第29話 デラウェア卿の屋敷にて
男装の麗人はレイランと名乗った。
龍王の娘である
『ペルシー、ジュリアス様とレイランは初対面ではない。騙されないで』
『パメラはこの人のことを知っているのか』
『龍王様の部下で間違いない。魔法の専門家だった』
『なるほど、本物のジュリアスか試されている……、ということか』
レイランは眉一つ動かさず、こちらの出方を待っている。
「レイランさんですか……。初対面ではないと思うのですが……」
ペルシーはとりあえずボールを投げ返した。
「いや、初対面だ。私にはペテン師の知り合いはいない!」
レイランの瞳が紅い龍の目になり、手は既に人間のそれではなかった。
(この人は魔法の専門家じゃなかったのかよ、バリバリの武闘派じゃん……)
「ちょっと、待ってくださいませ。レイラン様」
「あなたは?」
「ジュリアス様の召使いのクリスタと申します」
「う~む……。あなたには見覚えがあります」
「はい、直接話したことはありませんが、龍王様の御前で数度お会いしたことがあります」
そう言うと、クリスタは妖精の姿に戻った。
「ああ、思い出しました。あなたは光の妖精クリスタですね」
「はい、お久しゅうございます。レイラン様」
「レイランでいいですよ。私も主人に仕える身だ」
「それではレイランさん。今は怒りを収めていただけないでしょうか?」
レイランの赤い瞳は漆黒に変わり、両手は人間の手に戻った。
長い黒髪に白い肌、切れ長の目に漆黒の瞳。
あらためて見ると、レイランは超絶美人が執事服を着た、まさに男装の麗人だった。
「事情は詳しく教えてくれるのだろうな、ペルセウス殿」
「もちろん。これからデラウェア卿の屋敷に呼ばれているので、その後でよければ詳しく説明するよ」
「いいだろう。それでは同行させてもらおうか」
ペルシーはエルザに嘘をついた。
自分が記憶を失ったジュリアスであると。
どうやってその言い訳をするのか、慎重に考えなければならない――。
『クリスタ、パメラ、どうしようか?』
『誠心誠意、謝る必要があるでしょう』
『龍王に?』
『龍王様とエルザ様でございます』
『ペルシー、死亡……』
『おいっ』
次から次へとペルシーには難題が降りかかる。
彼がのんびりと旅ができるのはいつのことになるのだろう。
こうなると、運命的な何かを感じざるを得ないペルシーであった――。
◇ ◆ ◇
デラウェア卿邸に到着すると、玄関から執事やメイドたちが出てきて、ペルシーたち一行を迎えてくれた。
もう、鉱山から引き返して来たのだろうか?
思ったよりも執事やメイドが多いことにペルシーは驚いた。
それはともかく、ペルシー達を客人として迎え入れてくれるようだ。
その中からメイドらしき妙齢のご婦人が現れ、ペルシー達を待合室まで案内してくれた。
「しばし、ここでお寛ぎくださいませ。
ところで、ペルシー様にはお連れが一人と聞き及んでいましたが……」
「すまないが、一人増えたんだ」
レイランはそのメイドに対して少しだけ頭を下げた。
「承知しました。至急ご用意いたします」
そのメイドは他のメイドにすぐ指示を出すと、お茶をテーブルに用意して出ていった。
「デラウェア卿から使者が来た時は、正直言って嫌な予感しかしなかったけれど、思い過ごしみたいだな」
「デラウェア卿には絞首刑にされそうになりましたものね」
「あれはアスターテのせいだよ。それにしても、絞首刑台に立つのは嫌な気分だったよ」
「ペルセウス殿、それは私も見ていた」
「レイランさんが私たちを監視していたことを、私たちは知っていましたよ」
「えっ、そうだったのか……」
「白鯨亭に泊まった夜から知っていたよ。悪意がなさそうなのでほっといたんだ」
「そうか、初日からバレていたのか……」
「なんで監視なんてしてたんだい?」
「それは当然だろう。姫様の結婚相手になるかもしれないご仁がどのような人となりなのか、龍王様の身内として調べる義務がある」
