第四章 龍王城
第39話 パメラドールはペルセウスとエルザの夢を見るか?
パメラドールが誕生した――
古代魔法文明の叡智が生み出したアーティファクト。
地球の科学でさえなし得ていない本当の知性。
それが魔法AIのパメラドールである。
もっとも、人工的な知性を本物の知性と定義するには、哲学的に無理がある。
それは分かっている。
だが、魔法AIをコンピュータ・サイエンス的に判断するのならばどうだろう?
もしチューリング・テストを実施したら、百人が百人パメラドールを人間だと判断するはずだ。
ペルシーはチューリング・テストをするまでもなく、パメラドールが本物の知性を持った人間であることを疑っていなかった――
パメラドールを生み出した古代魔法文明がどのように繁栄したのか、ほとんど記録は残っていないそうだ。
それはその文明が失われた大陸から殆ど外に出なかったことに起因している。
そして、その大陸は魔法研究所の魔法事故で消失してしまったという。
つまり、だれもパメラドールの詳しいことは知らない。
魔法文明と関わりのあるクリスタなら知っていそうであるが、実際には光の妖精と魔法文明人の交流は殆どなかったらしい。
クリスタはジュリアス・フリードの召使いであったが、そもそもジュリアスは魔法文明人ではない。
ペルシーはジュリアス・フリードを地球人、それもフランス人のヲタクだと予想している。
そんな彼が古代魔法文明の粋を集めて作り出された魔法AIの本質的な部分を知らなくても不思議はないのだ。
パメラドールが消失した事件であるが、ペルシーに課したお仕置きが効き過ぎたからのようだ。
因みに、お仕置きとはペルシーがクリスタの胸を揉んではいけないという、アホらしい罰だった。
ペルシーは自分から召使いであるクリスタにそのような行為に及んだことはなかった。
しかし、その効果は抜群であった。
ペルシー本人も気付いてないレベルで精神力が低下していったのだ。
そして、精神力の低下がパメラドールとのシンクロ率も低下させ、ついにはテレパシーさえも通じなくなってしまったのだ。
ペルシーの精神力低下も、エルザと和解したこと――というか相思相愛だったことが判明したこと――そしてレイランとクリスタの想いが重なったことが、シナジー効果を生み出し、精神力が急激に上昇した。
そして、パメラドールとペルシーのシンクロ率は百パーセントを軽く超えることになった。
その結果、パメラドールが人間形態になるという奇跡が起こった――
◇ ◆ ◇
「パメラドールが人間形態になれたなんて……」
「私も知らなかったのです。ジュリアス様の時代にもこのようなことはございませんでした」
「シンクロ率って、そもそも何だ?」
パメラドールは元気よく姿を現したのは良かったのだが、なぜか徐々に血の気が失せてきて、今ではほとんど話をしてくれない。
「パメラちゃん、どうしたの? 具合でも悪いの?」
それでも、クリスタが優しく問いかけると頷いてくれる。
ペルシー、パメラ、クリスタの三人は、龍王城の大浴場からミルファクのラウンジに戻っていた。
そしてパメラドールは現在、ペルシーの背中にしがみついている……。
「パメラは人間形態になったのは初めてなんだよな?」
「……うん」
因みに、パメラドールが復活してから、言語変換機能は有効になった。
「自分の目で観る世界は違うだろ?」
「……うん」
まるで小動物のような、少し怯えた仕草を見せるパメラは、以前のエロエロはなく、別人格のようだった。
「パメラがドレスを持っているというのは本当のことだったんだな」
パメラは以前ドレスを持っていると言い張っていたが、本当のことだった。
パメラは白くて可愛らしいドレスを着ている。
おろらく共次元空間に収納してあったのだろう。
「か、可愛いでしょ……」
「ああ、可愛いよ」
「クリスタよりも?」
「まあね」
「フフフ」
「酷いです……」
「クリスタはお姉さんだろ。我慢しなさい」
「そ、そんな……」
実際の年齢はどちらが上かというと、パメラドールの方だろう。
しかし、クリスタの方が三歳ほど上に見える。
クリスタがお茶を三人分用意してくれたので、パメラはやっとペルシーの背中から離れて、今度は膝の上にちょこんと座った。
パメラはティーカップを手にすると、お茶を飲むというより舐めはじめた。
手にするものすべてが新鮮であり、そして恐ろしくもあるのだろう。
その仕草には小動物のようの可愛さがあり、抱きしめてあげたい衝動にかられるほどである。
「エルザ様とレイランさんがそろそろ戻る頃合いではないですか?」
「そうだな、龍王城に戻ってみよう」
大浴場から出た後、エルザとレイランはいそいそと出かけていった。
彼女達は一時間ほどで戻ると言っていたが、おそらく龍王のところに行ったのだろう。
何を相談しに行ったのだろうか?
