでいた。


「レイラン、涙もろくなったんじゃないか?」

「ペルシー様、あなたが悪いのです……」


 恋する乙女は涙脆くなるものなのだ。

 朴念仁のペルシーには乙女心がわからない――


 そんなレイランを抱きしめながら、ペルシーはレイランの顔を自分の方に向けた。


「明日の決闘が終わるまで……、キスはお預けです」


 ――それは残念。


「パメラという嫁がいるのに、ペルシー様の浮気者!」


 ――なんか以前のパメラと違うな……。

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