第40話 結婚の条件

 ペルシーは朝の日差しを感じて覚醒し始めていた。

 すると、ペルシーは何か柔らかいものを抱きしめていることに気がついた。

 そして、背中には柔らかいものが押し付けられているようだ。


「ペルシー様、痛いです……」

「パメラとクリスタだろ!」


 ペルシーが掛け布団を跳ね上げるとそこには美しいい銀色の髪をした少女と、黒髪の超絶美人が……。


「エルザ、レイラン……」


 ペルシーが抱きしめいていたのは白いネグリジェを着たエルザだった。

 そして、背中には黒いネグリジェを着たレイランが……。


「ペルシー様、おはようございます」

「ペルシーさん、おはよう」


 スタイル抜群の二人が胸元が少し見えるネグリジェを着て同じベッドにいる。

 そして、抱きしめあっている。

 実年齢が三十二歳のとはいえ、ペルシーとしては鼻血が出てもおかしくないシチュエーションだった。


「え~と、どうしたのかな?」

「昨晩はペルシー様がホームシックとやらにかかっているご様子でした。それで、レイランと相談して添い寝をすることにしたのです」


 もし、ペルシーが寝る前に気がついていたら、昨晩は一睡もできなかったはずである。


「エルザと一緒に寝たということが龍王様に知られたらまずい気がする……」

「お父様はこんなことでお怒りにはなりませんわ」

「そ、そうなの?」

「ははは、ペルシーさんは心配症だな。龍王様をなんだと思っているのだろう?」


 ベッドの横ではパメラとクリスタが不満そうにペルシーを睨んでいたが、気が付かない振りをするペルシーであった……。





 ペルシー、レイラン、パメラ、クリスタの四人は龍王城で朝食を摂り、そのまま客室で寛いでいた。


 パメラはペルシーの膝の上を定位置にしたようだが、十二歳位の少女が男性の膝の上に乗るのは不自然だ。

 今の体にはそろそろ慣れただろうし、ひとりで座ることににも慣れて貰わなければならないだろう。


「ときにペルシーさん。魔法以外の戦闘術の腕前の方はどうなんだ?」


 いつもの通り正装に着替えたレイランは、いつもの通り男装の麗人だった。


「戦闘術というと、剣術とか槍術とか、そんなもの?」

「そうだな、武器を使う技や素手での格闘術も含んだすべてだ」

「格闘技を観戦したことはあるけれど、自分でやったのは少しだけかな」

「ほう、それはどんな格闘技なのだろうか?」

「柔道といってね。相手を投げ飛ばしたり、締めたりする格闘技だ。それを少しだけやったことがある」


 柔道は格闘技ではなくスポーツであるが、それを説明するのが面倒なので、格闘技ということにした。

 ペルシーは小学生の頃、町の道場に通っていたことがあったのだが、それは純粋にスポーツとして楽しんでいただけである。


「以前魔物と戦った時、ペルシー様の体捌きは素晴らしかった。少なくともサイドステップやバックステップは完璧に近かったと思う」


 パメラが以前のように長めの言葉を発したので、ペルシーとクリスタは少し驚いた顔をした。


「そんなに驚かなくてもいいのに……」

「そうだな。パメラは元々多弁だったから、もとに戻りつつあるということだ」


 ペルシーはそう言ったが、レイランはパメラのことを殆ど知らない。


「パメラちゃんは格闘技のことをよく知っているのだろうか?」

「魔法のことはよく知っているけど、格闘技のことはよくわからない。でも、ジュリアス様の戦い方を見てきた」

「ジュリアス様の……。なるほどそれは僥倖。希望が持ててきたな」

「えっ? 希望ってなんのこと?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」


 ――いったい何を隠しているんだろう?