「でも、レイランさんは密偵には向かないね」
「反論できない……」
レイランはがっくりと肩を落とした。
今までの苦労が報われなかったのだ。多少のショックは仕方のないことだろう。
「レイランさんは魔法の専門家らしいね」
「龍神族の中では魔法のことで私の右に出るものはいない」
「それは凄いね。この会合が終わったら魔法談義でもしたいな」
「ペルセウス殿が誠意を見せるならば、それに応じよう」
「厳しいなぁ……」
そこで扉を叩く音が聞こえ、先程のメイドが入ってきた。
「ご用意ができました」
ペルシーたちはメイドの後をついて、デラウェア卿の待つ応接室に向かった。
ペルシーとクリスタがこの部屋にはいるのは二度目だった。
もっとも、最初は非公式に侵入したのだが――。
応接室では、デラウェア卿がソファに座り、その後ろにジョルダンが立っていた。
最初にジョルダンが口を開いた。
「ペルセウス様。呼び出しに応じていただき、ありがとうございます。こちらがデラウェア領の領主であらせられるリスナール子爵様でございます」
「はじめまして。俺はペルセウス・ベータ・アルゴル。ブロンズ級の冒険者です。そして、左隣が魔法の大家であるレイラン殿です。彼女は私と旧知の仲でして、先程偶然再会したので連れてきてしまいました」
「別に構わぬよ。ペルセウス殿」
「ありがとうございます。そして右隣が召使いのクリスタです」
「ペルセウス殿。よく来てくれたな。あらためて礼を言う」
「こちらこそお招きしてただき、ありがとうございます」
全員がソファに座るとデラウェア卿が話しはじめた。
「君たちも知っての通り、今日は未だかつてないほどの大量の魔物たちが町を襲ってきた。しかし、当初予想していたより遥かに町の被害は少なかった」
被害にあったのは主に南門付近である。
それに加えて、町の建物の被害はグリフォンたちが落とした石によるものが大半であった。
すべて合わせても大被害とはいえないだろう。
もっとも、南門の外側には巨大なクレーターが出現したが……。
デラウェア卿は一旦言葉を切った。
「それは何者かにより大魔法が発動されたからだ」
デラウェア卿はペルシーを睨みつけた。
そこでペルシーは動じるわけにはいかない――。
「ペルセウス殿はそのことについて何か知っているだろうか?」
「私は絞首刑台に縛られていましたから、何も知りません」
「そうか……。この戦いがはじまる前、リディアはペルセウス殿がシーラシア町を救うほどの能力を持っているかもしれないと言っていたのを思い出してな」
「そんな、まさか……」
おそらく、リディアはレベッカとエミリアに、はじまりの森でペルシーが活躍した話しを聞いたのだろう。
その時にペルシーの能力が必要以上に誇張されてしまった。
そんなところだろう。
そこまでで、彼女の想像の世界が終わればよかったのだが……。
しかし、そうならなかった――。
リディアはペルシーが《ペルシー座流星群》を発動する瞬間を目撃してしまったのだ。
ペルシーは、彼女が想像していた遥か高みの存在だった――。
「本人の口から聞きたかったのだ。この件は忘れてくれていい。ジョルダンは何か言いたいことはあるか?」
「いえ、何もございません」
ジョルダンは主人の後ろからペルシーを一瞥した。
この執事はペルシーが大魔法を発動したことを知っているが、それを秘密にすることを約束してくれたのだ。
今のところ、それは守られているようである。
「この後は、食事をしながら話そう」
デラウェア卿がそう言うと、メイドが来てペルシーたちを食堂へ案内してくれた。
『ペルシー、ちょっと耳寄りな情報』
『なんだパメラ?』
『レイランは脱ぐと凄い』
『おまえは何を考えているんだ!』
『いつもペルシーの役に立つことを考えている』
『……』
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