第70話 姫騎士(11)精霊のメソッド

 ソフィアさんたちにはゆっくりと話をしてもらうことにしたので、俺たちには自由になる時間ができた。

 そこでだ……。


「外の様子を見てこよう」


 ソフィアさんたちをミルファクの中に運んでから、五時間ほどが経過している。すでに帝国騎士隊が動き出して、洞窟の周辺まで来ているはずだ。それを確かめてみたい。


 ミルファクの玄関は洞窟の中に設置したので、外は暗闇だ。

 俺は玄関ホールの明かりを消して、ゆっくりと扉を開けた。思ったとおり、外は暗闇のままだが、洞窟の入り口から光が届いている。


「ペルシー、洞窟の入り口に三十人くらいの集団がいる。あれは帝国騎士団だと思う」

「そうだな、エドが倒したシュタイナーと名乗る帝国騎士の仲間だろう」

「ミリアムさんかエリシアさんに来てもらったほうがよかったかな」

「今からでも遅くはないだろ。呼んでくるぜ」

「そうか、頼むよエド」


 彼女たちを罠に嵌めた奴等だったとしたら……、俺たちはどうしたらいいだろう?

 俺たちはたまたまギルティックからソフィアさんたちを救い出した。だが、それが彼女たちの味方になる理由にはならない。

 考えにくいが、ソフィアさんたちが悪者ということもありうる。なにせ相手の言い分を聞いていないからな。今のところ正しい判断をすることはできない。

 それに、政争に巻き込まれたくないし、復讐に加担するのもいやだ。


「おっ、誰か入ってきたぞ」


 ここは洞窟の最奥だけど、あのペースだと五、六分でここまで来そうだ。


「エリシアさんを連れてきた」

「エド、ありがとう」


 エリシアさんは小柄で動きが機敏そうだ。ひょっとしたら斥候を担当していたんじゃないだろうか。


「エリシアさん、急に呼び出して申し訳ないけど、あの帝国騎士が誰だか分かるかな?」


 と言っても、こちらからは逆光になるので顔の判別はつかないか……。

 あれっ? エリシアさんがいつの間にか小刀を手に持っている。


「おのれシュタイナー!」

「えっ? 見えるのか!?」

「よく見えるのです。あれは第三大隊の隊長、シュタイナーなのです」


 俺は魔眼のお陰で見えるけど、獣人の視力は凄いな……。


「エリシアさん、気持ちは分かるけど今は飛び出さないでほしい」

「ぐるるるぅ~……。ペルシー様の指示ならば……」

「もう一人は?」

「第八小隊のスティングレイ隊長なのです」

「ということは、彼らがソフィアさんの小隊を見捨てた張本人ということで間違いないか?」

「間違いないのです」

「……」


 俺はいったん、扉を締めた。

 ここから先はソフィアさんたちの問題だ。


「ペルシー様、どうしてこの屋敷は洞窟の中にあるのでしょうか? それに、なんで奴等がここにいるのか教えてほしいのです」

「ああ、そうだったね」


 ちょっと早いかもしれないけど、彼女たちに説明しなくてはならないか……。


「それでは、夕食後にラウンジで話そう」





 それから俺たちは自分たちの部屋で寛いだ後、夕食のために食堂に向った。

 ソフィアさんたちは、食事するところを見られたくないだろうから、クリスタとレイチェルに食事を彼女たちの部屋へ運んでもらった。


「今日は散々な日だったな。クリスタには特に……」

「そうでございますね。クリスタは人よりも長く生きていますが、死にそうになったのは初めてでございます」


 俺は謝りそうになったが、もうこの話を持ち出すのはやめよう――


「これからはパメラがもっとペルシーの面倒を見るから心配ない」

「面倒をみるだって?」


 ちょっと待てよ?


「それはそうと、パメラの話し方が変わったんだが……、どうしてだ?」

「ようやく音声ユニットを組み替えることに成功した。以前の音声ユニットは幼女ユニットだった」

「そうだったのか。わざと幼女言葉にしているのかと思ったよ」

「そんなわけない。とても恥ずかしかったんだから、ペルシーのバカ」

「えっ、俺は悪くないだろう」


 まあ、パメラとしたら誰かにあたりたかったのだろう。気持ちは分かるよ。


「私は前の話し方もスキなのですよ、パメラちゃん」

「でも、恥ずかしい」


 魔法文明のAIは謎が多いな。音声ユニットっていうと、なんだか機械的だけど。

 まあ、理解できそうもないから追求はしないけど。


「話は変わるけど、ソフィアさんたちはこれからどうすると思う?」


 エドはクリスタお手製のパンをかじりながら聞いてきた。

 お行儀が悪いぞ、エド。


「復讐……かな?」


 一番やめて欲しい選択だ。


「帝国騎士以前に、彼女は第三皇女だ。継承権の争いに破れたのだから、殺されることになるだろう。それならば復讐してやる、ということになるんじゃないか?」

「実際、追手が来てるようだしな。でも、あの体じゃあ逃げるしかないだろう」

「そうだよな。彼女たちに逃げ延びるという選択肢しかないだろう」


 だが、もう一つの選択肢がある。


「もし、彼女たちの体が元に戻ったら……。彼女たちはどうするだろう?」

「仮定の話か? そうだな……、復讐できるかもしれないな? 彼女は召喚魔法使いなんだろ?」

「そうだよ。フェニックスを呼び出せるほどのな」

「人間相手ならば、相手の懐に飛び込めば勝機はあるな」

「やっぱり、復讐に走るかな?」

「負の連鎖でございますね。もし、復讐が成功して王座につくことがあっても、復讐された子孫に復讐されるかもしれない」

「そうだ。そうさせないためには相手の一族を皆殺しにする必要がある」

「人間とは恐ろしい生き物だな」


 この世界の人間社会では、それが普通のことかもしれない。

 でも、俺はそれに加担することは……、やはりできない。

 因みに、ここにいる人間はレイチェルだけだ。ほかは龍人と妖精と魔法AI。


「俺は彼女たちの体を元に戻すことができる」

「えっ、本当かよ!? すげ~な、兄貴は!」

「もちろん、それは治療魔法ではない。人間はトカゲとは違うから、再生することは不可能だ。つまり、幻想魔法を使って、怪我を負わなかったことにするんだ」

「ペルシー、幻想魔法の理屈ならば可能だけど、そんなに都合よくできるものなのか、パメラにも分からない」

「やったことないしな。でも、できる気がするんだ」

「幻想魔法はそのイメージが大切。試してみる価値はある」

「ソフィアさんたちの体が元に戻ったら、彼女たちが復讐に走るのではないかと、ペルシー様は懸念しているのでございますね」

「へんかな?」

「いえ、変ではございません。でも、ソフィアさんたちの体を元に戻して差し上げることは賛成いたします」

「精霊たちのメソッド――」

「それはどういう意味でございますか?」

「絆を結べるか……だな」

「お兄様、友だちになれるかということですね?」

「ああ、そうだ。絆を結べる存在ならば力を貸そう。その先は彼女たち次第というわけだ」


 きっと、精霊たちも賛成してくれるだろう。




【後書き】

 ついに70話まできました。

 この数字に特段意味はありませんが、ここまで書き続けられたことには感慨深いものがあります。

 少しでもお楽しみいただければ嬉しいのですが。

 いずれにせよ、ここまでのお付き合い、ありがとうございます。

 姫騎士シリーズはもう少しで終了します。

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