 レイランは何か隠しているようだったが、今は話す気がないらしい。


「それと、大事な話がある」


 レイランの顔はこれまでの穏やかな表情から一転して、険しい表情に変わった。


「なんだろう?」

「ペルシーさんは私をめとる気はあるか?」

「えっ!? い、いきなりだね……」

「どうなんだ?」

「それはエルザとのこともあるし、俺一人で決められる問題ではないと思う」

「エルザ様とは話をつけてある。あくまでもエルザ様が正室だ。私を側室として娶ってほしいのだ」


 現代日本人のメンタリティーを持ったペルシーには理解に苦しむ申し出だった。

 もちろん、ペルシーは一夫多妻制について知ってはいるが、実際にそのような家庭を見たことがない。

 それに、もしそのような状況になった場合、妻達とどのように接していいのか想像もつかない。

 だがそれ以前に、ペルシーとしては婚姻に関してどうしても譲れないことがある。


「俺との利害関係を考えての申し出ならば、はっきり言ってお断りだ」

「利害関係か……。魔法研究のパートナーとしての利害関係はあるな。それにエルザ様と婚姻を結ばれたなら、ペルシーさんは王族の一員になる」


 真剣な表情をしていたレイランは少し戸惑ったようだった。


「そうじゃなくてだなね。レイランは俺のことが好きなのか?」

「そ、それを言わなければ駄目か?」

「正直に行ってほしい」

「す……」

「す?」

「好きです……。ペルシーさんのことを想うと胸が苦しくなる――」


 顔を赤らめて恥じらうレイランは、超美人に可愛らしさがプラスされ、ペルシーは抱きしめたい衝動に駆られた――。


 だが、ペルシーはそれを抑制し、レイランの左手をとり、両手で包み込むようにした。


「俺は貴女を娶ることにした。レイラン、俺も貴女が好きです」


 あのクールなレイランの目から涙が溢れた。

 いつも冷静で感情を抑えているレイランが、これほど感情を現してくれたことに、ペルシーは感動していた。

 そして、ペルシー自身も以前のヘタレなペルシーから、徐々にこの世界で生きる男として成長してきたのかもしれない。





 それからすぐに龍王と謁見することになった。

 おそらく、エルザとの関係についてのことだろう。

 ペルシーは覚悟をきめている。

 どんな難題でも応えてやろう。

 今のペルシーはいつになく自身に満ち溢れていた。


 そして一時間後、ペルシー達は謁見の間に招かれていた。


「ペルシーよ。卿はエルザとどうなりたいのだ?」

「龍王様。俺はエルザ様と結婚を前提としたお付き合いをさせていただきたく存じます」

「ほう、よく言ったな。ただのヘタレかと思ったぞ」


 ――まあヘタレは事実だが、そこまで言うか?


「その認識は正しいと思いますが、これからは心を入れ替えて精進する所存です」

「なるほどな。どうして卿が心変わりしたのか知りたいところだが、もう一つ問題があるだろう」

「問題とは?」

「レイランのことはどうするつもりだ。レイランは前回の謁見で、卿を貰い受けると言っていたはずだが?」

「レイランさんも娶ります」

「なんと欲張りな男よのう。すべてがうまくいくと思うなよ」

「心得ております」

「よろしい。それでは卿と二人の騎士との決闘を申し付ける」

「決闘ですか?」

「一人はエルザと共にジュリアスの捜索を行ってきた騎士であるゲルハルト」


 ――ジュリアスの捜索は複数人でやっていたのか?


「そしてもう一人はレイランを娶ることを切望していた騎士、ギュンターである」

「えっ、レイランさんは婚約していたということでしょうか?」

「そうではない。ギュンターの一方的な想いである」

「ちょっと待ってください、龍王様」


 レイランはかなり狼狽えているようだ。


「私はあのようなものと婚姻を結ぶつもりはありません」

「ペルシーが負けるかもしれないと考えているのか?」

「いえ、それはありえませんが、私を賭けた決闘のように聞こえたものですから」

「ほう、レイランを賭けた決闘か。それは面白い余興であるな」


 レイランの抗議は藪蛇だった――


「余興……。龍王様、お戯れを」

「ギュンターは今までよく仕えてくれた。彼奴あやつにも恋敵を倒すチャンスくらい与えてもいいのではないかと思ってな。ペルシーに負ければ、やつも諦めがつくだろう」

「そうかもしれませんが……」

「どうしたレイラン。いつもの歯切れのよさがないな」


 ギュンターとレイランの間に何があったのかわからないが、レイランはギュンターのことを嫌悪しているようだった。

 レイランはペルシーの方を見て、申し訳無さそうな表情をしている。


「龍王様。その決闘、お受けいたします」

「よく言ったペルシー。それでは明日の朝、闘技場で決闘を行う」


 龍王がそう言うと、ドロクスが前に出て来た。


「これにて謁見は終了する。皆の者、下がってよい」





    ◇ ◆ ◇





 ペルシー達は客室に戻ると早速対策会議を開いた。


「ペルシー殿、こんなことになって本当に申し訳ない」


 レイランは目に涙を浮かべて、もじもじしている。


 ――レイランの乙女バージョン。可愛い。

 

 男同士が自分を争って決闘をする。

 それはとても漫画チックな話である。

 だが、恋愛に初なレイランにとっては、これほど感情が高ぶるシチュエーションは今までなかったのだ。


「レイランさん、ギュンターとの間に何があったのかは知らないけれど、決闘することになった以上、情報がほしい。ゲルハルトの情報も」

「そうだな。二人は龍神族の中でも最強の部類、おそらく五本の指には入る騎士達だ。ペルシー殿といえども手こずるかもしれない」

「ペルシー様は私が守るもの。だから大丈夫だよ」


 パメラは自信がありそうな口ぶりだった。


「そうだなパメラ、頼りにしているよ」

「任せて」

「私もお手伝いしたいのですが……」

「今回は決闘だからクリスタは応援してくれるだけでいいよ」

「残念です……」


 クリスタは悔しそうな表情をしていたが、魔物との討伐と違い、今回はルールがある。

 それに従わなくては、決闘ではなくただの殺し合いになってしまう。


「レイランさん、まずギュンターはどんな戦い方をする騎士なんだ?」

「やつは典型てきなパワーファイターだ。剣術の腕もかなりのものだ」

「もしかして、決闘に魔法を使ってはいけないというルールがあるのかな?」

「いや、そんなことはないのだが、放出系の魔法は使わないのが慣例になっている」

「そうなると、剣術の勝負か……。ちょっとキツイな」

「やつはバスターソードを使って、力で押してくるだろう。ペルシー殿の短刀では分が悪い」


 ――龍神族のパワーで振られるバスターソードか……。斬魔刀を強化する必要があるな。


「エルザの護衛? だったゲルハルトはどうなんだろう?」

「やつは魔法剣の使い手だ。攻守に渡ってバランスが取れている知性派のファイターだ」

「ペルシー様は魔物としか戦ったことがない。ペルシー様にとってゲルハルトのほうが厄介」


 ペルシーは今まで人間種と戦ったことがない。

 しかも、彼が得意の魔法は制限されている。

 今回の決闘はペルシーにとって、かなりの難関かもしれなかった。


「ペルシー殿。これから剣術の訓練をしてもらえないか」

「レイランさんが教えてくれるということ?」

「いや、私ではない。訓練の相手は私の弟だ」

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