ペルシーは現時点で人間としては世界最強かもしれない。
しかし、実年齢が十六歳のペルシーにとってみれば、年齢が千年超えの龍神族の考えていることがよく分からない。
ペルシーが考えている最悪のシナリオは、カーデシア山脈に棲みついているという龍族を殲滅してこなければ、エルザとの婚姻は認めないというものだった。
しかし、ペルシーは誰かと結婚するという覚悟ができているわけではないのだ。
一方では、この状況を招いたのはペルシーの優柔不断さ故であるが、相手が龍神族の姫であることには同情の余地があるだろう。
そして、レイランが一人で戻ってきた――
「ペルセウス殿、待たせたな」
「ところで、その呼び方はそろそろ止めないか? ペルシーでいいよ」
「そうだな。それではペルシーさん? 私のことはレイランと呼んでくれでかまわない」
「ああ、そうするよ、レイラン」
その時、レイランはとても機嫌がいいようにみえた。
「レイラン、機嫌がよさそうだな。何かいいことでもあった?」
「龍王様、エルザ様、そして私の三人で話をしてきた」
「そんなことだと思ってたけど、どんなことを話してきたのか知りたい」
「今後のことだ。それに龍王様はエルザ様とペルシーさんの和解を喜んでたぞ」
「それは良かった……」
「明朝、龍王様から直々に話があるそうだ。心するように」
「いきなり婚約しろとか結婚するとか、そんな話にはならないよな?」
「さあ、どうだろう。龍神族は気が長いから大丈夫だろう」
「俺はまだ十六歳だし(実年齢は三十二歳だけどな)、身を固めるには早過ぎると思うんだよな」
「人間は十五歳から成人だ。早過ぎるということはないだろう」
「そうなのか? 俺の生まれ故郷だと、十六歳は結婚するには若過ぎるぞ」
「ペルシーさん、まさかと思うが、エルザ様と結婚することを嫌がってはいないだろうな?」
「いや、それはない。ただ、今まで微塵も考えたことがなかったんだ」
「それなら、すぐに考えるべきだが……」
「どうかした?」
「まあ、明日のお楽しみだ」
レイランは明日の龍王との会談に含みを持たせて帰っていった。
何か無理難題を言いつけられるの可能性もあるので、ペルシーとしては心が休まらない。
「たとえば――カーデシア山脈に棲む
「クリスタ、冗談でもやめてくれ……。心が折れそうだ」
ペルシーはこの世界に来て散々魔物達を倒してきたが、戦うこと自体があまり好きではないのだ。
もし、赤銅龍の殲滅命令などは、できれば避けたい気持ちでいっぱいだった。
「明日は早く起きなくてはならなそうだし、そろそろ寝るか?」
「どちらの寝室をご使用になりますか?」
「今夜は龍王城の寝室を使おう」
ペルシー達は今いる客室にそのまま泊まることにした。
ベッドは二つあるので、クリスタとパメラが一つのベッドに寝て、ペルシーはもう一つを独占させてもらうことにした。
その日の深夜、ペルシーは寝付けないので、ベランダに出てみることにした。
ベランダといっても、岩肌を削り出したものなので手摺はない。
風が強ければ飛ばされるかもしれない危険性もあるが、その時間帯は風が吹いていなかった。
反対側の山肌には幾つか人工的な光が見える。おそらく、向こう側にも龍王城の一分があるのだろう。ひょっとしたら山の中に町を形成しているのかもしれない。
もし、そうなら見物に行ってみたいものだと、ペルシーは思った。
それにしても星が綺麗だ。
夜空には地球で知られている星座がまったくない。
それはあたり前なのだが、改めてここが異世界であることを感じる。
ペルシーはベランダに腰掛けて、星を眺めていた。
その時、ペルシーの隣な何かが降り立った――
「エルザ?」
「ペルシー様。眠れないのですか?」
既にエルザはペルセウスのことをペルシーと呼ぶようになっていた。
「ああ、眠れない。いろいろと考え事をしてしまってね。それで星を眺めていたんだ」
星明かりの下でも、エルザは相変わらず美しかった。
ペルシーは何で、こんなにもエルザのことが好きなんだろうと考えた。
ひと目見た時、エルザのことを天使だと思ったし、それは今でも変わらない。
「もしかしたら後悔されていますか?」
「後悔? 俺はエルザのことが好きだよ。それに嘘はないし、後悔もしていない」
「嬉しい……。でも、ペルセウス様は寂しげな表情をしています」
「星空を見ていたら、地球のことが懐かしくなってね。地球ではホームシックと言うんだ」
「ホームシックですか? 故郷を思う気持ちが強いと?」
「故郷のことは自分の中では踏ん切りがついた。帰れる見込みもあるしね」
「それではどうして?」
「この世界に来てから、一人ぼっちのような気がしてね……。今までクリスタやパメラと一緒に旅をしてきたのに……」
――俺って、弱いな。
「私が……、ペルセウス様の心の支えになります」
「ありがとうエルザ。でもね、俺もエルザのことが大好きだから……実を言うと一目惚れだったんだ。だから、俺もエルザの支えになりたい」
ペルシーはエルザを抱き寄せると、エルザも優しく抱き返してきた。
エルザの体が小刻みに震える。
そして頬に一粒の涙が――
「エルザ……」
ペルシーとエルザが過ごした時間はとても短い。
それなのにお互いがこれほど惹かれ合うことがあることをペルシーは不思議に思っていた。
しかも、エルザは龍神族で、ペルシーは人間である。
二人の行く末はどうなろうのであろうか?
その時、室内ではパメラが二人を見つめて、嬉しそうに微笑んでいた――
パメラはペルシーの心を読むのがたったひとつの楽しみだと言っていた。
ひょっとしたら今回のパメラ騒動は、ペルシーとエルザが仲直りするために、パメラが画策したことなのかもしれない。
パメラはペルシーの心のケアまで考えているとしても、不思議はないだろう。
もしそれが事実ならば、パメラとはとんでもないアーティファクトである。
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